山本七平botまとめ/【軍隊語で語る平和論①】/戦争体験者が受けるショック――「反省の強要」

山本七平著『ある異常体験者の偏見/軍隊語で語る平和論/29頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

1】復員してきても働くことは不可能だった。悪性マラリアの頻発、結核の再発、原因不明の胃痙攣が重なり、どうやら人並みに就職して、生れてはじめて月給なるものをいただいたときは、すでに29歳であった。しかし二年余働いただけでまた結核が再発した。<『ある異常体験者の偏見』

2012-10-27 10:28:06
山本七平bot @yamamoto7hei

2】そして働いていた間も絶えずマラリアと胃痙攣に苦しめられた。熱発すると母が会社へ電話する。こちらがまだ何も言い出さない前に先方が「マラリアですかァー」というほど頻発した。会社で仕事中に胃痙攣が起る。…外出中に起すとあちこちの医院にとびこみ、拝み倒して不用意にモヒを射ってもらう。

2012-10-27 10:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

3】これが最後に、どのような恐ろしい結果(註:モヒ多用による医原性麻薬中毒)になるかは、その時は何も予測していなかった。…手術に耐えられるぎりぎりのところですぐ胃を手術し、やっと小康状態を取戻してどうやらまた働きはじめたものの、すぐにまたもや胃痙攣が頻発し出し、再び手術をうけた。

2012-10-27 11:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

4】…二度目の手術がすみ「廃人の一歩手前」で病院を出たときがちょうど「人生の旅の半ば」の35歳の時であった。…かつて収容所で一緒だった四航軍六十戦隊のAさんに会ったが、彼も私と同じように復員以来ずっと断続的な闘病生活で…同じように「廃人の一歩手前」で病院を出てきたところであった。

2012-10-27 11:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

5】二人とも過去を振りかえれば、取り返しのつかない15年近い空白があり、一歩社会に踏み出せば、あらゆる面で、もうどうにもならない落伍者であった。…「お互に貧乏くじをひいたなあ-、しかし『死にぞこない』って奴は、どこまで行っても『死にぞこない』だなあー」と言って私か笑うと(続

2012-10-27 12:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

6】続>「あんたドコとったんだ。ヘエー胃と十二指腸。じゃクイモノの量が減ったってこったな、俺は肺をけずったから、空気を吸う量が減ったってこった。つまるところそれだけのコッタよ」「物資不足の折、それも世のため人のためか、アハハハ……」と言って二人で笑った。

2012-10-27 12:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

7】不思議なことに二人には、いわゆる「被害者意識」というものは皆無であった。奇妙なことに、これは私たちだけではなかった。私が一方ならぬお世話になり、今でもお世話になりっぱなしのI書店のI社長は、私だちとは全く別種の、恐ろしい体験をされた方であった。

2012-10-27 13:28:06
山本七平bot @yamamoto7hei

8】I社長は戦争中「特高」につかまり、ある警察署の地下の留置場に三年間入れられていた。しかしI社長には、一見、いわゆる「被害者意識」といったものは全くなかったし、外見からは、そんな恐ろしい体験をした人とは全く見えなかった。

2012-10-27 13:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

9】…その留置場生活を語るI社長の語り方は不思議な事にむしろ楽しげでさえあった。 「そりゃねえー、キミ、三年間、太陽というものを一回も見なかったよ。しかしナー、キミ、ボカァしまいにゃ牢名主になってネ、毛布五枚敷いてその上に座っていたんだ。…アハハ……」といった調子で話られる、(続

2012-10-27 14:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

10】続>いわゆる社会の底辺の人びとの人間模様は、聞いていて一種の興味は感ずるものの、凄惨な雰囲気は全く感じられなかった。しかし後で思い起すと、社長が語ったのはすベて、留置場内の他人のことと、その他人とのかかわりあいのことであって、自分のことではなかった

2012-10-27 14:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

11】I社長は絶対に怒らない人で、いつでも平静そのもの、社員がひどい失敗をしても、叱ることさえない人であった。そのためか、ある日の昼休み、社員たちが食後の無責任放談をしているとき、誰かが「一度、社長が逆上するところを見てみたいものだ」などというばかなことを言い出した。

2012-10-27 15:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

12】すると古い社員のNさんが妙なことを言った。 「そりゃ、わけないことさ。巡査を見りゃ逆上するよ」「ヘエー」とみなが怪訝な顔をするとNさんは笑って「そのうち、わかるよ」と言った。その「そのうち」が意外に早く来た。

