- eguchi2013
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@ken_m123 いや、査読者が見つからない論文誌は解散すべきでは。解散しないからデタラメな論文が出回るのでは。論文誌がゼロになれば論文もゼロになるのでデタラメ論分もゼロになる。あとは有志で学問分野をゼロから再構築すべくがんばればいいのでは。極論ですが私はそう思います。
2013-02-13 00:27:43@Sukuitohananika まともな雑誌が解散したら、インドとかのお金払えばどんな論文でも掲載してくれる雑誌が今以上に栄えるでしょう。科学論文の真偽は、厳正な査読で決定されるので、デタラメ論文ばかりになったら、科学が成立しなくなります。
2013-02-13 00:31:22@ken_m123 となると、「科学」ってしょせんそのくらいのものだったのか、ということになるだけのことではと思います。ひょっとしたらサイエンスってこうやってゆるやかに崩壊していくのかもしれませんね。
2013-02-13 00:34:18@Sukuitohananika 理想論では学問はうまく回りませんよ。悪意ある科学者だって多いのです。一部の人に自己犠牲を課して学問が発展するわけではありません。
2013-02-13 00:37:42↓いちおう補足しておきますと私は査読付き国際投稿型英文学術誌編集長をやっており学術誌運営や広報や査読者探しの苦労は知っています。学問には無償で貢献しています。この学術誌がもし回らなくなったら編集長権限で廃刊します。そのうえでの言でございます。
2013-02-13 00:42:34厳正な論文審査をする論文誌が存在するからこそ、学問は公平でありうると思う。もちろん時間をかけて審査してくれた人に報酬払えればよいのだろうけど、学問の世界、そんなにお金はない。
2013-02-13 00:45:29@ken_m123 一部の人に自己犠牲を課するのは私は反対です。自己犠牲を強制する学会なんて維持する必要ないのでは。理想論でどうしても回らない学会をそれでも維持しないといけないとは私は思いません。学会と学問は別存在ですしね。
2013-02-13 00:47:23@Sukuitohananika でも、現に、そういう状態で多くの学問は回っていると思いますよ。特に、応用がない分野ほど資金がなくて、人を雇えないので会員がいろんな雑務をやっている。
2013-02-13 00:52:41@ken_m123 基本、哲学ってサイエンスじゃないし、二千年ものあいだ発展もそんなにしてないからね。すごいとは思わないが、ヤクザだとは思いますよ。・・・ということで日本時間夜中12:50であした仕事なので落ちます。お付き合いありがとうございました。
2013-02-13 00:53:59哲学や数学って学問として認められないほうがいいんじゃないかと思う。学問として認められないと、出世の道具にしようとするエセ学者がいなくなってスッキリしそうな。
2013-02-13 00:59:19@ken_m123 @Sukuitohananika Kenさんに同意。良い意味での厳正な査読システムは必須。そして査読は【自己犠牲】などではなく、科学者としてある程度成功した私たちの義務だと思う。
2013-02-13 02:17:20昨日の論点の一つは次のようにも表現できる:「学会誌の恩恵を受けている者は査読依頼に応じる義務がある」としたら「医療の恩恵を受けている者は臨床試験被験者依頼に応じる義務がある」ことになるか否かそしてその理由。それぞれ無償の場合と有償の場合、そしてボランティアとアウトソーシング。(続
2013-02-13 07:50:10(承前)別の論点:「学会という任意団体にお金を払って入会したら自動的に学会運営のための雑用・事務作業等を引き受ける道義的責任を負う」ことになるか否かそしてその理由。有償と無償の場合、ボスから言われた場合、地位による差、等を加味して考察。
2013-02-13 07:54:40↓学問論としての論点は昨日のような大雑把なやり取りでは深められない。文系理系の差、ディシプリン間の差、サイエンスとそれ以外の学術の差、日本国内と外国の差、英語と日本語の差(サイエンスでは日本語のは原著論文とはみなされない傾向)、学会の業界内機能の差、等を詰めないと議論できず。
2013-02-13 08:07:06↓以上、論点から(1)査読問題、(2)学会雑務問題、(3)学問論的視点、を取り出してみた。他にもあるはず。さらにこれらの論点をツイッターで詰めるのはたぶん無理。
2013-02-13 08:10:00