高島章氏の「君が代不起立の神学的・法学的考察」

弁護士でルター派信徒である高島章氏 @BarlKarth (バール・カルト氏)による、「君が代不起立」問題への考察。 このまとめの内容と重なる、高橋氏による記事が、雑誌「福音と世界」2012年12月号に掲載されるそうです。( http://www.amazon.co.jp/dp/B009VJOY3K/ ) 関連まとめ。 高島章氏とkunieda tomoyuki氏の「君が代不起立」をめぐる対話 続きを読む
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高島章 @BarlKarth

国歌斉唱不起立で教職員21人の停職、減給取り消し 東京高裁 - MSN産経ニュース http://t.co/gHEG3L9t

2012-10-31 23:15:19
高島章 @BarlKarth

@BarlKarth 「命令だ!」とか言われて節回しの変な曲を歌わされたり,ピアノ演奏をさせられたり,何かをやらされたりするのは根本的に嫌なんです。そういう人は多いでしょう。

2012-10-31 23:20:52
高島章 @BarlKarth

@BarlKarth 芸術の自由とか美意識の自由と言うのは憲法で定めてもいいと思う。

2012-10-31 23:21:45
高島章 @BarlKarth

国家権力から命令を受ける・命令に従わないと制裁を受けると言うことはしばしばある。しかし,そのような命令は何らかの「納得できる理由」があることが多い。

2012-10-31 23:50:12
高島章 @BarlKarth

しかし,「日の丸・君が代」については「納得できる理由がない」と考える人が多い。しかも,その命令に従わなくても,国家や公共にたいした実害はない。

2012-10-31 23:50:43
高島章 @BarlKarth

「日の丸を拝まない,君が代を歌わない」そういう不作為によって,別に他者に迷惑を与えるわけではない。

2012-10-31 23:52:48
高島章 @BarlKarth

 きわめて雑な言い方になるが,「なぜ法に従うべきなのか」といえばそれは「他者加害禁止」という自然法的原理に集約される。「人に迷惑を与えない行為」を法で禁止してはいけない。公務員が日の丸を拝まず君が代を歌わなくても誰にも迷惑はかけない。

2012-10-31 23:57:37
高島章 @BarlKarth

その上,日の丸・君が代は日本固有の特殊歴史的経緯から「いやだ」と思う人も少なからず存する。そのような「いやだ」という感覚は「そのような考えを持つ人の立場に身を置けば」それなりに納得できる。

2012-11-01 00:02:06
高島章 @BarlKarth

というように右翼の人やいわゆるネトウヨに根源的・国家哲学的な問題を提起してみたのだが,私と対論するような論敵は現れないだろう。

2012-11-01 00:10:52
高島章 @BarlKarth

@BarlKarth 他者加害禁止は論語にある。更に「お互いに愛し合いながら生きましょう」という聖書的原理から福祉国家的原理が基礎付けられる。

2012-11-01 00:13:54
高島章 @BarlKarth

「誰にも迷惑をかけない行為は国家権力によって規制すべきではない」と言うのはきわめて素朴な命題だが,「法的命令の正当性」を考えるにあたって忘れてはならない原則である。このような見地か「日の丸・君が代」問題を考えるべきであろう。

2012-11-01 00:16:46
高島章 @BarlKarth

 「日の丸君が代問題」を呟くと 秋原葉月さんがBLOGOSでネタにするかもしれないが,以上の私の呟きに反し私は自然法論者でもないし,「実質的法治国家・法の支配」という概念は支持していない。

2012-11-01 00:26:23
高島章 @BarlKarth

 何回も言っているが私は自然法論者ではない。

2012-11-01 00:41:58
高島章 @BarlKarth

君が代問題を呟いていたら,論理学者(倫理学や法学にも詳しい)から<良心的兵役拒否」と同様、「良心的国歌斉唱起立拒否」も認められるべき>との指摘を受けた。これは良い着想だ。

2012-11-01 12:39:51
高島章 @BarlKarth

「良心的兵役拒否」という問題は,「思想良心の侵害を理由として国法や国家の命令を拒否して良いか」という問題といって良い。

2012-11-01 12:47:11
高島章 @BarlKarth

 聖書の言葉,信仰的良心に基づいて,国家の義務である兵役を拒否する教派は古来からあった。メノナイト・アーミッシュ・フレンド派(クエーカー)である。ブレザレンも同様だったかな? エホバの証人も同様。

