◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その九)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第10回目 第1回目はこちら http://togetter.com/li/372910
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真上犬太 @plumpdog

◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その九)」◆

2012-11-02 12:26:20
真上犬太 @plumpdog

◆宇都宮市警の入ったビルは、省庁の立ち並ぶエリアのはずれに存在している。縮小移設された議事堂へ向かう道の端、門番用に存在するため、市民からは『犬小屋』と揶揄されることも多い。二十階建ての高層建築に収まった犬たちの住処へ、一台の車が入っていく。◆

2012-11-02 12:30:47
真上犬太 @plumpdog

◆時刻はすでに十二時を回っているが、ビルには点々と明かりが灯っている。「とりあえず、今日はこれで解散ですか?」「……コイツの借り出しに時間が掛かったしな。仕方ない」「んじゃ、俺はいくぜ」地下駐車場に降り立ったクイは、そのまま二人に背を向けて歩き出す。◆

2012-11-02 12:40:04
真上犬太 @plumpdog

◆「送迎頼まなくて良いんですか?」「仮眠室で寝る」遠山の渋い顔は、去っていく麦わら色の背を見つめていた。無精ひげを手でこすり、それから顔をひと撫でする。「お前こそどうなんだ」「僕はタクシーでも拾います」「半壊したキカイには頼りたくないか」軽い嘲意を受けて、若い刑事も笑う。◆

2012-11-02 12:47:58
真上犬太 @plumpdog

◆「でも、良いんですか?」「勧められたのがアレなんだから仕方ないだろう。日本警察の懐具合で雇えるのが、あの程度なんだ」「《Wild Life》なら保障も適用されますからね」「そういうことだ」さまざまな理由はあるものの、日本の警察にNBCの導入が遅れているのはひとえに金の問題だ。◆

2012-11-02 12:57:19
真上犬太 @plumpdog

◆戦争とその後始末に追われた国家、慢性的な財産不足に悩み、結果として重要では無いセクションは後回しにされる。警察機構はまだましな方で、福祉・医療はほぼ手付かずの状態。医療機関へのハッキングや、生活保護データの違法改ざんなどの防護に手を割かれ、実際の仕事はほとんど出来ていない。◆

2012-11-02 13:02:51
真上犬太 @plumpdog

◆結局、孤独死の老人や医療過誤、戸籍書き換えによるフリーライドが横行し、生活保護や健康保険制度の一部凍結が行われている。極東に咲いた繁栄の象徴だった国は、すでに立ち枯れ、根腐れを起こした、朽ちていく老木の様相を呈していた。◆

2012-11-02 13:09:42
真上犬太 @plumpdog

◆「そういや、近々中古NBC法が改正されるって話じゃないですよね」「そうなったら、今度は《トロイ》の心配をする必要があるがな」うんざりしたような表情を浮かべ、遠山は車を降りる。「バカみたいな潔癖症は日本の悪しき慣習だが、ウイルス仕込まれた機材をホイホイ導入されてもたまらんぜ」◆

2012-11-02 13:16:46
真上犬太 @plumpdog

◆「だからこそ、監査役のNBCにはまっさらな奴を使っておけば良いんですよ」「上の連中に言ってやれよ。俺だって、わざわざケモノ臭い所に行って、出所の怪しげな出来損ないを品定めするなんて願い下げなんだ」そこで、遠山はそっと肩をすくめ、車から立ち去っていく。◆

2012-11-02 13:28:50
真上犬太 @plumpdog

◆「機能検査は十時からだったな」「ええ。すぐ現場に出ます?」「あいつ次第だ。どんな性能なのか、分からんからな。おつかれ」「おつかれさまでした」遠山は懐からタバコを取り出し、火を点した。白煙は、地下の空間に流れ、淀んだ闇の中に消えた。◆

2012-11-02 13:37:11
真上犬太 @plumpdog

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2012-11-02 13:40:31
真上犬太 @plumpdog

◆静まり返った廊下は、冷えた空気が漂っている。昼さえ日も差さない地下駐車場の通路を、クイは歩いていく。その顔には表情は無く、吻も結ばれたまま。その視界には、目の前の光景に重なるように、薄いレイヤーが張られている。実際の視覚情報ではない、もう一つの目。◆

2012-11-02 13:44:06
真上犬太 @plumpdog

◆『あいつ次第だ。どんな性能なのか、分からんからな。おつかれ』『おつかれさまでした』他愛ない会話を交わして、刑事達が分かれるのを、ずっと見ていた。音声すら拾っているから、自分がいなくなった後のやり取りも全て『視て』いる。◆

