手紙

友人であるFomalhaut1のお祖父さんの話を、代理でまとめました。 お嫁さん(Fomalhaut1のお祖母さん)の他界を機に見つかった、1通の古い手紙。 家族の誰もがその存在を知らなかった、古ぼけた手紙から始まる、半世紀前の2人の青年と、現代の家族の話。
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想い


WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「予定通り訓練は続いた、落下傘での降下訓練は厳しかった。」 祖父は何処と無く遠くを見ながら語っているかの様だった。 「脚を折る者などしょっちゅうじゃ、落下傘が開かず、訓練で死んだ奴も何人も見た。わしらにも出撃の時が迫っていた。」 そこで、祖父は少し間を置いた。 #古い手紙

2013-04-24 18:41:34
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「じゃがなぁ...ついにその時は来なかったんじゃ...わしらが出撃する前に戦争は終わったんじゃ。 ははは、と、祖父は乾いた笑い声をあげた。 「それで、何とか生きて帰って来た。その手紙を懐に入れて、婆さんを連れてな!それなりに大変じゃったがな。」 #古い手紙

2013-04-24 18:50:44
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

祖父は懐かしむ様に笑っている。 先日亡くなった祖母は、祖父が宮崎で多大にお世話になったという農家の娘だった。 終戦を迎え、手紙を懐に、祖母の手を引いて郷に帰って来た。 あらゆる物が失われた時代、多大な苦労があった事だろう。 #古い手紙

2013-04-24 19:01:42
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「お母様へ」 力強く大きな文字、古い手紙はそう始まっていた。 そこには、時に大きく力強く、時にか細く繊細な筆使いで、切々と「想い」が綴ってあった。 #古い手紙

2013-04-24 19:07:17
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

その「想い」は六十年もの間、ずっと眠っていたものだった。 最初は自分を産み育ててくれた両親に対する感謝の気持ち。 そして、明日出撃する事、帰る事は無いだろう事、これ迄の経緯、祖父母が元気であるかを心配し、弟には勉強して立派な大人になる様願っていた。 #古い手紙

2013-04-24 19:19:19
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

行間には追伸として、これ迄印象に残った出来事や、思い出が小さく散りばめられていた。 それは、とても、綺麗で、まるで一枚の絵の様に見えた。 #古い手紙

2013-04-24 19:23:18
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

古い手紙を読み終えた兄弟達は、丁寧に半紙を折り畳み元の封筒に戻した。 「ところで、親父、なんでこれはここにあるんだ?」 当然の疑問であった。 「えらいものが出てきたな。」 叔父達が口々に言った。 「そうよ、これは直ぐに送るべきだったものよ?」 と、母も祖父に詰め寄る。 #古い手紙

2013-04-25 21:26:01
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

それを見ていた祖父の顔は複雑に歪んでいた。 思い出話しの時の笑顔は消し飛んでいた。 「わしもそう思って、何度も送ろうとしたんじゃ、何度も、しかし、出来んじゃった。」 祖父は少し口ごもる様に言った。 #古い手紙

2013-04-25 21:32:29
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「親父、手紙一つ送るくらい...」 と、言いかけた叔父の言葉を遮る様に祖父は続けた。 「ヤツはあの日、出撃して帰っては来なかった。わしだけが生きて帰って来たんじゃ...わしだけが...生きて...」 その言葉を聞いていた者は皆、言葉を失った。 押し黙るしかなかった。 #古い手紙

2013-04-25 21:39:39
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

その古い手紙には、それを綴った本人のみならず、手紙を託された祖父の想いも折り込まれていたのだった。 我々には到底理解出来ない。 「想い」が。 その古い手紙には折り込まれていたのだった。 #古い手紙

2013-04-25 21:44:08

不立文字 万劫末代


WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

祖母が亡くなって数週間が過ぎた。 祖父は何時もの様にソファに腰掛け酒の入ったグラスを持っていた。 このグラスの中身は酒といっても焼酎であり「薩摩白波」であった。 祖父はこの焼酎がお気に入りだった。 それを飲む時の口癖は、決まって「白波に帰って来る!」だった。 #古い手紙