2012-11-01 12:51:08
高島章 @BarlKarth

 良心的兵役拒否の問題(聖書の言葉のファンダメンタルな適用による国法上の義務の拒否)は古くからある問題のようで,ルター派のアウグスブルグ信仰告白16条は,これに対する一つの考えだろう。http://t.co/VdmekHBY

2012-11-01 12:54:09
高島章 @BarlKarth

アウグスブルグ16条で批判されているのは,当時のミュンツァー派,後のメノナイト,アーミッシュにつながっている。

2012-11-01 12:55:27
高島章 @BarlKarth

 さて,「君が代不起立」に対する批判で一番協力なのは,「手前勝手な良心とやらで職務命令をきょひするのは何事だ。それでは秩序を保てないし,生徒にも示しが付かない」というものだ。この批判はそれ自体正当なものというほかない。

2012-11-01 12:58:39
高島章 @BarlKarth

「良心的兵役拒否」を認めれば,「税金不払教」「殺人教」の信者は,税金を納めなくて良いし,殺人を犯しても良いことになる。

2012-11-01 13:00:13
高島章 @BarlKarth

 私は前の呟きで「法的強制の正当性は『他者加害禁止』にある」旨を述べ,「君が代不起立はこの原理から見て正当性がないのではないか」ということを述べた。しかしそうは言っても,

2012-11-01 13:04:51
高島章 @BarlKarth

公務員が職務上の命令を受けた際に,法哲学的革新や思想良心の自由を根拠として,これを拒否することを認めるのは,さすがに不味いだろう。

2012-11-01 13:05:14
高島章 @BarlKarth

http://t.co/jZZeH5dz 良心的兵役拒否者は、かつて、国賊、売国奴、非国民、脱走兵、反逆者、臆病者、のろま等々、屈辱的な言葉で罵倒・侮蔑され 良心的兵役拒否と「君が代不起立」の共通性は,上記の点にもある。

2012-11-01 13:14:15
高島章 @BarlKarth

で,結論なのだが「君が代不起立者」には良心的兵役拒否者が代替職務(奉仕活動等)を命ぜられるのと同様の制度を設ければどうかということだ。例えば,廊下のぞうきん掛け等である。

