あざらしさん( @azarashidayou )による叙述トリック犯罪学教程
- moritapodesu
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異端編例題-13:「じゃああんたはそれをひっくり返そうってわけか」「いいえ、ひっくり返せませんよ。ただ、如月さんが真田さんを殺して自殺までしたのは、あなたのためだと伝えたかっただけですよ、東雲さん」
2013-01-05 23:52:29異端編例題-14:「そんなバカな、俺は如月のことなんて知らない!」「……きっと、あと三十年もしたら分かります」
2013-01-05 23:53:11さて、解説の前に聞いておきましょう。みなさん、数学で「必要十分条件」というものを習ったのを、覚えているでしょうか? 「AであればB」と「BであればA」が両方正しい時、AはBであるための必要十分条件、と言うのでしたね。なんとなく覚えているでしょうか。
2013-01-05 23:53:48詳しく覚えている必要はないですが、このトリックにそれに似た考え方が関わってくるのです。「AであればB」なら、「BであればA」も成り立つのでは、という。
2013-01-05 23:54:20まず、入れ替えトリックを使うには、二人の似た人物が必要です。「二人が似ていれば、入れ替えトリックが使える」とも言えるでしょう。だから普通は「作者は入れ替えトリックを使うために二人を似ているという設定にしたのだ」と解釈するはずです。
2013-01-05 23:54:50しかし「これをひっくり返したらどうだろう?」と閃いた作家がいます。つまり「入れ替えトリックが使えるならば、二人は似ている」と言える、と考えたのです。
2013-01-05 23:55:24そう、普通とはまったく逆の発想で、「作者は二人が似ていると強調するために入れ替えトリックを使ったのだ」と読者に解釈させることができるのではないかと考えた。
2013-01-05 23:55:58つまり「二人が似ているならば、入れ替えトリックが使える」と「入れ替えトリックが使えるならば、二人は似ている」が両方正しい状態です。必要十分条件ですね。そのため、これを「必要十分トリック」と名付けます。
2013-01-05 23:56:45例題も必要十分トリックを使っています。入れ替えトリックが可能になるぐらい、二人は似ているということが読解に重要になるのです。
2013-01-05 23:57:13闇の中で変装中の顔を見られたとは言え、昌樹は「絶対に如月だ」と思い込まれるぐらい、如月と似ています。昌樹と凄く似ていて、なおかつ命を賭けて昌樹をかばってくれる如月という人物は、昌樹とどのような関係か。
2013-01-05 23:57:46似ていると言えば、由美をかばった昌樹と、昌樹をかばった如月は行動原理が似ていると言えますね。つまり二人は愛している者をかばうために行動したのです。「親父みたいになりたくない」と言っていたのに父親と同じことをしていたとしたら皮肉ですね。
2013-01-05 23:58:40しかしそれだけではないとしたら。愛する由美をかばった昌樹が、父親と本当に似ているのなら、もしかして昌樹の母親が言っている「自分が人を殺したのであってあの人は悪くない」というのは本当のことではないのか。
2013-01-05 23:59:06父親もまた、愛する妻をかばって捕まったのではないのか。母親が精神を病んだのは、全責任を夫に負わせてしまった自責の念からではないのか。そうしてまた、父親が息子をかばったのが事件の真相なのだとしたら、父親は息子を愛していたということではないか。
2013-01-05 23:59:36三十年後、老眼が入り眼鏡をかけ、無精ヒゲを生やした自分を鏡で見た昌樹は、そこに如月の姿を見るのではないか。そうして自分が憎んでいた父親に、自分は愛されていたと知るのではないか。
2013-01-06 00:00:24そしてその時にもし自分の息子がいるなら、その顔が自分の若い時に似ていると悟った時、如月がどうやって長年顔も合わせていない自分のことを、息子だと気付いたのかがわかるのではないか。
2013-01-06 00:00:51必要十分トリックとは、こういう深読みをさせるためのトリックだと言えるでしょう。当然、深読みして面白い小説でないと使っても意味がないですね。
2013-01-06 00:01:22トリックを使用した主目的が「読者を驚かせることではない」というのがまさしく異端ですが、そもそも読解のヒントを作者がトリックの形で作中に仕込んでおく小説というもの自体、他に類を見ないのではないかと思います。
2013-01-06 00:01:50教程まとめ:叙述トリックについての考え方というのは作家さん次第のようで、「言い落とし」しか認めないという感じの某作家さんもいます。一方、某英米黄金本格の有名作に使われていたダブルミーニングを、高度な叙述トリックとして捉えている方もいます。
2013-01-06 00:02:45しかし、今や新しい作家の色々な工夫とそれによる活躍によって、叙述トリックが言い落としだけでないということは明白ではないかと思い、色々と紹介してみた次第です。
2013-01-06 00:03:00それが、後続の作家の創意工夫の影響で「叙述トリックには言い落としだけでなく色んな種類がある」というパラダイムシフが起こり、「叙述トリック3.0」となりました。しかし実は、今や「叙述トリック4.0」なのではないか?
2013-01-06 00:03:51というのも、叙述トリックとはその名の通り、叙述の、つまりは文章のルールについて考え抜き、それにより発見したルールを悪用する形で発展したはずです。
2013-01-06 00:04:18しかしベースオンファンタジーなら「読者は無意識に冒頭部分をベースにして読み進めているのでは」という発想、有無小説なら「読者は今読んでいるその本がどういうジャンルなのかを、どこで判断しているのか」という発想から作られたものだったでしょう。
2013-01-06 00:05:00つまり今や新しい叙述トリックの発明家は、文章のルールではなく、読書のルールについて考えているのではないか。その観点で「言い落とし」を見ても不都合はないでしょう。
2013-01-06 00:05:35