舞城王太郎Twitter連載小説「NECK the seventh」第1話~第123話
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(28)俺から気を逸らしている今しかない。そしてその選択肢を選ぼうとするならば、今あるこの二十メートルほどの距離は余計だ。ゼロ距離からの不意を突いた一撃で仕留めるしかない。 #neckthe7th
2010-08-18 11:59:09(29)金魚鉢の上の頭を一瞬の隙に叩くのだ。どの管でもいいから横溝の頭から外れればダメージは大きいに違いない。血液が止まれば脳は死ぬ。 #neckthe7th
2010-08-18 12:00:49(31)と周囲の壁や機材と同じ程度に汚された偽の《消火器入れ》の前で向こうを向いてるはずの横溝虫が言う。その機械音を組むまでに時間がかかったはずで、もうずっと俺の気配に気がついていたんだろう。 #neckthe7th
2010-08-18 12:02:38(32)「へ」と俺は笑ってみせる。「お前、鼻が犬並みに利くのか?」 横溝がスクリーンボードに視線を落として動かすので俺は待つ。 #neckthe7th
2010-08-18 12:03:17(33)「化学物質を検出できるんだよ。人間の感情も化学反応だからな」 単語の羅列じゃなくて文章に仕立ててくるところが横溝の生来の生真面目さだろう。ともかく奇襲はできないということだ。 #neckthe7th
2010-08-18 12:04:13(34)「で?この場合俺の報酬はどこから払われるんだ?」 またしばらく待つ。 「娘には犯人が牛場だったとだけ伝えろ。でもすんでのところで逃げられたとな。娘からの報酬は断れ。俺が払う」 未来の話が出てきたが、信用はできない。 #neckthe7th
2010-08-18 12:05:04(36)俺は撮影所を後にして大泉学園駅に向かい、電車に乗り、池袋と新宿を経由して調布に帰る。事務所兼自宅に着く頃には俺の興奮も落ち着いてきて、やはり全てはあの暗いスタジオで終わったんだと思う。 #neckthe7th
2010-08-18 12:06:52(37)横溝正敏は生真面目な男だし死んでないので、その性質も生きているんだろう。俺は横溝久里緒に電話して簡単な報告を済ませる。犯人は牛場健次で既に逃亡してしまって行方が判らない。 #neckthe7th
2010-08-18 12:07:28(38)引き続き捜索して、明日また連絡する、警察には知らせてあるが、牛場のマンションからは何も見つからないだろうし、どこかで牛場がカードを使ったり目立った行動を取って監視カメラなどに撮影されてるのが報告をされたり何かヘマをするのを待つしかない、と。 #neckthe7th
2010-08-18 12:08:14(39)「そうですか」と二十三歳の久里緒は言う。顔見知りの犯行だと知っても特にショックを受けた様子はない。「肝心な犯人を捕まえることができず申し訳ない」「いえいえ。あの、牛場さんが犯人だって証拠は確かなものなんですか?」 #neckthe7th
2010-08-18 12:08:58(40)「ああ。俺は凶器のナイフを牛場の事務所から発見してる。警察に渡してあるよ」「そうですか。ありがとうございました」「また明日連絡します」 #neckthe7th
2010-08-18 12:09:30(41)「よろしくお願い致します」電話を切る。牛場の血は横溝があらかじめ用意していたビニールの上に流れ、首の切り離しと金魚鉢へのセッティングなどが一通りすんでからビニールごと捨てられたのを確認している。 #neckthe7th
2010-08-18 12:10:13(42)終わったのだ。 後は牛場の長い時間だけが残っただけだ。 俺は服を着替え、シャワーを浴び、眠る。 夢を見たが忘れてしまった。 #neckthe7th
2010-08-18 12:10:59(43)牛場の行方を探すふりをしながら俺は久里緒に連絡を入れ、その間が次第に開き始め、大体半年経って「じゃあ何か新しいことが判ったらまた連絡しますよ」まで辿り着く。 #neckthe7th
2010-08-18 12:11:38(44)すでに夏になっていて、俺は多摩川沿いにあるレストランのテラスでビールを飲みながら久里緒へのおそらく最後の電話を切る。冬の終わりに隠した牛場の首が見つかったって話は聞かない。 #neckthe7th
2010-08-18 12:12:29(45)まだ生きてるだろうか?あの暗がりで何の出来事もなく備え付けの栄養をゆっくり消費しながら緩慢な死を強制されてると思うとさすがに哀れだが、俺は考えないようにしている。牛場は《ミノタウロス》を名乗って若い奴らをたくさん殺してきたのだ。 #neckthe7th
2010-08-18 12:13:09(46)そしてそれに勘づいた横溝を消そうとし、やり返された。それまでに牛場は牛の蹄の形をした鉄のナックルを自作し、それを握って男女構わずメチャクチャに殴りつけたのだ。被害者たちの写真を思い出せば牛場への同情心など浮かんでこない。 #neckthe7th
2010-08-18 12:13:58(47)完全に潰れた顔。ひしゃげた胸や腹。牛場は《スタンピード》と称して蹄で相手をぐしゃぐしゃに《踏み潰す》のが好きだった。暗い死の淵でずっと自分の悪事を見つめ直せばいい。 #neckthe7th
2010-08-18 12:14:39(48)俺がアンカースチームの小ビンを煽り、置くと、テーブルの向かいに男が座る。 横溝正敏だ。 #neckthe7th
2010-08-18 12:15:32(49)もう機械の虫じゃない。二つの手と二つの足で立って歩く普通の人間に見える。でもそれは普通の肉体じゃないはずだ。炎天下の中でスーツを着込んでいる。袖から出ている手は手袋で覆われている。でも頭だけは本物だ。 #neckthe7th
2010-08-18 12:16:29(50)「ふ」と俺は笑う。「あんたそういうの誰から手配してもらってるの?」 「ふふ」と横溝も肉声で笑うので、お、と俺は思う。進化してるじゃん。 #neckthe7th
2010-08-18 12:17:15