2012-11-01 13:29:16
高島章 @BarlKarth

 こういう提案は,むしろ左翼やリベラルの人たちから批判を受けるかも知れないが,もちろん批判上等なので,意見をください。

2012-11-01 13:30:31
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コメント

中敏悟 @shiwazanin 2012年11月2日
良心に従って起立や斉唱を拒否するって、つまり国旗や国歌を“悪”扱いしてるわけで、それ国家や国民に対する一種の侮辱なんじゃないの? と常々思うんだが。
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seere626 @seere626 2012年11月2日
つまりは日本が嫌いってことだよね。嫌いな企業に入って社歌歌うのに反対して怒られたら逆ギレって、普通に馬鹿だと思うんだが
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アルミナ @super_aaa 2012年11月3日
「日の丸」は国旗 「君が代」は国歌  この2つが嫌いなら、「公務員」以外の職業をお選びください。職業選択の自由は誰にでも有ります。
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sitimi @sitimito 2012年11月3日
政治思想を教育の場に持ち込むという時点で呆れる。
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アルミナ @super_aaa 2012年11月3日
公務員の雇い主は国や自治体だろ。その国の象徴たる国旗・国歌が嫌とか・・・ 民間会社ならクビもありえるぞ・・・会社のロゴマーク大嫌いとか会長や社長に言ってるようなもんだろ
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アルミナ @super_aaa 2012年11月3日
結局最高裁の判断は「減給はやりすぎだけど、君が代の不起立に対する戒告処分は間違ってないよ」ってことで、公務員は立って歌いなさいって事だろjk
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ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2012年11月3日
この「国旗国歌に起立しないのは他者に対して何ら被害を与えない」って理屈は公務員としてまずいだろw教師なら生徒の「国旗国歌に対して敬意を払うべき」と学ぶ機会を失っているし、公務員なら「自国および国民に対して敬意を払うことを国として示さない」点で国民に損害を与えている。
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𝕥𝕠𝕞𝕖𝕜𝕒𝕞𝕚【𝕊𝕜𝕖𝕓☆𝕆ℙ𝔼ℕ】 @tomekami 2012年11月3日
国歌斉唱はまぁ歌う事自体がアレな人もいるので国歌清聴とかでも良いんじゃないかな。けど、起立くらい式典として協力せーよと思う。それこそ生徒に示しがつかないじゃん。規律を守る事を学校で教えないでどこで教えるの?なんで起立まで嫌なん?ばかなの?
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やっつん@uraent/2/3に移転中 @yahttsun 2012年11月3日
狂信も信教。何でも信じることは許される。これが信教の自由。ただし、信じているか居ないかにかかわらず、結果については等しく扱うべき。罰すべきは結果は罰し、称揚すべきは称揚する。
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黄昏の森@オーカス @akatuki_no_mori 2012年11月3日
てか、これまだ国内で済んでるからいいものの国際的な場でやらかした時に世界からどういう目で見られるか考えていないんだろうか。呼吸するのと同じぐらい当たり前の事が出来ないって思われても仕方ないんだけども。
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桶庵 @sininenkuumeri 2012年11月3日
神学とか法学どうこうじゃなく単純に「各式典における作法」だと思うんだけど。それって「納得できる理由」じゃないの?
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
またぞろ叩きが湧いてきているが。民主主義の成立過程を見てみると思想信条の自由は元々は信教の自由から来ている。そしてそれが成立してきた基督教社会では信仰の告白は義務なので心中とそれを外に表すことは切り離せない。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
だから愛国心が常に強調される米国でさえ教師にもその権利が認められている。そこを否定するとそもそも民主主義の根幹が崩れるから。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
>国際的な場でやらかした時に世界からどういう目で見られるか<そもそも先進国で教育現場で日本のようにやっている国は基本的にはない。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
なら公務員という職業を選ぶなというのは、逆にイスラム教や多くのキリスト教の分派が入り交じっている西欧諸国では通じない理屈だろう。各宗教の規範を尊重して取り扱うのが先進国の常識。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
例えばイスラム教徒であれば1日5回の礼拝は義務だし、豚肉は食べれない。それを職務中だからといって禁止や強制したらそれこそ国際的な非難の対象となるだろう。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
私個人としては国旗や国歌の問題は作法の問題なので普通はその作法に従うべきだと思うが。日本の場合明らかにそれを推し進めようとする人も拒否する人もイデオロギー掛かっているので思想信条の自由と全くの無関係だとは言えない。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