2012-10-27 15:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

13】いつものように机を並べて仕事をしているとき、何か一種異様な雰囲気を感じて私は思わず顔をあげた。…奥の社長室の扉があき、皆の前を社長がカウンターの方へ歩いていく。その顔つき、体つき、歩き方、すべてが普段の社長と全然違って、全く別人のように見えた。

2012-10-27 16:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

14】異常な緊張感がその全身を包み、一種の怒気ともいうべきものを全身から発散させつつ、社長は射るような鋭い目をカウンターの一角に据え、少し上ずった声で「オイッ、キミキミッ、一体何の用だ」と言いつつ、相手を圧倒するような気迫でその方へ歩いていく。カウンターの一角には巡査が来ていた。

2012-10-27 16:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

15】何の用で来ていたのか知らないが、しかしやはり何か異様なものを感じ、それに圧倒されつつも、何か起っているのか全くわからず、戸惑った顔をしながら、口の中でモゴモゴと何か言っている。 「カッ、帰りタマエッ」と社長は一喝した。巡査はあっけにとられたような顔をして帰っていった。

2012-10-27 17:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

16】われわれ一同、この騒々しい生意気社員たちも、一瞬何かに打たれたように、シーンとしている。その静けさの中を、コツコツという靴音とともに社長室にもどっていくI社長の後姿は、私にとって永久に忘れられない情景であった。…「わかったろ」夕方、駅まで行く途中でNさんはいった。

2012-10-27 17:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

17】「そりゃ、常識があればわかることさ。社長がどんなに笑い話で話したって、特高につかまった留置場の三年間は、普通のコッチャないものな。ハハハー、巡査、驚いたろうな。前にこういうことがあったんだ……」といってNさんは話をつづけた。

2012-10-27 18:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

18】終戦後、左側通行が右側通行に切り替ったころ、日比谷公園の前で巡査が、左側を歩いている人たちに「右側を歩きましょう」というビラをくばったことがあったそうである。当時は「民主警察」の時代で、警察はきわめておとなしかった。

2012-10-27 18:57:48
山本七平bot @yamamoto7hei

19】I社長とNさんは話に夢中になって、何も気づかずに左側を歩いていた。そして全く不意に巡査がビラをI社長に差し出す結果になった。「あの時は全く驚いた。社長はパッと二、三メートル飛退いて身構えたよ。その瞬間、本当に人が違って見えた。ひどかったんだろうなあー、あの三年間は……

2012-10-27 19:28:06
山本七平bot @yamamoto7hei

20】確かにビラを出す方は出せばそれですむ。民主警察であれ民主新聞であれ、戦後一瞬にして民主的になった諸機関は、すべて「右側を歩きましょう」でも「今度は民主化しましょう」でも、今までのことは知らんぷりして、ビラさえくばれば、それですむ

2012-10-27 19:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

21】そして、突きつけられて思わず飛退く人間がいたら、その人間を非難すれば、これもまたそれですむ。確かに「右側を歩きましょう」とか「民主化しましょう」とかいったビラを突きつけられて飛退いて身構えたら、飛退く方がよろしくない事は、説明の必要もなく、万人が納得する事だからである。

2012-10-27 20:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

22】そして、飛退いた方は、いつも、自分がなぜ飛退いたかは説明できない人は、自分が受けた本当の苦しみを、そのまま口にすることはできない。 笑い話にするか、似た運命に陥った他の人に託して話すか以外に方法はない。

2012-10-27 20:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

23】大分前のことだが、あるキリスト教関係の雑誌に 「戦争体験者が戦場のことを一種楽しげに語ることはもってのほかだ。彼ら戦前の人間は今でも軍国主義者で少しも反省がない」 といった意味の一牧師の言葉、いわば「反省しろ」といった記述が載っていたが、(続

2012-10-27 21:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

24】続>私はこれを読んだ瞬間に頭に血がのぼって「誰にそんな事を言う権利があるのだ。一体全体I社長に向って『お前が留置場の三年間を楽しげに語るのはもっての他だ。お前は特高の手先に等しい、反省しろ』といえる人間がいるか。お前の言ってる事は、それと少しも変りがないではないか。

2012-10-27 21:57:50
山本七平bot @yamamoto7hei

25】人は自分の傷口に自分で触れる事はできない。だから『楽しげに語るか』『飛退くか』『他に仮託する』しか方法がないのだ。余人はいざ知らず、牧師たるものがその程度のことがわからないでどうする!お前のような奴は到底牧師の資格なぞないから、すぐやめっちまえ」と言いそうになった。

2012-10-27 22:28:07