#twnovel

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砂原さばく @sunahara_sabaku

朝目覚めてカーテンを開けるのには、ほんのすこし祈りが含まれている。ガラス越しの世界が終わっていませんように、すべてが呼吸を止めたりしていませんように、太陽がきちんと誰かを温めていますように、なにかが昨日よりもよくなっていますように。0.1秒の祈りが信号となってこの体を巡る。 #twnovel

2018-12-18 00:21:21
砂原さばく @sunahara_sabaku

ふと見上げると月が驚くほど大きくて、薄明るい紺の空に黄金色のバターを溶かしたみたいな球が浮かんでいて、いつもどうしたって平たく見えるし球だと言ったのは僕がそれを球だと知っているからなんだけれど、今日ばかりはフライパンで焼いた厚さ5センチメートルのパンケーキみたいに見えた。 #twnovel

2018-12-14 23:07:04
砂原さばく @sunahara_sabaku

自分の持っている気持ちをばらばらに分解して、そこにあるものを順番に拾い集めたとして、いちばんに手に取りたくなるのはいったいどれなんだろう。「もう会いたくないんだ、」僕が口にしたあわくひそやかな一言で、床の上でこなごなに砕け散った君の心を目の前にして、そんなことを考えた。 #twnovel

2018-12-09 01:09:44
砂原さばく @sunahara_sabaku

たっぷりの牛乳でいれたココアの水面が、ぶ厚いマグカップの中でぐらりと揺れた。ちょうど真ん中から何かが湧き上がるように、波紋がいくつも生まれては小さな茶色の飛沫を飛ばす。手の中のマグカップをなすすべもなく見つめていると、中心から耳の垂れたココア色のうさぎが飛び出してきた。 #twnovel

2018-11-28 23:40:39
砂原さばく @sunahara_sabaku

信号待ちのバスの窓にぺったりとくっついて、子どもが外をじっと見つめている。まだふやふやとした小さな手だけど、輪郭ははっきりとしていて、すべての指にきちんと爪があって、放たれるあたたかな体温が冷えたガラスを曇らせている。こんなに頼りないのに、それでも彼は完璧に生きている。 #twnovel

2018-11-22 16:49:22
砂原さばく @sunahara_sabaku

薄く青い冬が今年もやってくる。ほんのすこし曇ったガラス窓が、ひんやりとした風が霜をつれてきたのを教えてくれる。はだしの爪先が触れた床はひどく冷えていて、今まで布団の中で温まっていた足はそのまま凍りついてしまいそうだ。鳥の声が高く細く響いて、淡い灰色の空を通り抜けていく。 #twnovel

2018-11-15 23:43:03
砂原さばく @sunahara_sabaku

酒瓶に挿したままの花を見つけて、彼女は顔をしかめた。しおれた花こそないが、でもそれだけだ。「花瓶のひとつもないの?」僕の好きなすこし低めの声は、怒っているというよりは悲しそうで、僕はなんとなく横を向く。ごみ箱の中で、今朝切り取った薔薇がくしゃくしゃになっていた。 #twnovel

2018-10-08 23:46:21
砂原さばく @sunahara_sabaku

カーテンの隙間から光が漏れている。真っ暗な部屋の中に細い道みたいに入り込んだ光は、ぞろぞろと行列をなして天井まで続き、……天井まで?僕は素早く瞬いた。いつも目覚める時間なら、せいぜい机のあたりまでしか届かないはずだ。飛び起きてカーテンを開けると、そこに星がいた。 #twnovel

2018-09-30 00:43:00
砂原さばく @sunahara_sabaku

放課後の運動場を見るのは、いつの間にか嫌いになってしまった。あちこちを駆け巡るかけ声や足音が閉め切られた図書室の窓から滑り込んできて、ページをめくる音と紙の上を黒鉛が滑る音と静かな咳払いに、混ざりあえずにうろうろしている。それを見ている自分も、情けなくて嫌いだ。 #twnovel

2018-09-17 01:58:42
砂原さばく @sunahara_sabaku

行ったことのない駅を待ち合わせ場所にするのはなかなかスリリングだ。道に迷いやすい僕はこんな時、わざと早すぎる時間に着いてコーヒーの飲める店と本屋を探すことにしている。地図も見ずに路地の奥に入り込むと、古い自動ドアががたがたと音を立てて開いた。今日もどうやら当たりらしい。 #twnovel

2018-09-06 16:39:36
砂原さばく @sunahara_sabaku

ここ最近はこの町もすっかり様子が変わってしまって、ただ彼らだけがずっと同じにいた。晴れた日は洗濯をし、雨の日は部屋でコーヒーをいれて、決まった時間に食事をとるほかは黙って働き、日曜日にはかならず休んでいる彼らだけが。彼らはたぶん、この町の時計のようなものなのだ。 #twnovel

2018-09-01 23:13:50
砂原さばく @sunahara_sabaku

彼が今ここにいてくれたらどんなにかいいだろう、と考えることがある。顔を洗うにはすこし決意のいる水の冷たさ、豆と入れすぎたふりをしたベーコンたっぷりのスープ、晴れた日に干した毛布のにおい、明け方に地面を叩いている雨のささやかな音。彼は同じものを知っているだろうか。 #twnovel

2018-06-27 00:49:06
砂原さばく @sunahara_sabaku

ひょっとしてこれが最後かもしれないと思いながら、家の鍵をかける。僕は今日急に倒れるかも、車にぶつかるかも、混雑した帰りのホームで誰にも知られぬまま落ちるかも、どれも決して起こらないことではない。ただ、この妄想でいつもいちばんリアルなのは、帰ったら君がもういないかも、だ。 #twnovel