そうである以上、例えば自衛官を選びながら銃を撃てないなどと同一視するのは違うと思う。職務の一言で済むと思う方が全体主義的。民主主義がいかなる基盤の上に成り立っているのかの認識が不足していると思う。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
(ただし日本は民主主義を採っていると同時に国家でもある。国家システムがどうでも良い訳ではない。民主主義の原則は押さえながら、国家のシステムをどう構築・維持していくのかは特に公務員は考える必要はある。)
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
>公務員なら「自国および国民に対して敬意を払うことを国として示さない」点で国民に損害を与えている<と同時に民主主義国の教師として民主主義的な考え方も示している。一方的なマイナスだけではないな。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
言っておくが多数決原理は根本的には民主主義そのものとは無関係。これが成り立つのは相互尊重と言うのが守られる場合。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
だから多数が数の論理で少数を圧殺した場合は少数派はそれに抵抗する権利を持つ。これが民主主義的な考え方(民主制度はその上でのこと)。
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中敏悟 @shiwazanin 2012年11月3日
「宗教上の理由で歌わない」って言えば? とは思う。これは揶揄でも何でもなくマジな話で、宗教ならしょうがない。昔同級生が合唱曲の「大地讃頌」を歌わなかったことがあった。詳しくは訊かなかったが、家がキリスト教なんだそうで、おそらく「母」というのは「大地」のことではなく、感謝の対象は「土」ではない、ということだったんだろう。そういう宗教なら仕方ない、と、教師も周りの生徒も納得していた。
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中敏悟 @shiwazanin 2012年11月3日
しかし、日の丸君が代拒否の場合、そうやって他人に説明して納得させられるほどの「教義」はあるのか? 「お前らの国旗や国歌はとにかく悪だから」じゃ、宗教的正義どころか理不尽な悪者認定で日本国民を貶めるただのハラスメントにならないか。その辺どうなんだろう。
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黄昏の森@オーカス @akatuki_no_mori 2012年11月3日
zetumu そりゃそうだ。言ったろ?呼吸するように当たり前の事なんだから。教育云々じゃなく国民として当たり前のものなんだよ。確認するが、国際試合やイベントで国旗掲揚国歌斉唱があるときに歌わない国、起立しない国があるのかね?
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黄昏の森@オーカス @akatuki_no_mori 2012年11月3日
まぁ他の人も言ってるけど、国歌斉唱国旗掲揚反対してるのはそれが「絶対悪」だから「歌いたくない、起立したくない」であって「斉唱、掲揚するしないの選択」ではないからねぇ。ありもしない妄執に囚われてるだけで少数派の権利なんてものはない。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
(あ、キリスト教ルター派の信徒の原理は知りませんのでそれは悪しからず。)
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中敏悟 @shiwazanin 2012年11月3日
君が代の歌詞を見ると、「君=天皇」と解釈したところで、「天皇陛下の御世がいつまでも続きますように」程度の当たり障りのない内容なわけで、それを「宗教上の理由」で歌わないとすると、一体どのような論理で否定されるのか、というのは見てみたい。
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中敏悟 @shiwazanin 2012年11月3日
君が代の「君」とは「あなた」のことである。あなたの人生がいつまでも続きますように、を意味する歌だ。しかしそれは神の御心に反する、と私は考える。人はまず短い生を全うし、その上で、神の国に住むに相応しい者であるかどうかの裁きを審判の日に受けるものだからである。よって、人が神の審判を受ける前に永遠の生命を得られることを願うかのような歌は拒否させてもらう。  ……というのを思い付いた。私なら納得します。
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中敏悟 @shiwazanin 2012年11月3日
「聞くところによると、日の丸は神道の神・天照大神のシンボルを国旗として採用したものなのだという。そのような異教の偶像を奉ることは信仰上許されない。よって日の丸は拒否させてもらう」。あ、結構丸く収まる気がしてきた。宗教上の理由で日の丸君が代拒否。
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ダブル太郎を断固支持! @naotokakashi 2012年11月3日
「さざれ石」が「巌」になるのも、「苔の生す」のも、『自然に放置』して起きる現象。『人工的に無理矢理作る』ものではない。だから歌うのを強いる事は『君が代の歌詞・精神』そのものへの冒涜になる・・・と僕は思います。はい。
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ダブル太郎を断固支持! @naotokakashi 2012年11月3日
逆に、「無理矢理歌わせない」という圧力があるのもまた不自然。だから、歌う・歌わないはもう個々人の判断を尊重して、全体としては成り行き任せにしちゃうのが日本の文化らしくていいんじゃないでしょうか?
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言葉使い @tennteke 2012年11月3日
「学校の掃除は、業者の人を雇えばいいと思います!」が大人になると、こうなるのか。
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スズメ @suzume002 2012年11月3日
