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90分で学ぶアートの歴史 第二回「日本現代美術史」 中ザワヒデキ(美術家) 各論

美学校アニュアル・リポート2011(2011年4月1日 - 4月24日)内でおこなわれたレクチャー「90分で学ぶアートの歴史」において、中ザワヒデキが担当した「日本現代美術史」の記録動画から実況を行った。非公式。
アート 中ザワヒデキ 現代美術史日本篇 美学校
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実況をしたツイートが多いため、総論・各論でtogetterへのまとめを分けた。

■総論はこちら
http://togetter.com/li/500864 

■記録動画
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=3WZqbbYPuW4 

■美学校アニュアル・リポート 2011
http://bigakkobar.jp/record/Lecture/lecture.html

■詳細
http://nakazawahideki.archive661.com/20111230_02/

みそむーおでん @misoni_2013
【再開】先日の続きから復習・実況を始めたいと思います。  →『美学校アニュアル・リポート2011 ~90分で学ぶアートの歴史 第二回 「日本現代美術史 中ザワヒデキ(美術家)』
みそむーおでん @misoni_2013
途中で寝落ちするかもしれません
みそむーおでん @misoni_2013
(ここから実況開始) 第1章シュルレアリズムと多様性。 各論以降が実はこの講義についての準備がされていなく、少項目だけパワポ準備。
みそむーおでん @misoni_2013
美術家にも戦争責任があったということで有名なのが藤田嗣治のレッテル貼りと追放で、また戦前の続きで二科会や文展が敗戦後復活・再興するなど。
みそむーおでん @misoni_2013
ベネティアビエンナーレに参加することになるが、日本の現状が世界の現状と違うことが露呈し大問題となった。そこから日本の美術がどういう道をたどるか試行錯誤が始まる。
みそむーおでん @misoni_2013
重い手(鶴岡政男)という作品。 シュルレアリズムは戦時下弾圧されていたがむしろそれが敗戦後の日本を表していた。 そこから真のリアリズムとは何かという論争が始まり、その時から活動を始めたのが岡本太郎であった。
みそむーおでん @misoni_2013
リアリズム論争を受けルポルタージュ絵画(一種のリアリズム)が出て、河原温の密室の絵画など閉塞感を表す美術が出てくる。また戦前から活動していた瀧口修造が活動再開、実験工房という団体が出てきて、これは後のマルチメディアへ繋がり、シュルレアリズムよりむしろ抽象美術に近い。多様な戦後美術
みそむーおでん @misoni_2013
再び第1章の図版を見ています。
みそむーおでん @misoni_2013
(実況者コメント)図版解説は動画見てください。だいたい54:33から。   http://t.co/xp1hk1ibtI
みそむーおでん @misoni_2013
第2章 前衛 具体、九州派、アンフォルメル。 具体美術協会が芦屋に54年にでき非常に前衛的活動をし、吉原治良が統括者。彼は藤田嗣治の教えである「一切真似はいけないよ」=今までに無かった絵を描けと、自らにまた具体のメンバーへ強いた(主義とした 
みそむーおでん @misoni_2013
これは循環史観で言えば生の部分。何もないところから作り出せというテーゼであるから。因みに反芸術はレディ・メイドを手段として今までに合ったものに付け加えるな、ということで主義主張的に具体と全く逆。
みそむーおでん @misoni_2013
九州派も急にでてきた。1956年結成の作品もほとんど残っていない前衛色の濃い過激なグループ
みそむーおでん @misoni_2013
一般論としての地方性について。 前衛は過激なものであるが、東京よりむしろ地方のほうが活発で、具体は大阪の芦屋、九州派は九州福岡で、さらに九州派に反旗を翻した過激な「集団蜘蛛」があり、これは集団でありながら一人で、九州の山の中で活動をした。
みそむーおでん @misoni_2013
地方=前衛はロシアバンギャルドでもそうであった。
みそむーおでん @misoni_2013
具体に遅れ、東京で海外のアンフォルメルという抽象表現主義動向が紹介され、それに日本の美術家が一斉に追随を始めた。 多様性にもとにあった絵画が一斉にアンフォルメル化した。 アンフォルメルはアン・フォルムなので形がない、つまり色だけで絵具を塗りたくったもの
みそむーおでん @misoni_2013
具体美術協会の活動を1957年までとしているのは、具体美術家もアンフォルメルに取り込まれそれ以降、一翼を担うことになるからだ。 これは海外追随として非常に否定的に語られ、針生一郎、千葉茂夫、椹木野衣の著書でもアンフォルメル旋風は苦々しく語られる。
みそむーおでん @misoni_2013
一方、私は別のことが語れると思う。 つまりアンフォルメル旋風のおかげで、これでやっと絵がかける、と。 ルポルタージュ絵画の政治性などと考えないで描くことができて、物質と戯れられるぞ、と。またアマチュアでも描けるぞ、と。
みそむーおでん @misoni_2013
表現主義の時代=前衛の時代の特徴として、アマチュアでもかける、若い表現者が一挙に入ってくるというのがあり、世代交代という側面もある。
みそむーおでん @misoni_2013
アンフォルメルは西洋追随だが、追随ではないという立場もある。 日本には書道があり、この表現に繋がってるんだという理論立てもあり、アンフォルメル=東洋と語られることもあった。
みそむーおでん @misoni_2013
(実況者コメント)図版解説は動画をみてください。
みそむーおでん @misoni_2013
第3章 反芸術 ネオダダとハイレッド・センター  ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズという活動が1960年に篠原有司男たちが始めた。 彼らが出していたのが読売アンデパンダン展。
みそむーおでん @misoni_2013
読売アンデパンダン展には芸術の体裁をなしてないものがどんどん出されていった。 これはアンフォルメルの時に生まれた若い表現者がそのままでなく、反芸術として出し始めた。物質の描き殴りでなくむしろゴミをだしていいんじゃないか、事でもいいんじゃないかと作品らしくないものが出てきた。
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