手紙

友人であるFomalhaut1のお祖父さんの話を、代理でまとめました。 お嫁さん(Fomalhaut1のお祖母さん)の他界を機に見つかった、1通の古い手紙。 家族の誰もがその存在を知らなかった、古ぼけた手紙から始まる、半世紀前の2人の青年と、現代の家族の話。
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古い手紙


WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「手紙」 祖母が亡くなって数日が過ぎた。 その家は何時になく賑わっていた。 ここは私の母の実家であり、週末にはよく訪れた見慣れた家だった。 今日は祖母の遺品整理の為、親族が集まったのだ。 箪笥や書棚からことごとく物が引き出されていた。 #古い手紙

2013-04-19 21:55:14
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

祖父は時折 「それは要る」 「それは要らない」 といった具合に呼ばれた所で仕分けを指示していた。 片手に酒の入ったグラス、厳めしい顔、何時もとなんら変わりない様子で息子達に指示を出している。 息子達は上から長男、長女、末弟の三人だ。 #古い手紙

2013-04-19 22:01:42
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

私の母は兄弟では真ん中の長女になる。 長男と末弟は私の叔父にあたる。 「仏壇も整理しようか?」 と、母 叔父達もやるべきだと頷いた。 古い家なので、仏壇を置く場所の下に小さな襖があり、物入れになっていた。 #古い手紙

2013-04-19 22:09:00
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

兄弟達はその襖を開け、中から次々に物を取り出して行く。 線香、蝋燭、祖父の軍属時代の勲章、菊の紋の入った金の盃、様々だ。 それらの更に奥に、それはあった。 「なんだこれは?」 「やけに古いなー」 「おい、親父、こりゃなんだ?」 兄弟達が口々に祖父に聞く。 #古い手紙

2013-04-19 22:15:32
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

それは酷く古い、「手紙」だった。 茶色い封筒に入れられた、薄っぺらな「手紙」。 封筒は僅かに汚れ、所々染みがついている。 「親父!手紙だなー?他のとは違う」 叔父の一人が祖父に言う。 確かに他にも手紙や葉書はあった。 しかし、他のものより明らかにその手紙は古い。 #古い手紙

2013-04-19 22:25:03
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

祖父はその声に、その手紙を見にやって来た。 古い...手紙。 祖父はそれを見るなり、厳めしい顔が さらに厳しくなっていった。 それを見た兄弟達は、読んでみようという話になり、封筒から中の半紙を引き出していた。 茶色に変色した半紙が過ぎた年月を語る。 #古い手紙

2013-04-19 22:32:50
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

「その手紙はなぁ...」 祖父はゆっくりと語り始めた...ー #古い手紙

2013-04-19 22:35:09

昭和20年 夏の宮崎県


WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

ー 宮崎の夏は暑い。 日々の訓練も熾烈を極めていた。 ここに配属になるまで転々と戦地を回された。 そして、ついにここ、宮崎の落下傘部隊に配属になった。 落下傘部隊といえば、敵陣のど真中に降下して撹乱作戦を行う精鋭部隊だ。 要は特攻隊、帰る者は無いに等しい。 #古い手紙

2013-04-19 22:42:18
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

そして、先日、遂に出撃命令が下された。 その時は正直終わりだな、と思った。 しかし、隊長が上に直談判したのだった。 「我が部隊は当基地の落下傘部隊の中でもまだまだ若く未熟!このままでは御国の為!十分な働きが期待出来ません!よって!出撃の延期を提言致す次第であります!」 #古い手紙

2013-04-19 22:50:52
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

この提言が通り、新設部隊である自分の隊は出撃延期となった。 そして、ある朝の事... #古い手紙

2013-04-19 22:55:15
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

誰かが叫ぶ声がする。 朝っぱらから何を叫んでいるのか。 やかましい。 その誰かは、自分の苗字を叫んでいる。 隊では苗字で呼び合うのが普通である。 まだ夢現に、その声の主を思い出した。 はっ!となった、それはこの隊に来て直ぐに仲良くなった男だった。 #古い手紙