「歌わない理由」より「歌わない自由」を押し出してくる裏には、すでに反君が代イデオロギーが公共の議論に耐えられなくなってきているという現実があるんじゃろうか。
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akisakushun2 @sakushun2 2012年11月3日
別に『君が代』を歌いたくなければ式場から出て外で警備してればいいんじゃないかと。。 いちいち式場にいるのに歌わないのは、イスラム教徒に豚肉を無理やり食べさせるんじゃなくて、自分で無理やり食べているだけだ。
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アルミナ @super_aaa 2012年11月3日
公務員だろ? 国からの指示で起立しなさいとあるんだから従うのが公務員の義務だと、服務規程にあるだろうが。「法令・条例等及び上司の命令に従う義務」
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さたびー@ちえりすと @satavy 2012年11月3日
日の丸・君が代は嫌だと言う主張はその人の思想信条として、賛同はしないけど尊重はする。でも、それを公の場で示すのは、嫌いなものには形式的なものであっても礼儀を払わない、と言う態度でしかなく、それは思想信条以前に眉をひそめられる行為だと、反対派の人は理解すべきだと思う。
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さたびー@ちえりすと @satavy 2012年11月3日
まぁ簡単に言うと、日の丸・君が代に反対で、職務命令に反してでもそれを押し通すと明言してる人は、その時点で日の丸・君が代以外でも何かと理屈をつけては上司を平然と誹謗したり、その命令を無視するだろうと予測される人と認識されるわけで、それってただ単に社会人失格な我侭な人間だよなと言う結論にしかならない。
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Akimbo @Akimbo 2012年11月3日
「推定良心(思想・信条・宗教心)」の議論は筋違いかな。あれは「式典の最中に「反日本」の信条を喧伝する」というプロパガンダ行為でしょ。そんな先生の「教育」を拒否する権利も生徒に与えたらよいかと。
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ダブル太郎を断固支持! @naotokakashi 2012年11月3日
追記。君が代に反対する教師は代替職務として、君が代の意を汲ませる事を提案。小石が岩になって苔まで生える様に、一人ひとりが強く結びつき渋さが出せる集団を作れる、様な人間力を生徒に付けさせればいいかと。 形 式 的 じゃなく、本格的に仕事を人一倍頑張らせる、と(出来なきゃクビで)
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reesia @reesia_T 2012年11月3日
そもそも教員になれば式典に関わること、式典と国旗・国歌は不可分であることをどんなバカでも知っているわけで。にもかかわらず思想・信条の自由を盾に拒否するような輩が教員の職を選ぶこと自体ナンセンスだろう。パンの製造販売を嫌っているのにパン屋に就職して職務放棄すれば処分されるし、誰もその処分をおかしいと思わないだろう。それと同じよ。
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アルミナ @super_aaa 2012年11月3日
国歌斉唱が嫌で起立が嫌で日の丸は見るのも嫌  だったら公務員辞めて私立の学校か塾の講師にでもなれば良いんじゃない? 誰も止めないんだから。義務を拒否するなら、それで得られる権利を享受する資格は無い。
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Hide Kuroiwa @hidekuroiwa 2012年11月3日
関連記事を、別に作りました。「高島章氏とkunieda tomoyukiの「君が代不起立」をめぐる対話」 http://togetter.com/li/401010
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kurekure31 @kurekure31 2012年11月3日
大嫌いな君が代や日の丸を強要してくる国から給料を貰う事は、堪え難い屈辱じゃないんだね
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欠点’s @weakpoints 2012年11月3日
あれ?君が代歌ったり日の丸に敬礼する事はキリスト教を否定しませんって神道側からアナウンスされてなかったっけ?
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
>呼吸するように当たり前の事<これが例え多数の意見であったとしても民主主義と日本国憲法が採っている人類普遍の原理ではない(まあ後天的に学ぶ社会性が呼吸と同じだとは思わないが)。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
例えば国際社会でも抗議の意志を示すためにある特定の国の国旗などに敬意を払わないなどということはあることだろう。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
単なる職務と言う人は(橋下以降その論が増えたな・・・)単なる事象ととしての歴史ではなくその背景の考え方の歴史を学んだ方が良い。それは過去のものではなく現時点に於いても国家と社会を支えているものだから。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
但しシステムとしての国家をどのように構築するかは常に課題。そこに民主主義であるなら民主主義的原理をおり込んで制度設計すべき。上に書いた様々な宗教規範の社会における尊重もそう。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
日本であれば戦前の天皇制と(それに基づく社会設計)と現在の日本に於ける考え方とシステムとをどのように捉えるのかは課題。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
