犬とオオカミの間～手放すことと繋ぐことの話

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 鳥羽ちゃんもさ、あんなに優秀なのにどうしてうちにって思ってたけどさ、色々大変なんだねえ。そうですな、普通の職場で理解を得るのは難しいでしょうな。眠気に抗えない、というのは初めて聞く。２年ほどここに彼女も勤めているが蓮見と休みを交代しつつやっていたのだろう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 普段、蓮見の世話を焼き面倒を見ているのは彼女のほうだと思っていたがそうでもないんですと復帰した時、苦笑していた。意外と助けてもらってるんですよ、と。武闘派なのも、まるで自分の身を守るのに誰にも頼らないっていう意思表示みたいだしね。全く、あの二人は面白いよね。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep いい拾い物だよ。蓮見くんも、鳥羽ちゃんも。本人達に伝えてやったらどうです。いやだよ、どうせ信じてくれないもの。笑いながら、けほ、と後藤は小さく咳き込む。そう言えば、いつもより少し顔色が悪い。上で休まれたら。どたん、と派手な音が頭上で響く。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep …仔犬の負けかな。天井を見上げながら後藤が呟く。おそらくは。うちの狼さんはいつまで強いんだろうね。本当に老害だよ。嬉しそうに後藤は笑う。そうだねえ、いい子守唄が聞こえてくるし、少し休むよ。はい。何かあったら起こしてね。それにしても、鳥羽の帰りが遅い気がする。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep　椥辻春雪との関係は恋人、と言って良いものだったか未だに分からない。年は７つ離れていたし、他に女性もいたはずだ。キスもしたし、抱かれもした。けれどそれは本気で愛されていたのではなく、物珍しさ故にだと思ってた。こちらも気にしてなかった。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 向こうは音大生で、こっちは中学生。犯罪じゃねえか。蓮見に初めて打ち明けた時にそう言われた。でも私も好きなのよ。そう言ったら頭を抱えられた。もっとも、大学に入ったら頭を抱えたのは私だったからおあいこだ。自分の監視役、しかも男と恋人になった馬鹿蓮見。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 多分、仔猫のようなものだったろう。何の疑いもなく主の我儘な愛情を受け止め、傍らで眠る仔猫。飽きられたら、大きくなったら捨てられるかもしれない。でも仕方ない。だから私は何も彼に求めなかった。一時でも温もりを与えてくれたらそれでいい。私は何もしてあげられない。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 音大にいた頃からピアニストとして注目されていたあの人は何でも持っていた。何でも手に入れることができた。与えてもらって、護ってもらってばかりだった。だから彼が急な病で亡くなって、遺産の一部が私に遺されてると聞かされた時も、最初は放棄するつもりだった。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 早く家を出られるでしょう、彼の望みはそれなんですと藤村さんに言われ、受け取った。手続きや、管理は藤村さんに任せてある。私は言われた通りにすればいい。当時高校生で、春雪の父にピアノを習っていた私に、彼の家族も優しかった。たった一人、弟の夏樹を除いて。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ねえ、お姉さんお茶しない。ぽんと肩を叩かれ振り向くと赤毛の長髪の男がへらりと笑っていた。…今、お茶してきたところで。言いながら見覚えのある顔だと思う。あ、思い出してくれた？超ウレシイ。…ケリー、さん？そう、覚えててくれた？ええ、まあ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 言いつつ、その姿にやや呆然とする。白いスーツに豹柄のシャツ。…ホスト？そう、見習いだけど。そこの店。人懐っこい笑顔。きっとお客さんに喜ばれるだろう。ねえ今一人？俺さあお使い頼まれたんだけど付き合ってよ。こんな時間にそんな可愛い格好でいるってことは休みでしょ？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 違うの、仕事を抜けて…いいからデートしようよ、ね？強引に肩を掴まれ、思わず身構えると投げないでねと耳元で囁かれる。ずっと変なのが君を尾行してるよ。心当たり、ある？…ええ。あらま、怖ーい。けらけらと笑いながら、腕をとられた。とにかく、買い物付き合って。ね？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep　じゃあそろそろ僕は学校に。ああ、お疲れさん。