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ryo @issengorin
鶴ヶ城の桜、実際には明治後期に植えられたもの。おそらく「新種」のソメイヨシノ。江戸時代の城には、基本的に「女々しい花」の桜は植えない。
ryo @issengorin
品種にもよるだろうけど、江戸時代の文芸などでの感覚だと、桜は「女性的な花」「女々しい花」で、武士にはふさわしくないとされていたらしい。たとえば江戸だと、桜は「吉原の象徴」だった。
ryo @issengorin
なので、「武士道の象徴としての桜」は明治時代以降の感覚。特に各地の城址に在郷軍人会が桜を植樹するようになってから、「城・武士=桜」というイメージが定着した。そのような近代的な桜イメージのなれの果てが、特攻兵器「桜花」というわけ。
ryo @issengorin
なお、一休宗純の言葉とされる「花は桜木、人は武士」はそれぞれのジャンルの一番を列挙したものであり、桜と武士を特に結び付けて理解しているわけではないと思われる。近代になってから、両者を結び付けるような解釈が行われるようになったのであろう。
あおやま 아오야마 @Heike_gatari
@issengorin 桜の「散り際の潔さ」を武士に重ねた言葉なのかと思ってたのですが、そういう解釈は明治以降(明治人の思う『武士道』が広まり始めたあたり)ということでしょうか。
ryo @issengorin
@Heike_gatari 私はそのように考えています。少なくとも、中世・近世に「武士=桜」という思想はないはずです。むしろ、桜といえば和歌における定番の題材ですから、「貴族的な花」というイメージの方が強かったのではないでしょうか。
ryo @issengorin
桜イメージの変遷については、『日本の桜、歴史の桜』 (NHKライブラリー)など小川和佑氏の一連の著作や、高木博志さんの「桜とナショナリズム――日清戦争以後のソメイヨシノの植樹」(西川長夫・渡辺公三編 『世紀転換期の国際秩序と国民文化の形成』柏書房、所収)などを参照。
ryo @issengorin
また、佐藤俊樹さんの『桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅』(岩波新書)や、大貫恵美子さんの『ねじ曲げられた桜』(岩波書店)なども、桜観の変遷を考える上では必読。
楢山おろか @oroka0219
たぶん、「花は桜木、人は武士」のうしろに「気概は高山彦九郎」がくっつけられちゃったあたりで解釈が偏向してる…… 武士というか、ひとの理想としては桜ではなく梅だったよね、昔は。桜花は姿がぼってりしてて野暮ったい、なんていうし。
ryo @issengorin
なるほど、サノサ節か。
あおやま 아오야마 @Heike_gatari
@issengorin 確かに、「潔く散る」というのはソメイヨシノはそうなんでしょうけど、それ以前には長持ちする桜もたくさんあったはずですからね。
あおやま 아오야마 @Heike_gatari
@issengorin 「潔く散る(=死ぬ)」ことを賞賛するような(「滅びの美学」などと呼ばれるような)考え方のルーツがどこら辺にあるのか、以前から地味に気になっているもので、桜の話についリプしてしまいました。
ryo @issengorin
@Heike_gatari 「潔く散る」という近代的桜観そのものが、ソメイヨシノという新品種の誕生・普及と密接に関連しています。山桜などの散りにくい品種や、花と葉が同時につく品種を駆逐して、ソメイヨシノが普及したことと、「桜=武士道の花」という観念の成立はパラレルなのです。
ryo @issengorin
@Heike_gatari また、そこで示される「潔く散る」という滅びの美学は、「平家物語」などで描かれる仏教的無常観とは全く異質だと思います。あくまでも「主君(天皇)のために死ぬこと」を美化しているのであり、「無常を悟り信仰の道に至る」仏教的無常観とは相当距離があると思います。
あおやま 아오야마 @Heike_gatari
@issengorin そう、違うはずなんですよね。にもかかわらず、平家物語を「滅びの美学」として読む見方が今でも少なからずあるので(もちろん、作品の解釈は自由だとはいえ)、違和感を覚えてしまいます。
ryo @issengorin
@Heike_gatari そういう「古典文学の読まれ方」の歴史的変遷を追う、というのも面白いテーマだと思いますけどね。「太平記」などはそういう思想史的研究がありますね。
ryo @issengorin
そういえば、「平清盛」の「西行娘キック」回でも、やたらと花の散る桜(セット)が使われていて、「院政期にソメイヨシノかよ!」と思ったことがあったっけ。ああいうのも、スタッフが平安時代を理解していないのでは、という違和感に繋がっていた。てか、西行といえば山桜でしょ。
のぐちよしあき(元 配役宝典の中の人) @noyorin
そういえばこないだのヒストリアでも新島八重のテーマ花は桜ではなく梅だったなとTLを眺めながら。
のぐちよしあき(元 配役宝典の中の人) @noyorin
『八重の桜』では新島家の御勝手から見える花を桜に変更するぐらいはやりそうな気がする。今までの大河的改変ならば・・・
ryo @issengorin
さっきの「桜観の歴史」の補足。高木博志さんの「桜とナショナリズム」は、単著である『近代天皇制と古都』(岩波書店)にも収録されている。本書の主題は京都・奈良の近代史なのだが、「桜とナショナリズム」は引用率が高いせいもあって、関連論考として収録したのだろう。
ののまる @nonomaru116
近世の桜のイメージって「菅原伝授手習鑑」の3つ子を見れば大体わかるわけで、松王丸が実事師、梅王丸が荒事師のやる役であるのに対し、桜丸は和事師(あるいは若衆方もやる女形)のする役。
ののまる @nonomaru116
「花は桜木、人は武士」って諺、仮名手本忠臣蔵には既にあるのか。ただこれそれ以前からある「花はみ吉野、人は武士」の変化っぽい。
ののまる @nonomaru116
多分近世後期以降の人々の桜観に強い影響を与えただろう伝浅野内匠頭辞世だが、『多門伝八郎筆記』以外には登場しない。これ自体偽書という説があり、かつ浮世草子作者”都の錦”の赤穂事件関連の創作に「風さそふ花よりもまた我は猶春の名残を如何にとやせん」とあるのを見るとこれが元ネタのようだw
ut_ken @ut_ken
『多門伝八郎筆記』は十中八九後から大幅な改竄が入っているか、下手すれれば丸ごと偽造ですね。多門伝八郎がまるで講談のごとく活躍していたり、田村家の記録など他の史料や前後の信頼性の高い記録などと矛盾が多かったり @nonomaru116
ののまる @nonomaru116
@ut_ken ああいう実録物ってだいたい「創作」と見るべきなんでしょうね。可哀想なのが大目付の庄田下総守安利で、早い頃の創作では庭先切腹を田村家に抗議していたのに、多門筆記が有名になってからは多門の抗議を却下する悪役になってしまったという……。

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