2018-05-24 00:44:49
砂原さばく @sunahara_sabaku

春のうすぐもりの日、霧雨の上がった午後のまぶしさが窓から入ってくる。黄色だったり、青かったり、透明だったりする緑があちこちに揺れていて、これからやってくる日差しをほのかに期待する。遠い雲の切れ間が、足もとの水たまりに映っていた。高い空がビルの隙間で待っていた。 #twnovel

2018-04-18 14:24:20
砂原さばく @sunahara_sabaku

音もなくブルーの光はやってきて、窓際の床に座り込んでちかちかと点滅した。僕に見てほしくて光っているのか、僕を見たくて光っているのか、よくわからなかった。ブルーの光を視界の端にとらえたまま、僕はベッドから動けずにいた。そのうち閉じたまぶたの裏で、淡くなったブルーが踊る。 #twnovel

2018-03-15 14:50:48
砂原さばく @sunahara_sabaku

こんな僕だからいいのだと君は笑う。その顔はとろりとした蜜のように甘やかで、きっと誰でも虜にする。その頬に毒を塗って、君に触れるものをみんな殺して、最後に毒を塗った指で君の唇に触れてふたりで死んでしまいたいと、溶けた脳が口からこぼれそうになる。 #君・蜜・毒で文を作ると好みがわかる

2017-11-21 00:54:12
砂原さばく @sunahara_sabaku

それは途方もなく難しいことのように聞こえた。僕はすっかり困惑して、彼女にもう一度「ほんとうに?」と聞くことになった。「ほんとうに、」彼女はまっすぐに僕を見る。「ほんとうにやるの。あなたと、私で」その声で何かを言う時、彼女は絶対に曲がらないことを、僕は知っていた。 #twnovel

2016-12-02 11:43:46
砂原さばく @sunahara_sabaku

「じゃあ、今から旅に出よう、」彼はそう言って立ち上がった。「それは、急すぎるよ」僕は彼を見上げ、食べかけのパンをテーブルに置いた。彼はシチューの皿をキッチンに運びながら、スプーンを振り回す。「いいじゃないか、楽しいことは早く来るほうがいい、」僕はため息をついた。 #twnobel

2016-11-17 18:15:10
砂原さばく @sunahara_sabaku

人生が何回かあったら、そのうち一回は僕の駄目さを肯定してくれる誰かの、その駄目さを僕が肯定したい。そうして底の見えない駄目さに沈んで、溺れていることに気付かないで、あるいは気付かないふりをして、夏休みだけを何度も繰り返したい。致死量の眠りにふたりでくるまりたい。 #twnovel

2016-10-22 01:31:50
砂原さばく @sunahara_sabaku

考えがまとまらないこの感じは、あれに似ている。灰色の空は、ここのところずっと気持ちを決めきらない様子で、雨を降らせたり急にやめたり、低く落ちてくるかと思えば手の届かない天井を作ってみたりしている。「悩んだって無駄だよ、」誰かの言葉がよぎる。「君の場合は特にね」。 #twnovel

2016-08-21 21:59:53
砂原さばく @sunahara_sabaku

ジャムの瓶、マスタードの瓶、もらい物の塩の瓶、キッチンにある瓶をかき集めては、鞄に入れて家を出る。昨日見た、疲れ果てて家路を急ぐ誰かが蹴飛ばしたかけら。たぶんあれは、あの時壊れた君の一部分だった。探して瓶に閉じ込めて、全部揃ったらあの君がきっと戻って来るだろう。 #twnovel

2016-07-30 00:18:44
砂原さばく @sunahara_sabaku

「また、きみはこんな時間まで寝て、」そうして彼はあなたの髪をぐしゃぐしゃにする。あなたは寝起きのぼやけた脳で、とりあえず「ごめん」と言う。いつものように。「こんなに長く寝るつもりは、わたしにだって、」呟くあなたの目を、彼の目がとらえる、その瞬間があなたは苦手だ。 #twnovel

2016-05-04 11:42:13
砂原さばく @sunahara_sabaku

「きみはポラリスだよ、」僕にとってはね。そう言って彼は小さく笑った。私はいつ通ってきたかもわからなくなってしまったほど遠い遠い昔に通り抜けた、短い短い少年時代をまだ永遠だと信じている彼の、その真っすぐな目がひどく痛くて、私は目を伏せて、それはよくない、と言った。 #twnovel

2016-03-12 00:44:20
砂原さばく @sunahara_sabaku

迷子の迷子の子猫ちゃん、あなたのおうちはどこですか?教えてくれたのは苗字だけ。名前を聞いても、家を聞いても、彼女は犬歯を見せてはぐらかすばかり。「もう遅いし、送っていきますよ。家、どこですか」「ばかねぇ、あなた、聞き方が下手なのよ」鼻で笑った。白銀の髭が揺れる。 #twnovel

2016-02-16 22:14:12
砂原さばく @sunahara_sabaku

レースのハンカチを真珠の髪飾りで君の頭に留めて、薄い小さい左手を取る。電気を消した部屋の窓から、銀色の月と金色の星が連れ立って忍び込んでくる。目を伏せた君はほほえんでいて、赤らんだ頬は透明ななにかですこし光っていた。薬指の見えない指輪を、青白い夜が照らしている。 #twnovel

2016-02-15 23:47:16
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