それは単純にパン工場でパンを作らないというほど単純な問題ではない。言っておくが社会のシステム論とそれに基づく職務論はどうでも良いと言っているわけではないよ。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
国家に限らずシステムとそれに基づく実際の規範は人間が構築する社会に於いては、なくては社会そのものを崩壊させるものだから。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
だからこそそのシステムと規範をどのような考え方に於いて構築するのかということが問題となる。その考え方に基づいてシステム設計とその運用をしなくてはならない。
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zetumu @zetumu 2012年11月3日
その考え方を単純な単一の価値観で塗り上げると容易に全体主義となる。そういう思考停止の惰性に陥った時そのシステムは崩壊を始めるよ。
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紫 敦司 @atsushipurple 2012年11月3日
「てめえの思想を教育現場に持ち込むな」って言うけど、国歌起立斉唱を強制することそれ自体は「特定の思想を教育現場に持ち込んでる」って言われないのは何故だろう
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けむ @chilican_tw 2012年11月3日
良心的兵役拒否になぞらえた代替行為というのはありだと思ったんだけど、コメント読むと個人的思想宗教信条を超えて、たまたま生まれた国家とそのシンボルに対し「無条件に敬意を示さなくてはならない」という人は結構多いんだな
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月3日
えーと「公務員が日の丸を拝まず君が代を歌わなくても誰にも迷惑はかけない」まずこの前提がおかしいんじゃ?職務命令としての「起立」が合法なのは繰り返し司法の場で指摘されてるわけで、法律も上司の命令も守らない公務員の存在を許容することが「誰にも迷惑はかけない」というのは無理筋な気が。
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neologcutter @neologcuter 2012年11月3日
というか「政教分離」とか「日本国憲法 第15条」ってなんじゃろ?
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
「君が代不起立の主張」なぞ「ぞうきんがけ」と同程度の意義しかないのだぞ、と読んちゃった私はまだ朝の眠りから覚めていないらしい
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
目が覚めて来たのでもう一度読み返してみたが、@BarlKarth 氏はそれほど変なことを仰っているようには思えない。最もひっかかったのは「ぞうきん掛けは常識的には屈辱的です」ですが、まぁぞうきん掛けは例示でしょうし。
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
君が代不起立/斉唱の拒否だの、日の丸掲揚反対だのという主張には、国家というインフラの意義を軽視する発想が根底にあると感じるなぁ
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
共同体が国家として成立し国際的にも認めらる、このことで受ける利益を知覚しないなら、鈍感の極みだと思う。俺たちは俺たちのやり方で生きるよ、という主張が認められるってことだろうに。
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
台湾独立運動も、東ティモール独立も、米国各州の権限が強く認められているのも、歴史的経緯はそれぞれあるにせよ、俺たちのやり方で生きる、という主張の現れだし結果だ。
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
国家は、俺たちのやり方で生きる=独立を維持する為の枠組みだし、他者と交渉する場合の主体だし、だから国を持たないということは他国に対して主張する足がかりも自前で持てないってことだろう。
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
だから国家は国民に取って根本的に有用有益なんだが、インフラであるが故かその有難味を認識しない人もいて、国旗掲揚拒否だや君が代に不起立だ斉唱の拒否だ、となり易いのだろうなぁ、と思っていた。
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
私にとって国旗を掲揚する、君が代を歌うという行為は、儀礼上の作法であり、なぜ作法として認められるのかと言えば、国家は根本的に有難いもので、その意義を顕彰するものであるから。ということで腑に落ちている。
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
というか、国旗掲揚拒否や君が代に不起立/斉唱拒否といった行動に何故至るのか、論理的な思考の過程がよく分からない。「宗教上の教義に反するから」なら理解出来る。宗教を他人(特に生徒)に押し付けなければよいわけだし、共存も容易いように思う。
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. @hnknkry 2012年11月4日
天皇が神道と切っても切れない存在である以上、日本という国家と向き合うことは同時に神道という宗教と向き合うことでもあるわけで、こういう問題を解決するには憲法改正の際に国教を神道と定めた上で今の7条(天皇の国事行為)のような政教分離の例外として扱うべき事象を列挙した条文を作るしかないんじゃなかろうか
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bass_ikeda @bass_ikeda 2012年11月4日