2013-04-19 23:04:15
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

歳が近い事もあり、その男とは直ぐに仲良くなった。 軍隊と言っても、自由時間は普通の青年と変わらない。 共に飲み、共に騒ぎ、共に悪さもした。 肩を叩き合った仲だった。 しかし、今朝は様子が違う。 ひたすらに、必死に、自分を呼んでいる。 #古い手紙

2013-04-19 23:10:53
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

自分の部屋は二階だ。 は兵舎の外から呼びかけていた。 そうだ。 今日こそが。 出撃の日であった。 布団から跳び起きた。 だが、しかし、窓の辺りまで行って、しゃがみこんでしまった。 下の彼からは見えない位置。 そして、自分は... #古い手紙

2013-04-19 23:19:21
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

耳を塞いだ。 とにかく、の声が聞こえ無い様に! 必死に呼びかけるの声が! 聞こえない様に! 窓の下にしゃがみ込み、必死に耳を! 塞いだ! それでも、彼の声は聞こえた。 自分を呼び続けていた。 叫び続けていた。 #古い手紙

2013-04-19 23:24:01
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

涙が溢れていた。 どうしようも無かった。 それでも、の顔を見る事が出来ないのだ... 今日 死に 逝く 彼の 顔を そんな自分が情け無かった。 情け無くて情け無くてどうしようもなかった。 それでも! の顔を見る事が出来なかった! 涙が...止めど無く溢れた... #古い手紙

2013-04-19 23:31:31
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

彼は叫び続けていた。 呼び続けていた。 自分は耳を塞ぎ続けていた。 恐ろしく長い時間に思えた。 ふと、は叫ぶのをやめた。 そして... 「友よ!お前は今日生き残る事が出来る!友よ!最期に顔を見たかった!しかし!友よ!出撃の時が来た!俺の最期の願いを聞いて欲しい!」 #古い手紙

2013-04-19 23:38:25
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

涙が止まらなかった。 しかし、どうしても、の顔を見る事が出来なかった。 は続けた... 「お前は今日生き残る!頼みはお前しか居ない!どうか生き残って!この手紙を!我が家族に届けて欲しい!お前は生き延びてくれ!頼む!死なないでくれ!」 #古い手紙

2013-04-19 23:46:39
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

塞いでいるはずの耳に、の声は突き刺さる様に届いていた。 「友よ!おまえは顔を見せてはくれないのだな。最期にひと目見たかった。」 それでも自分は立ち上がり、を見送る事が出来なかった。 死に逝く彼の顔を見るのが恐ろしかった。 「友よ!手紙を頼む!」 #古い手紙

2013-04-22 01:23:03
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

それを最期に彼の声はしなくなった。 蝉の声。 自分は耳を塞ぎ続けていた。 窓の下に座り込んでいた。 どれ程か、時間がたった。 立ち上がり、窓の外を覗いた。 外の地面の上には封筒が置かれていた。 #古い手紙

2013-04-22 02:06:38
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

下に降りて行き、封筒を拾った。 封筒の表には何も書かれていない。 裏には彼の名前と、これが届けられるべき住所が小さく書かれていた。 彼の顔を見る事が出来なかった。 だが、はっきりと、彼の顔はこの目に焼き付いている。 短い間だったが、共に過ごした戦友の顔。 #古い手紙

2013-04-22 01:41:47
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

一生忘れる事は無いだろう。 生き残る事が出来れば、こらからまだ数十年という人生があるだろう。 だが、忘れる事など出来ないだろう。 航空機の轟音が聞こえて来た。 出撃の準備は着々と進められている。 彼等はこれから御国の為に戦場に向かうのだ。 #古い手紙

2013-04-22 01:49:48
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

次は自分の番だ、このまま訓練を続け、隊全体の技術が認められれば出撃となる。 この手紙も届ける事が出来るかどうか。 その時は誰かに託さなければならない。 このままでは生きてこの手紙を届けて欲しいという彼の願いを、叶える事が出来ないだろう。 #古い手紙

2013-04-22 01:57:18
WataruSirius(雅号 濡鴉) @Fomalhaut1

次々と航空機が離陸して行く。 自分は遠くから見送る事にした。 宮崎の夏は暑い。 ー #古い手紙

2013-04-22 02:11:47