2013-04-25 21:52:45
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

まだ寒い季節であり、祖父の前にはストーブが置いてあった。 ストーブの上のヤカンは、ゆっくりと湯気を吐き出している。 そんなある日、祖父宛に一通の手紙が届いた。 真新しい封筒に入った、白い便箋。 #古い手紙

2013-04-25 21:57:51
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

それは祖父への感謝の手紙であったー 「ヤツはあの日、出撃して帰っては来なかった。わしだけが生きて帰って来たんじゃ...わしだけが...生きて...」 しばしの沈黙の後。 長男が、ふぅと一息付いた。 そして。 #古い手紙

2013-05-13 21:14:37
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「電話帳を用意しろ。手紙にある住所と弟さんの名前で御遺族を探し出せ!弟さんが御健在であれば恐らくは同じ住所にお住まいのはずだ!そうで無くても、近い住所の近隣の方に電話しろ!事情を説明すれば協力頂けるはずだ!この手紙をなんとしても送られるべき所に送り届けろ!」 #古い手紙

2013-05-13 21:21:10
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「兄ちゃん?」 と母が言うと同時に末弟が立ち上がっていた。 「やろう!兄貴!」 ー ー 「この度は兄の手紙をお送り頂き、誠にありがとうございました。」 新しい手紙は繊細で綺麗な文字で綴られていた。 #古い手紙

2013-05-13 21:28:59
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

帰って来なかった兄。 何の情報も得られぬまま。 ただ、死んだのだと言う事だけが分かっていた事。 その時の家族の心境。 これまで兄の事を思い続けた事。 せめて、手掛かりでも欲しかった事。 祖父が送った手紙でようやく兄の最期が分かった事。 #古い手紙

2013-05-13 21:35:38
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

それがどれほど嬉しかったかなどの想いが切々と綴られていた。 また、兄が帰って来なかった時からの家族の移り変わりや、近況といった事まで綴られていた。 そして、最後に。 #古い手紙

2013-05-13 21:40:55
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

祖父に対し。 貴方が生きて帰った事を大変嬉しく思う事。 兄と仲良くしてくれた事、兄の最期を見届けてくれた事への感謝。 といった事が綴られ。 「これからも末長くお元気でお過ごし下さい。」 と、締め括られていた。 #古い手紙

2013-05-13 21:51:07
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

祖父は手紙を持って、何度も何度も頷いていた。 何度も何度も。 「よかった...よかった...」 と、呟きながら。 何度も何度も。 何度も何度も頷いていた。 #古い手紙

2013-05-13 21:57:36
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

@Fomalhaut1: そして、ぽつりと。 「わしは...もっと早く...あの手紙を送るべきじゃった...」 と、絞り出すかの様に呟いた。 「手紙」・了 #古い手紙

2013-05-14 12:07:42
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

@Fomalhaut1: 「手紙」 このツイートを亡き祖父とその戦友。 手紙に関係した全ての人。 このツイートを読んだ全ての人々。 そして 日本の未来に捧ぐ。 Fomalhaut1 #古い手紙

2013-05-14 12:08:37

帝国陸軍人として、満州やビルマと、各地を転戦したFomalhaut1のお祖父さん。
死地をくぐり抜け、最後に行き着いたのは、陸軍落下傘部隊。
現在の宮崎県児湯郡川南町付近を拠点としていた、
所謂、挺進連隊でした。
折しも終戦間際。寄せ集めの新設部隊だったそうです。

現代我々が生きていると言う事は、半世紀前の彼らが生きて帰ってくれたからこそ。
それでもなお自分だけが生き残った事を悔い、詫びる様は、どれほど想像を絶する体験をしたかを物語っている。
半世紀もの時間、戦友から預かった手紙を、思い起こす度に、幾度もの葛藤があった事でしょう。

終戦前後の挺進連隊についてお詳しい方が居らっしゃいましたら、Fomalhaut1まで是非ご連絡下さい。