サマンサとミシェルに見送られ、エプロンを外し裏口から出ると、肌がざわつく。荒っぽい視線。そ知らぬ顔をしたまま坂道を登り、人気のいない路地まで行くと視線はそのまま殺意に変わった。何だ、素人か。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep こんなに殺意を剥き出しに襲ってくるなんて。腕を掴み投げ飛ばし、逃げ遅れた一人の肩を掴み、地面に叩きつけ、背中を膝で抑える。僕に何の用だ。言えない、と男は首を振る。携帯が鳴ったので、そのまま出る。…蓮見？すまない、今忙しいんだ後にしてくれないか。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 三本勝負でギリギリおまけの一本をもぎ取り、床に転がる。お前は一度教えたことをすぐに忘れる。立石の爺さんは息一つ乱れてない。この化け物のどこが老人だ。世の中おかしい。どれ、茶でも飲むか。はいはい、淹れてくりゃいんでしょ。立ち上がった拍子にこぼれ落ちた携帯が光る。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 留守電のサイン。珍しいな、あいつからなんてと耳に当てると背筋が寒くなるメッセージが入ってた。…どうした、酷い顔色じゃが。後でと爺さんに断り、掛け直す。…蓮見？すまない、今忙しいんだ後にしてくれないか。カフェのウェイターとは思えぬ冷え冷えとした声に苦笑する。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep おっかねえ。こないだ、俺の腕の中で泣いてたくせに。なあ、今何やってるの。この男が、僕に用事があるようだがなかなか教えてくれない。電話の向こうで剃刀みたいに光ってる深緑の瞳を想像するとゾクゾクする。そいつに聞いてくれね？お前を寄越したのって椥辻夏樹だろって。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 沈黙の後、ボソボソとした話し声、後に絶叫。まあ、俺の元恋人ったらベッド以外のところではえげつないことしちゃって。…蓮見？おう。どうやらそのようだがどうする。ん、分かった、そっち行くよ、巻き込んで悪いな。大したことじゃない。さんきゅ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 電話を切ると、立石の爺さんの視線が厳しい。何か揉め事か。いや、俺じゃなくて鳥羽ちゃんが。鳥羽？そういえばまだ戻っておらんな。ねえ、椿さん！階下に向かって叫ぶと、熊みたいな同僚は顔を出した。鳥羽ちゃんに電話してどこにいるか確認してやってくれない？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 出来れば迎えに行ってほしいんだけど。ああ、構わんが。後藤さんは？咳が酷いんでな、休んでもらってる。じゃあさ、後で説明しといて。ちょっと出てくる。簡単で良い、どういうことになっているか説明せんか。ストーカーだよ。俺の言葉に立石の爺さんと、椿は顔を顰める。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 鳥羽ちゃんの昔の恋人の弟がずっと鳥羽ちゃん追いかけ回してるの。海外行ったから諦めたと思ったんだけど。恋人の弟ってその肝心の恋人は何をしてるんだ。…死んだ、５年前だったかな。あいつが武闘派なのはそれもあるんだよ。とにかく行ってくるから何かあったら携帯に連絡して。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ねーリオネル、バイク貸して！お前さんの扱いは悪いから駄目だ。いいじゃん、ちょっとだけ！ビルの入り口で叫ぶ蓮見の声を聞きつつ、椿は電話に向かっている。それにしてもまあ、さっさと仕切って行きおって。…似ていますか。椿の言葉に、思わず苦笑する。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そうだな、似ていた。我らを指揮するあの方に。言うだけ言って、自分が真っ先に飛び込んで行くところまでな。…鳥羽とは繋がったか？首を振る椿の表情も硬い。それにしてもストーカーとは。まあのう、あの娘はなかなかの美人じゃ。執着されるというのも分からんでもないが。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep …蓮見が傍にいるのはそのせいでしょうか。…かもしれんな。男女の友情を否定するつもりはない。互いを労わる形は様々だ。と、事務所の電話が鳴った。慌てて椿が受話器を取る。…ああ、今かけたところだった。無事か。さて、一応病人の耳に入れておいてやろうか。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 無事って、大袈裟な。帰りが遅くなってしまってすいません。…え？迎えに？…はい、お願いします。ええっと…アクアだよ。ケリーが横で言ってくれる。あ、アクアっていう…そうです、地下にある。ええ。ありがとうございます。電話を切ると、はい、と缶コーヒーを渡された。