2012-11-02 13:48:44
真上犬太 @plumpdog

◆自分が何を言われたのか、そして自分がどう思われているのか。それを理解し、心のどこかが猛る、はずだった。だが、アドレナリンはじわりとも染み出さない。カテコールアミンの一切が沈黙し、豊かであったはずの悪罵のひとかけらも浮かばない。◆

2012-11-02 13:54:39
真上犬太 @plumpdog

◆脳の奥に、鈍く重い鉄の塊がのしかかってくる。それは、張り巡らされた『隷属命令(ゲッシュ)』によって、彼らへの怒りが制限されていく作用だ。手を伸ばそうとすればするほど、怒りが遠のく。「くそ……」筋肉の内側、骨の裏側にかゆみを感じるような、そんなもどかしさ。◆

2012-11-02 13:58:09
真上犬太 @plumpdog

◆そうだ。これが、人間だ。自分たちの上に君臨し、結局は道具として扱う者たち。型落ち、中古品、半壊した、ケモノ臭い、そういう単語を一つ一つ、いとおしむように、心の中にしまいこむ。この忌々しい隷属関係が終わった後、何度でも再生して、十分に怒りを取り戻すために。◆

2012-11-02 14:01:36
真上犬太 @plumpdog

◆『クイ二級刑事、大丈夫ですか?』割り込みに目を上げると、自分の耳にちくちくとした刺激が入っていた。未認可のNBCによるアクセスの反応。『ブロックを解いてください、私は同僚です。問題があるようでしたら、私の脳紋と認証パスをマスターサーバで確認を』『ああ、いいよ』◆

2012-11-02 14:18:54
真上犬太 @plumpdog

◆疲れたように言うと、クイは歩き出す。NBCたちの控え室は地下にある。必要以上に外部とのアクセスをさせないため、あるいは防諜のため、ということだが、実のところは「ていの良い檻だ」呟く言葉にも覇気は無い。必死に、自分が意思のある生き物だと、確認するために吐かれた戒めの言葉。◆

2012-11-02 14:28:30
真上犬太 @plumpdog

◆『装備課:NBC分室』と書かれた表札の張られたドアの前に立つと、アクセスポイントに自分の意識を重ねる。磁気ボルトが作動して分厚いドアが開いた。「今日付けで配属になりました、クイ二級刑事です」型どおりの挨拶をしつつ、中に入る。そこには、意外な世界が広がっていた。◆

2012-11-02 14:32:13
真上犬太 @plumpdog

◆防音と電磁遮蔽のための措置として、やわらかな樹脂製の壁材で覆われた壁面はいい。しかし、それ以外の調度にははなはだ問題があった。まず、部屋全体にフリルの付いたレースの壁掛けが覆っている。◆

2012-11-07 19:14:12
真上犬太 @plumpdog

◆さらに私物をおいていあるらしい戸棚には、ごちゃごちゃと色々なものが置いてある。アンティーク時計やビスクドールに混じって、古いアニメーションのキャラクターフィギュア、さらにはカエルのホルマリン漬け。アーミッシュキルトの模造品。紙印刷のファッション雑誌などだ。◆

2012-11-07 19:19:22
真上犬太 @plumpdog

◆『おどろきましたか?』そう言ってクイを招くのはシェパード型のNBC。勤務時間外のためか、ギンガムチェックのシャツにスラックスという、驚くほど普通の格好をしている。『ようこそクイ二級刑事、装備課特殊装備係長補佐のロブです』首元に付いたスロートマイクから暖かな声が流れる。◆

2012-11-07 19:22:47
真上犬太 @plumpdog

◆「長ったらしい役職名だな」『必要ですからね。人間とわれわれを区別しなければ、問題が百出します』「今は非番なんだろ? そう言う喋り方はやめないか?」「無理無理、ボスはそう言う風にしか喋れないんだもんね」クイよりも頭一つ分背の高い、三毛猫が割り込んできた。◆

2012-11-07 19:26:24
真上犬太 @plumpdog

◆「ボクはヒート! よろしくして欲しいんだね!」スロートスピーカーなしの肉声は、人間の男の子のような声だった。「口内発声うまいな?」「うん! 仲間内ではボクが一番ニンゲンと同じように喋れるんだね。すごいっしょ?」猫科特有のマズルがふにりと曲がって笑みの形になる。◆

2012-11-07 19:33:21
真上犬太 @plumpdog

◆「あんたらはみんな派遣社員か?」「ボスは違うんだね。それ以外はみんなそうなんだね。君も《Wild Life》からなのかな?」「ああ、そうだよ」「そっか。これからよろしくなんだねー!」そう言いつつポケットから小さな機械を取り出す。「なんだそれ」「懐中時計なんだね!」◆

2012-11-07 19:42:33