〔AR〕その24 セクション4
「動けないのであれば、私が引っ張りますから!」〔ここで見逃したら……〕 おびただしい記憶の海の中から、今さとりが見つめるこの手のひらのように、突き出てくる感情を、さとりは感じた。
2012-11-23 23:47:50強い感情が、文字通り、さとりの胸を打った。 今まで、おびえのあまり膠着し、萎縮していた体はどうしたのだろう。さとりは、反射的に阿求の手を掴んだ! 「せー、の!」
2012-11-23 23:48:28掘り返された後らしい軟弱な地盤と、半身を傾かせた姿勢。このような無理な体勢での力仕事の経験など、阿求にはない。ただがむしゃらに、全身の力を総動員して、背中に上海人形の助力を受け、さとりを穴から引き吊り出した。
2012-11-23 23:49:02ただ、実際のところ、阿求の牽引はスターターの役割のみであり、後のほとんどは、さとりの力によるものだった。 加減もわからず引っ張ったため、阿求はさとりの体が地上に出てきた瞬間、ひっくり返るように大きく尻餅をついた。背中を引っ張っていた上海人形は、間一髪で離脱して、下敷きを免れた。
2012-11-23 23:50:15「はぁ、はぁ……」 「だ、だいじょうぶ……?」 大きく息を切らす阿求が心配になり、先に立ち上がったさとりは声をかけた。 「あ、はい、なんとか。や、やはり肉体労働には向いてないです……あいた!?」 どうにか立ち上がろうとして、阿求は顔をしかめた。
2012-11-23 23:50:36「ドシター?」 「うう……転んだ瞬間に片足をひねっちゃったみたいです……どうしてこんなときに」 阿求は慎重に己の足を動かし、そして再度痛みに顔をゆがませた。 引っ張る際の軸足になっていた左の足首が、焼けるように熱かった。
2012-11-23 23:51:33見かけはなんともないが、体を揺り動かすだけで痛みを覚えるところから、かなり悪い方向に挫いてしまったようだ。 「わ、私が肩を貸すから、落ち着いて……ああ、でも、こいしが……」 「す、すいませんがたのみま……って、こいしさん?」
2012-11-23 23:51:48「こいしに、お医者さんに行くってつれてこられて、でも、はぐれてしまって……ああ、こいし……」 医者、というと永遠亭のことであろう。阿求は対面時からさとりの顔面がガーゼで覆われていたことが気になっていたが、何かすぐに治らない怪我や病気にでもかかったのだろうか?
2012-11-23 23:52:07「まずいですね……しかし、ただでさえ竹林の中で、さらにこんな状況では、探すどころか闇雲に動くだけでもドツボにはまるだけです。一旦、案内人である藤原さんのところへ……」 「オ、オイ……」
2012-11-23 23:52:23棒読みであるはずの上海人形の声が、どこか焦燥をはらんでいた。阿求は、何事かと上海人形を見上げると、ある一点を見ていた。 そうして、上海人形の向く方向に視線を移す。 未だ絶え間なく動き続ける竹林の幻影、その間隙の闇から、何かがこちらに向かってくる。
2012-11-23 23:52:44うすぼんやりした燐光でそれらがはっきりしてくるころになって、阿求とさとりは、共に全身に鳥肌を立てた。 いうなれば、それは亡者の行進。様々な時代、様々な風貌の人間、動物、妖怪達が、緩慢だが威圧的な蠢きでもって、確実に進行してきている。
2012-11-23 23:53:11その向かう先に自分達がいるということを、阿求も、さとりも、説明されずとも理解した。 「……ヤバインジャネーノ」 「に、逃げなきゃ……って! あの妖しげな集団、私たちが来た道から来てるし!」 阿求は、唯一記憶があてになる、地面の形を眺めて、悲鳴を上げた。
2012-11-23 23:53:37亡者の列がやってきている方角は、阿求と上海人形がここまできた道であり、同時に、藤原妹紅の住まいの方角でもある。 妹紅に会うためには、どうにかしてあの明らかに危険な一群を避けていかねばならない。しかし、迂回しようにも、周囲の竹林は虚と実が入り交じり、まともに動けるとは思えない。
2012-11-23 23:54:03「ウツトウゴク!」 上海人形は警告のために、幻影の集団に向けてレーザーを発射した。スペクトル分解された可視光線の帯が集団を撫でる……ことはなく、なんの相互作用を及ぼすこともなく透過していった。そして、集団は少しも揺るぐことなく、行軍を止めない。
2012-11-23 23:54:19「キカナイノー……」 「アリスさんの魔法がきかないんじゃ……」 阿求は青ざめる。火力で突破は不可能。目前に迫る集団が、幻だと理解していても、その中を突き抜けていく勇気はない。なにせ、集団の中には竹を割るための鉈を手にする者や、獰猛な牙や爪をむき出しにしている者もいる。
2012-11-23 23:54:57じりじりと、距離は縮んでいく。このままでは、幻覚に飲み込まれる。退路は別の方角しかない。だが、阿求は足の捻挫で立つのも難しい。さとりは、立ちすくんだままだ。 「さとりさん、逃げて……」 「……」
2012-11-23 23:55:09痛みをこらえながら、阿求は必死に体を起こすと共に、這って少しでも集団と距離を取ろうとする。その移動速度は、牛歩に劣る。いづれ追い付かれるのは必定だ。 「ガンバレー、ガンバレー」 上海人形が、阿求の袖口を引っ張って補助する。勿論、小さな人形の力だけで人間一人を動かすのは無理だ。
2012-11-23 23:55:54どうする、どうする、どうする? あの亡者達に捕まったらどうなるか? わからないが、そうなってしまったら手遅れだと、本能が告げる。理屈を持ち出す暇もない。 それは、さとりにもわかっているはずだ。
2012-11-23 23:56:15なのに、何故動かない? 阿求は、焦燥しながら訝る。さとり一人ならば逃げるのはたやすいだろうに……。 ふと、そんな阿求の手を、さとりの包帯だらけの手が握った。奇しくも、先ほど阿求がさとりを穴の中から引き上げた時の手だ。
2012-11-23 23:57:11次の瞬間、阿求は重力の反転を感じた。 「うわぁ!?」 めまぐるしく光景が回転する。その変化が止まると、阿求が見上げる先に、ガーゼに覆われたさとりの顔があった。 「……阿求さん、あの亡者達が来てる方角へ行けばよいのね?」 「え? あ、はい……」
2012-11-23 23:57:31思わず、阿求は返答する。さとりは首肯を返すと、上海人形を阿求の胸元に寄せた。 「お人形さんを、しっかり持っていて」 「ナ、ナニヲスルダー?」 一拍を置いて、阿求は気づいた。 今、自分はさとりにお姫様だっこで抱えられている。
2012-11-23 23:58:33どうしてだ、と考えるより先に、阿求はさらなる重力の変動にさらされた! 「わぁぁぁぁぁあ!?」 飛んだ。さとりは阿求と上海人形を抱きかかえながら、一蹴りで亡者の集団の上空へと跳躍したのだ!
2012-11-24 00:04:33そして、その初速を維持したまま、さとりは変幻する竹林の空を飛翔。集団の最後尾を見いだすと、そこからさらに後方数メートル地点まで距離を取り、着地した。 その間、一秒もかからず。
2012-11-24 00:05:15阿求が一呼吸どころか、瞬き一回を終えるより速かった。おかげで、阿求の目には、急激に変転した景色の残光が焼き付き、目眩が生じる。 「あう、あう……」 「ごめんなさい、少しの間、我慢していて」
2012-11-24 00:05:31