防御についての備忘録(3)

ペロポネソス戦争を眺めながら、海洋国家の戦略について独り言
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名無し整備兵 @seibihei

いずれも共通点は「戦略的には現状維持か戦争前の秩序への回帰が望ましいため、防勢が基本」「戦術的には敵の脆弱な地点への上陸攻撃が望ましいため、攻撃を行う」という形になる。

2010-08-26 00:26:44
名無し整備兵 @seibihei

もちろん、作戦レベルを間に挟んでもかまわないだろう。その場合、「敵の脆弱な地点への上陸」は作戦的攻勢になり、「上陸してからの行動」は戦術的攻撃または防御のいずれも可能である。

2010-08-26 00:29:37
名無し整備兵 @seibihei

アテネの場合は、シラクサ遠征では「作戦的攻勢・戦術的攻撃」であり、ピュロスの戦いは「作戦的攻勢・戦術的防御」とみなすことができるだろう。ピュロスではスパルタの背後に軍隊を上陸させ、その脅威によってスパルタ軍のアテネ遠征を中断させている

2010-08-26 00:33:26
名無し整備兵 @seibihei

イギリスの場合では、マルバラ公のフランドル作戦やウェリントンの半島戦争が「作戦的攻勢」に当る。彼等はその任務遂行のため、戦術的攻撃と防御の双方を使い分けた。

2010-08-26 00:36:47
名無し整備兵 @seibihei

しかし、このような巧妙な戦略・作戦・戦術の組み合わせを用いたアテネは、最終的には戦争に負けることとなる。どこに問題があったのか。

2010-08-26 00:46:48
名無し整備兵 @seibihei

ケーガンは、「防御主義への妄信」という硬直した態度が、アテネの取りうる手段の幅を狭めたため、としている。戦略的防勢への固執が、決定的作戦の遂行を阻害したということであろう

2010-08-26 00:53:18
名無し整備兵 @seibihei

実際、ピュロスの戦いを見るように、戦果を拡張して決定的成果を挙げるチャンスはあった。ピュロスに限らず、スパルタ周辺で同じような上陸作戦を行い、スパルタ軍をきりきり舞いさせることもできたろう。しかしアテネはもっと遠方への(安全そうな)遠征を選択した。

2010-08-26 00:56:47
名無し整備兵 @seibihei

そうこうしているうちに、スパルタはかつての仇敵ペルシア帝国からの援助を得て、アテネに匹敵はしないとしても、相当の海上戦力を保有できるようになっていた。特に重視するべきはその回復力である。

2010-08-26 00:59:31
名無し整備兵 @seibihei

戦争の終末期には、アテネを盟主とするデロス同盟からは造反者が続出、海軍運用のノウハウはあっても、物質的な戦力は枯渇しかけていた。一方スパルタはキュジコスの海戦で壊滅的な打撃を受けていながら、ペルシアの資金援助で海軍を回復させてしまう。アテネにとって見ればヒドラの首のようなものだ

2010-08-26 01:04:00
名無し整備兵 @seibihei

即ち、アテネは「スパルタ流陸戦」で勝利する事は最初から諦めていたし、最後まで出来はしなかった。しかしスパルタは陸戦で勝つことができ、しかも「アテネ流海戦」で勝利できるようになっていた

2010-08-26 01:06:46
名無し整備兵 @seibihei

ここにおいて「アテネ流の戦争」は不可能になった。その後も強靭な戦争を続けたとはいえ、大勢を覆すには至らなかった。これは「防御主義への妄信」のためだ、とケーガンは言う。付け加えるのであれば、アテネ自身が防御主義であっても、緊要な時期に攻勢に転移できる同盟国があれば、また変わったろう

2010-08-26 01:11:49
名無し整備兵 @seibihei

先ほど述べた「イギリス流の戦争」との比較を思い起こして欲しい。ナポレオン戦争において、「イギリス流の戦争」をもてはやす用兵思想家が持ち上げるのがトラファルガーの海戦である。しかし、欧州の大勢を決したのは、ほぼ同時期の三帝会戦だった。

2010-08-26 01:15:44
名無し整備兵 @seibihei

逆に、ナポレオンを葬り去ったのは、英国が出血を恐れず決定的地上戦に関与したワーテルローの戦いである。海上優勢を利用して好きなときに好きなところを攻撃するのは有利だが、それを決定的な地上戦に持ち込まない限り、戦争の決を与えるには至らない。

2010-08-26 01:18:42
名無し整備兵 @seibihei

もちろん、決定的成果を挙げること無く交渉で平和を回復するのも可能だろう。ただ、それには「決定的成果を強要できるかもしれない戦闘力」を保有していない限り難しくはないだろうか

2010-08-26 01:21:30
名無し整備兵 @seibihei

クラウゼヴィッツは「軍事力を以って脅威を与える事」も「軍事力の使用」に含めた。「位置取りの戦争」からそんなに長く経っていない時代の著作だけに、本人の思想はともかく、重要性は感じていたのだろう

2010-08-26 01:25:17
名無し整備兵 @seibihei

「アテネ流の戦争」と「イギリス流の戦争」を比較してみたが、「防勢戦略であっても、作戦的・戦術的攻撃は可能だし、決定的成果を望むのであれば必要である」というところは、現代でも通じるものがあるだろう

2010-08-26 01:32:53
名無し整備兵 @seibihei

アテネがその海軍を撃滅されるまで抵抗したのは、艦隊がアテネの「重心」だったからであり、通常は地上戦が「決定的成果を収めるための戦闘」であろうというのは、私がぢべたな人だからかもしれない。しかし人間は、通常、陸地に住んでいる。

2010-08-26 01:35:34
名無し整備兵 @seibihei

もしスパルタに敵対したアルゴスがアテネの援助の下執拗な抵抗を続けていたなら、アテネはあるいはオランダ独立戦争でのイギリスの地位を有していたかもしれない。しかし、アルゴスはオランダほどしぶとくはなかった。

2010-08-26 01:42:44
名無し整備兵 @seibihei

大陸において、敵国と直接対峙する事を厭わぬ同盟国を持たない海洋国家は、決定的成果を挙げる機会を見出しにくい。その前例はすでにここにあり、その後ナポレオン戦争やWW2でも繰り返された。

2010-08-26 01:45:56
名無し整備兵 @seibihei

前に述べたように、決定的成果を挙げること無く交渉の平和を求める事も可能だろう。ただし、それはどうしても曖昧な平和になり、一般国民にアピールできるかどうか不安ではある

2010-08-26 01:47:18
名無し整備兵 @seibihei

現在のどこかの国も、「戦略的防勢」を取っている。現状から利益を得ている国なので、防勢なのは当たり前だし望ましい事だ。ただ、「作戦的防勢」「戦術的防御」まで政治的に強制されているところが問題を複雑にする。

2010-08-26 01:50:19
名無し整備兵 @seibihei

もちろん、大陸に同盟国があるならば、それを援助する事で安全保障上かなりの利益が得られるだろう。そのような国があれば、ではあるが。もし無ければ、大きなハンディキャップになるのは避けられまい

2010-08-26 01:55:40
名無し整備兵 @seibihei

取り留めない話になったが、「イギリス(アテネ)流の戦争」、引いては「イギリス(アテネ)流の戦力構成」は、極東のどこかの国でもてはやされているようだが、そのまま当てはまるものではないということは心に留めてほしいなー、と

2010-08-26 02:00:05