「適法な職務命令には反しているので,矢張り代替業務による埋め合わせは必要ですよ。」(@BarlKarth 氏)→ぞうきん掛けで手打ち、それでいいんじゃないかという気がしますよ、君が代に不起立に対する罰則は。生徒に対する押しつけは別の話で、それこそ専横だし職務に対する重大な裏切りなのでそちらは厳しく罰すべし、と思う。が、ただ立たなかった、歌わなかった、掲揚しなかったみたいなことについては、それこそぞうきん掛けで済ましてもよい様なことじゃないのかねぇ。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月5日
教職のしかも公立学校ともなれば、入学式や卒業式で国旗掲揚したり国歌斉唱したりするのは明白なわけで、それを知りながら大学で教職課程を履修し、公務員試験を突破し辞令を受け着任し、そしていざそのときになったら職務を拒むというのはどう考えても無理がある。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP まあ今なる人はそうでしょうが、定年間近の人の頃はそうでもなかったでしょう。その年令までキチンと教職を務め上げてきてこのことだけでアウトというのはどうだかなあとは思う。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
個人的には式準備の為に国旗を飾り付けたり君が代を流す準備(伴奏含む)までは職務でそれに従わなかった場合アウト、実際のその場で個人的に歌わなかったり起立しないだけならセーフかな。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
あ、あとそれとは別になぜ日の丸や君が代がどのように扱われてきたかの歴史的経緯を学習することは必要だとは思う。(奉安殿とか御真影とか知らない若い子は多いんじゃない?。)
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
日教組の突き上げで校長が自殺に追い込まれるのも異常だが、御真影で校長が自殺するのも異常。ここまでくると思想・信条・信教の自由と言うよりもバランス感覚の問題だな。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月6日
zetumu 当時がどうであったにせよ公務員は今現在の法律や規則に従う義務があると思います。公務員が法律や規則に従うことを妨害し、当人が自殺するまで精神的に追い詰める勢力が今現在も放置され続けている状態こそが異常だと思っています。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月6日
zetumu 学習指導要領(中学社会科)には"「国家間の相互の主権の尊重と協力」との関連で,国旗及び国歌の意義並びにそれらを相互に尊重することが国際的な儀礼であることを理解させ,それらを尊重する態度を育てるよう配慮すること。"などとあります。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月6日
国旗掲揚や国歌斉唱時に起立するのは一般的なマナーなので、これを拒む姿勢を生徒たちに見せることが、果たして職務に忠実であると言えるかどうか。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月6日
zetumu 自国の歴史を学ぶのは重要ですが、それとは関係なく式典でしかるべきタイミングには起立するものだということもしっかりと教えるべきだと思います。「あの国は過去に悪いことをしたのだから、あの国の人間にはマナーを守らなくても良いのだ」という素地になりかねません。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
@SILVER_CAP だからバランス感覚と言っている。マナーや儀礼を学ぶことも大事だが、それの元となる考え方は相互尊重。様々な考え方や思想があることを互いに尊重するという根幹の所がなければ意味が無い。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
自国及び他国の歴史を学ぶことの意味の一つはそれを踏まえなければそれが出来ないから。上にも書いたように抗議の意思表示のために敢えて起立しないという行動をとることもある。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
物事を見る時はその元となる根幹の所を踏まえなければならない。相互尊重の一つの表れがそういった儀礼であると同時に、起立しないという意思表示もその元となる多様な価値観の尊重を示す良いケーススタディ。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
勿論その意思表示が他者の価値観を踏みにじるものであってはならないが、それはどのような価値観でも同様。価値観に少数も多数もないよ。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
その多様な価値観が共存するための一つの知恵がそういった儀礼であったり作法であったりする。民主主義的精神とはそういうこと。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
そういったことを踏まえてそういう儀礼や作法を学ばなければ学ぶ本質的な意味が無い。職務の為の職務ではまあ給料以上の意味はないな。そこには本質的な学びはない。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
物事はその根幹を押さえ、その上で多面的に見るようにした方が良い。その為に教養を身に付ける意味があるのだから。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月6日
zetumu ケーススタディというのであれば、信念を貫いて粛々と処分を受けるか、あるいは職を辞するところまで徹底すべきと思います。しかし肝心の当人らは最も軽い戒告処分すら不当であると最高裁まで争うわけでして…。この欺瞞が彼らが支持を得られない最大の要因なわけです。法を守り職務に忠実である事が公務員の最大の責務ですから。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月6日
