【竹の子書房】 140字の街角

街の風景やら人などを140字で書いていく。
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つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

桜桃は町で一番古い喫茶店だ。商店街の店主達が、その日の疲れを愚痴と共に吐き出していく。メニューも顔ぶれも十年前から変わらないが、どちらも古びてきた。冬の初め、マスターは風邪をこじらせ、初めて店を休んだ。それっきり桜桃は閉店した。店主達は時折、前を通っては懐かしげに目を細めている。

2010-12-02 21:31:43
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

真夜中に140字の街角投下。『その涙は』 #tknk

2010-12-05 04:45:05
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

駅前にクリスマスツリーが立った。大きくはないが、通る者の足を止めるには充分な輝きだ。一組の母子がやって来た。覚束ない足取りで幼い男の子がツリーに近づいていく。若い母親は古びたコートに身を包み、愛しげに我が子を見守る。誰もが皆、笑顔を見せる中、その母親だけが静かに涙をこぼしていた。

2010-12-05 04:45:19
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

まだ明けきらぬ中、紀昭は煙草をくわえ、ジッポーを取り出した。慣れた手つきで火を点し、深々と煙を吸い込む。片隅に追いやられた喫煙所には始発待ちの乗客が数人。互いの視線を避けながら煙を吐く。息が白い。星がまだ空に残っている。紀昭に判るのは、幼い日に父が教えてくれたオリオン座だけだ。

2010-12-07 03:59:06
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

友達は皆、母親になった。真っ先に結婚した郁恵は一人取り残された。夫は気にしていない様子だ。時折訪れる義母も優しく接してくれる。それら全てが尚更追い詰めてくる。公園のベンチに座り、履かせるあての無い靴下を編む。遊びに来た近所の子供が眩しくて見ていられず、郁恵はそっと目と心を閉じた。

2010-12-10 04:27:29
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

久しぶりに二泊三日の勤務、伸一は二回目の仮眠についた。疲労の泥に埋もれ、半ば失神するように眠る。夢を見た。楽しそうに妻が笑っていた。目を覚ました時、あれほど溜まっていた疲れは何処かに消えていた。結婚して二十年、伸一は今でも妻が大好きだ。時が経てば経つほど好きが蓄積していくからだ。

2010-12-13 00:51:06
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

駅、市場、公園。仁志は平凡な日常を写真にし、毎日、春海に届けた。無菌室には窓が無いのだ。春海は懐かしげに写真を見つめた。限られた時間の間、二人はいつも必死で笑いあった。写真は百枚で終わった。この風景に春海は二度と戻ってこない。それが堪えきれず、仁志は全ての写真を春海の棺に入れた。

2010-12-15 05:08:31
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

140字の街角も今年はこれで最後かな? #tknk 『帰りたい』

2010-12-31 08:02:13
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

早朝にも関わらず、駅は人で溢れていた。殆どがキャリーカートを引いた帰省客だ。その間を縫うように、一人の男が改札に向かう。進路を妨げるカートを煩わし気に睨む。電車が入り、一斉に動いた帰省客から、訛りの強い会話が聞こえた。男はしばらくの間、行先表示に目を細め、ゆっくりと背中を向けた。

2011-01-01 10:59:04
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

140字の街角投下。『足元を見る』確かこれで八十話目。 #tknk

2011-01-04 05:12:25
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

オープンカフェのテーブルに肘をつき、男は行き交う人の群れを眺めている。誰かを待っているわけでもなさそうだ。テーブルの上には空のコーヒーカップと就職情報誌が二冊。主同様にくたびれたコートよりも、黒い革靴の方に男の人生が現れていた。綺麗に磨いてあるのだが、所々色褪せ、擦りきれている。

2011-01-04 05:12:43
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

雪降る深夜に投下。140字の街角。『確認作業』 #tknk

2011-01-17 05:15:41
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

彼の故郷に一度行ってみようと思った。駅に着きホームから辺りを見渡す。何だかちっぽけで寂れた町だ。彼の記憶では、優しい笑顔に溢れた町なのだが。通りを歩いたが、やはり何一つ感じない。思い出というフィルターは良い仕事をするなと笑った。気が済んだ。私の町に帰ろう。やっと彼を忘れられる。

2011-01-17 05:16:09
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

140字の街角投下。『バースディープレゼント』 #tknk

2011-01-17 12:43:23
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

「それでいいの?」誕生日の贈り物は何がいいか思いつかなくて、僕は彼女に訊いたんだ。そしたら、バースディーケーキが欲しいって。指輪や、バッグとかじゃなくて。「あのね。あたし、養護施設で育ったの。みんなまとめて祝うから、自分だけのケーキ貰ったことなくて」僕は一番大きなケーキを買った。

2011-01-17 12:43:33
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

「先生、さようなら」「気をつけて帰るのよ」元気良く手を振る子供達を見送り、吉岡先生は音楽室に向かう。誰もいない教室で、彼女はピアノに向かった。『主よ人の望みの喜びよ』一月十七日はこの曲を弾くことに決めている。弟が大好きだった曲だ。楽譜の代わりに置いた写真の中で、弟が笑っている。

2011-01-17 19:36:22
つくね乱蔵・厭系実話怪談作家 @t_ranzo

路地裏に子供達がいる。皆一列に並び、今から競争だ。「よーいドンッ!」一人の少年の靴が脱げてしまった。仲間の笑い声が遠ざかる中、残ったのは少年ともう一人。少年はその子に「先に行って」と声をかけた。どうやら足が悪いらしく、ゆっくり走って行く。その姿を見届け、少年ものんびり走り出した。

2011-01-20 16:50:31
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