2013年3月12日

都名所図会巻之一

図会の解説 現代語
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なんでも かんでも @kandemo

「都名所図会」に図会が書かれている名所の説明文を訳してみようかと考えている。

2013-02-28 18:08:54
なんでも かんでも @kandemo

都名所図会巻之一 9頁 「上御霊社(かみのごりやうのやしろ) 御霊社記:君(きみ)が代(よ)を 守(まも)らんとてや 九重(ここのえ)に ちかく八所(ところ) 宮(みや)ゐしむらん」 http://t.co/i9jCyBKjIA

2013-03-01 08:05:33
なんでも かんでも @kandemo

「上御霊社(かみごりょうのやしろ)は、平安京の鞍馬口通りの南にある。祭神は、早良(さわら)親王、伊予親王、藤原夫人(ぶにん)、文大夫(ぶんのたいぶ)、橘逸勢、藤原広嗣、吉備大臣(おとど)、火雷神(からいじん)の八所御霊(はっしょごりょう)である。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:12:02
なんでも かんでも @kandemo

「… ○早良親王(さわらしんのう)は、光仁帝(こうにんてい)第二の皇子で、延暦四年九月朝廷を倒そうと謀略を図ったが、それが発覚し、淡路の国に左遷され、淡路の国高瀬に至ったところで息が絶え、薨去(こうきょ)された。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:16:44
なんでも かんでも @kandemo

「… その怨霊が祟(たた)りをなしたので、延暦十九年七月に、崇道(すどう)天皇が追号を宣下された。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:20:16
なんでも かんでも @kandemo

「… ○伊予親王(いよのしんのう)は、桓武天皇の御子である。平城帝の御時、謀叛の心を抱いたために、川原寺で飲食を取らずに終わられた。○藤原夫人(ふじわらのぶにん)は、崇道(すどう)天皇の后(きさき)で、吉子(よしこ)と号する。伊予親王の御母である。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:21:39
なんでも かんでも @kandemo

「… ○文屋宮田丸(ぶんやのみやたまる)は、承和(しょうわ)十年十二月に謀叛を企てたために、伊豆の国に配流され死去する。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:30:02
なんでも かんでも @kandemo

「… ○橘逸勢は、右中弁(うちゅうべん)従四位下(じゅうしいげ)入居(いりい)の子である。嵯峨帝の御時の能書で、本朝三筆の一人である。仁明(にんみょう)帝の御宇、承和(しょうわ)元年七月に謀叛のことがあって、こちらも伊豆の国に流罪され、九月に亡くなった。…」 @kandemo

2013-03-01 08:32:19
なんでも かんでも @kandemo

「… ○藤原広嗣(ひろつぐ)は、藤原宇合(うまかい)の第一子である。太宰府で反乱を起こしたので、大野東人(おおののあずまびと)が宣旨(せんじ)を受けて馳せ向かって戦った。広嗣(ひろつぐ)は敗北して、自ら刀で首を落とした。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:36:23
なんでも かんでも @kandemo

「… その首は、忽ち天に昇り、空中で赤鏡(しゃっきょう)となり、それを見る人は、皆即死した。豊後の国の鏡宮(かがみのみや)や肥前の国の板櫃(いたひつ)明神などは、この霊を祭ったものである。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:37:10
なんでも かんでも @kandemo

「… ○吉備大臣(真備)(きびのおとど(まきび))は、右大臣正二位(しょうにい)である。本朝無双(むそう)の才人で、元正(げんしょう)天皇の遣唐使である。唐で、野馬臺(やばたい)の文を読もうとしたのだが、文の意味が分からなかったので、…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:39:32
なんでも かんでも @kandemo

「… 我が朝の初瀬(はせ)の観世音を心の中で念じた。すると、蜘蛛が下りてきて、糸を引いて教えてくれたので、たやすく読めたということだ。天平五年に帰朝し、光仁帝宝亀六年に薨去(こうきょ)された。享年八十二。…」 RT @kandemo

2013-03-01 08:40:30
なんでも かんでも @kandemo

「… ○火雷神(からいじん)は、北野天満天神である。観音堂の本尊は、聖徳太子の作で、聖観世音(しょうかんぜのん)である。これが、すなわち出雲寺の本尊だという。」 RT @kandemo

2013-03-01 08:41:52
なんでも かんでも @kandemo

↓ 翻刻は、日文研にもあるし、こんなサイト(都名所図会 https://t.co/psFNrL1Iey)も見つけたので、あえて現代語にしてみた。

2013-03-01 08:46:11
なんでも かんでも @kandemo

巻之一 平安城首 https://t.co/Pnaq76hNIk RT @kandemo こんなサイト(都名所図会 https://t.co/psFNrL1Iey …)も見つけたので、

2013-03-01 08:57:34
なんでも かんでも @kandemo

都名所図会巻之一 「中川(なかがわ)は、上御霊(かみごりょう)の前の流れを言う。鴨(かも)川を東(ひがし)川と言い、桂(かつら)川を西川と言う。その間にあるので、中川という名がついた。別名京極(きょうごく)川とも呼ばれる。今の京極通りの寺院筋に川がある。…」

2013-03-02 11:52:51
なんでも かんでも @kandemo

「… 藻塩草(もしおくさ)には、中川は、京極川のことで、御堂(みどう)殿と法成寺との間を流れると書かれている。また、源氏物語には、源氏が忍んで中川の宿に行って、空蝉(うつせみ)と碁(ご)をする話がある。…」 RT @kandemo

2013-03-02 12:05:01
なんでも かんでも @kandemo

「… 続古 此頃(このころ)はながるる水(みづ)をせき入れて木陰(こかげ)すずしき中川(なかかは)の宿(やど) 光俊  新続古 御祓(みそぎ)するわが中川の大ぬさは終(つゐ)によせるやあふせ成らん 寂真法師」 RT @kandemo

2013-03-02 12:07:59
なんでも かんでも @kandemo

「萬年山(まんねんさん)相国承天禅寺(しょうこくしょうてんぜんじ)は、今出川の北にある。五山の第二であって、開基は夢窓国師(むそうこくし)、二世は妙葩(みょうは)、後小松(ごこまつ)院の御宇、明徳(みょうとく)三年、足利三代将軍義満公の建立である。…」 RT @kandemo

2013-03-03 08:30:59
なんでも かんでも @kandemo

「… 仏殿には釈迦仏を安置し、迦葉(かしょう)阿難(あなん)を左右に置き、達磨大元の像を脇壇(わきだん)に安置してある。祖師(そし)堂には、夢窓国師の像がある。後水尾院(ごみずおのいん)の御再建であって、同帝の神牌(しんぱい)を安置してある。…」 RT @kandemo

2013-03-03 08:32:46
なんでも かんでも @kandemo

「… 三重の塔は、大日如来を本尊とし、これも後水尾の院の御再建である。山門を圓通閣(えんつうかく)と言い、池を功徳池(くどくち)と呼び、橋を天界橋(てんかいきょう)と名づけている。庫裏の傍らには、毘沙門天を安置してある。[霊験著しく、いつも参詣者が多い] …」 @kandemo

2013-03-03 08:37:30
なんでも かんでも @kandemo

「… 塔頭(たっちゅう)普光院(ふこういん)の竹林には、黄門(こうもん)定家卿(ていかきょう)の墓がある。[墓前に石燈籠(いしとうろう)が一基ある。その銘には、貞享三年蝋月右中将(うちゅうじょう)為経卿(ためつねきょう)之を建てると書かれている] …」 RT @kandemo

2013-03-03 08:38:27
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