それと、「いろいろと学んだ結果マナーを守らない事を選択する」というのはあってはならない事だと思います。特に歴史問題は国、個人、時代によっても解釈や是非が変化するので、これを容認すれば徒に対立や反発を招くだけです。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 別に最高裁まで争うことは何の問題もないでしょう。その職務が法的に正当か法の範囲で争っているだけなのだから。法的に争う余地がなければそもそも裁判所は相手にしませんし。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 職務で定めればそのままだというのなら司法など要りません。裁判所で判決が確定すればいくら不満があってもその処分が確定するわけですし。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP ここでいうケーススタディとは民主主義的考え方を学ぶということです。民主主義がまず根幹にあって、それに基づいて民主的制度がある。その具体的な規範が憲法と法でありそれに基づいて職務命令が出される。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP だからそれが正当かどうかを元に帰って争うことは正当。何を以て最高裁まで争うことを問題だとするのでしょうか。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP そして処分が確定してその後にどうするかは後は本人の選択。処分を受け入れこの後はその職務命令に従うか。また同じ事を繰り返して懲戒免職まで行くか。その時点で職を辞して別の道に行くか。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP いずれも民主主義的な精神に反するわけではない。お上に逆らう者はとにかく排除するというのは全体主義的なやり方ですよ。それが良いなら中共か北朝鮮にでも行けば良い。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 何を以て欺瞞というのか民主主義の視点からは全く判りませんが。>「いろいろと学んだ結果マナーを守らない事を選択する」<ということが認められるのが民主主義です。勿論その範囲をどのようにとるかはそれぞれの国家で違いますが。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 上に述べたように米国ではそれは認められている。今回最高裁はその範囲を示した。まあそれも社会の価値観が変わればまた変わりうるものだが。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP というか上にも述べたように歴史の事象だけではなくその背景の考え方の変遷、そしてそれがどのように事象に影響を及ぼし歴史が動いてきたか、また現時点でも動き続けているか学んだ方が良いですよ。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 狭いその時点での規範に縛られると新選組のように時代に取り残されますよ。勿論その時点での規範を踏まえなければならないのは当然だが。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 歴史問題は国、個人、時代によっても解釈や是非が変化するのだから、一つの解釈に縛られる方が愚の骨頂。寧ろ多様な解釈が如何に共存できるかを考えるのが民主主義的考え方。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
SILVER_CAP 韓国で少しでも日本の主張に近い発言をすればとことん叩かれるのを見ると、それの方が社会が未成熟だなと思う。一つの解釈以外は全く認めないという方が全体主義的ですよ。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
@SILVER_CAP 歴史に対して様々な解釈をして、それぞれの解釈を自由に発言することができる社会の方が成熟した社会といえる。まあ国家として動く時は国家の見解は一本化しなければならないが。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
@SILVER_CAP だから公務員にどこまで職務としてやらせるかはキチンと議論する価値はある。但しその基本的規範は現時点の日本では民主主義的価値に基づくことになっている。
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zetumu @zetumu 2012年11月6日
@SILVER_CAP その基本的価値観と実務として執行する必要があるものをどこに置くのか。それはバランスの問題でしょうね。(まあ今回最高裁は最高裁なりにバランスをとったということでしょう。)
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高島章 @BarlKarth 2012年11月9日
新教出版社 ‏@ShinkyoShuppan 【福音と世界】12月号、今日発行。特集「動乱の世のただ中の霊性 ②」寄稿者=中西恭子、島田由紀、榎本恵、ヨハネ・ウマンス。他に、C.S.ソン「アジアのイエス」、高島章「兵役拒否と起立拒否」、教団総会レポート(編集部)、大島キリスト教霊交会レポート(編集部)など盛りだくさん。深谷
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月9日
zetumu 市民が「民主主義的考え方」を学んだ結果が、いわゆる現状の「強制反対派」の凋落なのだと思いますよ。
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月9日
zetumu 問題は、司法で出た結論すら拒否して闘争に拘泥している人が未だにいる事なんですけどね。有名どころではこの人とか。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B9%E6%B4%A5%E5%85%AC%E5%AD%90
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TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2012年11月9日
そもそもこの問題、どこまで行っても「公務員のサボタージュは是か非か」でしかないんですよ。起立命令自体はほぼすべての裁判で合法もしくは違法ではないと結論づけられていますし、起立命令の根拠となる学習指導要領が法的拘束力を持つ事も最高裁で認定されていたはずですし。
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