〔AR〕その24 セクション4
今の運動が、人間には堪えるか。さとりは阿求の様子を見て思い知る。 しかし、躊躇をしている暇はなかった。一刻一秒でも速く、ここから抜け出さなくてはならない。 「阿求さん、こっちを真っ直ぐね」 「は、はい。地面の形に間違いはないです……」
2012-11-24 00:05:46さとりは、少し抱え方を変え、阿求が地面を見られるような体勢がとれるようにする。 「貴方は地面だけを見ていて」 「わ、わかり……ひゃああ!?」 亡者の行列は反転し、さとり達の背後に迫る。
2012-11-24 00:06:32しかし、距離を縮められるよりも前に、さとりは駆けだした。その速度は、先ほどの跳躍より抑えられているが、それでも周囲の光景が走馬燈めくほどには速い。
2012-11-24 00:06:41……稗田阿求は知らない。というより想像したこともなかった。この、自分と大して体格の変わらない少女が、天狗のカメラのシャッターチャンスから逃れられるほどの瞬発力を有していることを。
2012-11-24 00:06:51確かに、古明地さとりは身体能力を駆使するタイプではない。彼女自身も、自分の本領はあくまでも相手の精神を読みとり、知略でもって心理的優位に立つことであると考えている。
2012-11-24 00:07:12しかし、腐っても妖怪だ。鬼や天狗、吸血鬼といったトップランカーには勿論及ぶべくもないが、それでも、その身体能力は人間を遙かに超える。人間一人を抱えて全力疾走する程度、造作もない。
2012-11-24 00:07:28さらに、彼女は他者のトラウマを増幅して再現できる。それを展開するための妖力は並大抵のものではなく、彼女の流儀ではないにしろ、正面からの弾の撃ち合いになった場合でも、そうそうひけは取らないだろう。
2012-11-24 00:08:36古明地さとりの本当の恐ろしさとは、『心を読める』ことではない。 『心を読める』という能力を最大限に活用できる、知性と素養を兼ね備えているという『事実』なのだ。
2012-11-24 00:09:00さとりは、己の中に散り散りになった、力と意志をかき集め、走る。 道案内は阿求に任せる。彼女が地面を認識し、正しいルートを導き出すのを、こちらで読みとればよい。
2012-11-24 00:09:17勿論、阿求の心を読もうとすれば、大きな負担がかかるが、それも承知の上だ。余計な情報を受け取ってしまうこともあるだろう。そのため、さとりは阿求の意識を地面に誘導させ、少しでもピンポイントで情報を引き出させる。 後は、ひたすら走るだけだ。今のこの悪夢のような世界から抜け出すために。
2012-11-24 00:10:22懸念もある。妹のこいしのことだ。心配で心配でたまらない。 だが、妹は強い子だと、さとりは信じていた。無意識の力でもって、上手く立ち回ってくれると。信頼と、ある種の願いを込めながら、さとりは妹の無事を信じることにした。
2012-11-24 00:10:44だから、一念の元に走る。今この手が抱える少女を助けるという意志でもって。 確かにさとりは、この少女の心を見たが故に傷ついた。だが、今自分が、空元気ででも立ち上がっていられるのも、この少女の想いを垣間見たからだ。 (……守ってみせる、絶対に!)
2012-11-24 00:11:13なにもかもが、元に戻らなかったとしても。 今、確かにここにあるものだけは、救い出したい。 祈りにも似た心地で、さとりは、阿求と共に、生と死のファンタスマゴリアを駆け抜けるのだった。
2012-11-24 00:11:27