はだしのゲンは終わらない 幻の続編からのメッセージ

まとめました。
環境
11
mai @jrmmnisi
【2010年7月放送】はだしのゲンは終わらない 幻の続編からのメッセージ http://t.co/DIbnbGph @Dailymotionさんから 広島の原爆資料館に、14枚の漫画の原画が寄贈された。~中沢啓治さんが訴えようとした「ゲンの真実」に迫る。
mai @jrmmnisi
いまは亡き中沢啓治さんが、原爆について語る姿…【動画】「はだしのゲンは終わらない 幻の続編からのメッセージ 」(2010年7月中国地方で放送された作品)http://t.co/eDPVIZW4
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない1;原作者の中沢さん「口がからむ。痛くてね…」。原爆を生きのびた仲間との、毎年の花見。あの日、生き残った同級生も亡くなる人が増えている。この日集まったのは4人。あれから65年。同級生が亡くなるたびに、中沢さんはあの日の惨状を強く思い出す。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない2;中沢さん「広島の街を歩いていると、ここは白骨の川だったとか、あそこの電柱のところに人がどういう状態で死んでたかとか、全部浮かんでくる、スローモーションの映画みたいに。ああいう思いが全部、広島の街の中にある。」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない3;「特に、僕が逃げた江波方面。ここの電車路に死体がものすごく山のように積まれてた。そういうのが浮かんできて、においまで浮かんでくるんですよ。」当時、中沢さんは学校への通学途中だった。たまたま立っていた場所が、運命を大きく変えた。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない4;中沢さん、校門の塀の前で「原爆の熱線は斜めにかする。この塀がなかったら、僕は全身焼かれている。塀が低かったから、後頭部と耳の後ろと首筋ね、それだけで済んだ。もしこの塀がなかったら、熱線がきている。だから、首から下が塀で守られた。」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない5;「何万分の1秒みたいなので生死が分かれるというかね…、なんか、お前は生き残れって言われたような感じがありますよ。」「今のところ漫画で『はだしのゲン』を描いてきたけど、『お前はそういう仕事をせい』という掲示を受けたような気がしますよ。」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない6;昭和48年、中沢さんは自らの広島での体験をもとにして、「はだしのゲン」を描きます。単行本は全10巻、今では14か国語に翻訳され、世界中で1千万部が読まれています。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない7;隣には変わり果てた女性の姿。ゲンに次々と助けを求める声。皮膚の焼けただれた男性。ガラスが突き刺さり、目の見えない女の子。直接体験した中沢さんだからこそ知り尽くしている惨状が、克明に描かれています。(漫画「はだしのゲン」)
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない8;広島で味わった被爆者の苦しみ。それを、中沢さんは「はだしのゲン」に込めたのです。「原爆で死んだ人たちを、これでもか、これでもか、とひっぱり出してきてね。その死者が、戦争と原爆はどういうものだと言って、怒って食ってかかるようなね…」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない9;中沢さん「戦争と原爆だけは、どんなことがあっても許すなよと。それが作者の一番言いたいことだから」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない10;14年間に渡った「はだしのゲン」の連載が終わり、周囲に「必ず第二部を描く」と言ってきた中沢さん。あれから20年。いまだに、第二部は出版されていない。中沢さんは、10年前から視力の衰えに悩まされ続けてきた。漫画の細かい線を描き続け、目を酷使したためだ。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない11;3年前には、さらに白内障と診断された。白内障は国が「原爆の放射線の影響がある」と認めている病気だった。中沢さん「白内障が今、圧倒的に多いからね。原爆のせいにしたくないんだけど、あれが引っかかってきて。出たかな…って」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない12;中沢さんは去年、白内障の手術をしたが、漫画を描けるまでには視力は回復しなかった。中沢さんは、描きかけのものを含む全ての原画を、原爆資料館に寄贈することに決めた。「はだしのゲン」の第二部は幻となり、道半ばでの漫画家引退となった。(※放送は2010年)
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない13;中沢さん「もうネーム(ストーリー)ができていた。出版社も決まってた。ページ数も。第二部をやろうと思って、ここに第一回を描いた。」描いていた矢先、突然、漫画の線が見えなくなった。白内障が進行し、原画は机の上に置かれたままになっていた。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない14;幻の「はだしのゲン」第二部の舞台は、東京だった。物語は、ゲンが乗った汽車の中から始まる。初めて見る大都会に、心を躍らせるゲン。東京に到着したゲンは、心機一転、理髪店で髪を切る。初めて会った店主に「どこから来たのか」と聞かれ、「広島から」と答えるゲン。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない15;「あんた原爆を受けたんかね」と店主に聞かれ、「ああ受けたよ。ピカでひどい目におうたわい」とゲンが答えるやいなや、店主「帰れ!早くこの店から出て行け!」「原爆を受けたものに近づくと放射能がうつるんだ!俺は放射能をうつされて早く死にたくないわい!」と罵倒
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない16;広島から遠く離れた東京で受けた、被爆者への差別。14枚に描かれていたのは、中沢さん自身の体験だった。22歳の時、広島を離れたいと上京、夢だった漫画家を目指し新たな生活を始めた中沢さん。中沢さんが被爆者だと知った人々は冷たい視線を浴びせるようになった。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない17;被爆者に平然と向けられる、偏見と無理解。中沢さんは、それを第二部に描くことにした。「差別の問題にも悩まされながらゲンが成長していく。第二部は差別という問題に取り組まないといけない。まだ言い切ってない、言いきろうと思ってね。」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない18;30年代、被爆地以外の人に原爆や放射線の正しい知識はなかった。戦後6年間占領軍による報道検閲が行れ、原爆の実態は伝わらなかった。見知らぬ原爆への恐怖は根も葉もない風評を呼んだ。原爆の被害が報道されるようになっても一度広まった風評は消えることはなかった
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない19;中沢さんは、「はだしのゲン」第二部を月刊誌で2年間連載する予定だった。この14枚のあとに、一体なにを描こうとしていたのだろうか。中沢さんは、もう漫画でゲンを描くことはできない。原稿用紙に、考えていたストーリーを書いてもらった。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない20;幻の「はだしのゲン」第二部(中沢さんの構想より)。東京に出てきたゲンは、漫画家のアシスタントをしている。仲のいい同僚にも広島でのことは話していない。しかし、野球の何気ない話から、ゲンが広島で被爆したということが彼らに知れる。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない21;同僚「ゲン、お前も原爆を受けたのか?」ゲン「受けたぞ。黒い雨もたっぷり浴びたぞ。」突然静まりかえる部屋。同僚たちは異様な顔をしてゲンを見つめる。自分のことを理解してくれていると信じていた同僚。思いもよらぬ反応に、ゲンは絶望する。
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない22;深夜、ゲンは逃げ込むように行きつけの酒屋へ。酒屋のママ「どうしたの情けない顔して。何かあった?」ゲン「ママ、日本は唯一の被爆国だと言いながら、何も分かっていないと東京に出てわかったよ。情けないよ。もう広島の原爆のことは誰にも話さないことにしたんじゃ」
mai @jrmmnisi
はだしのゲンは終わらない23;被爆者が口を閉ざすことで、原爆の実態は語られなくなっていく。差別によって、被爆の歴史そのものが、世の中から消されてしまう悲劇。これこそが、中沢さんが伝えたかった、「はだしのゲン」第二部のメッセージだった。
残りを読む(10)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする