第四話:寝言 第五話:隣人 第六話:林檎
- C_N_nyanko
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授業中。君とは選択科目が違うから、僕は知らないやつと並んで教授の話に耳を傾ける。 その、知らないやつの頭がぐらりと傾いた。 どうやら居眠りしているらしい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:36:04起きようが寝ようがそいつの勝手だ。僕は黙々とノートを取る。ただ、視界のはしにちらつくそいつの頭はうっとおしかった。 まったく、なんて不謹慎なやつ。出席とって、大方それで満足なんだろう。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 10:50:56ため息をこぼした、その時。 「そんなことないさ」 そいつは小さな声で、しかしはっきり言った。 寝言だ。なおのことたちが悪い。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 10:52:14「たちが悪いだって? ふん、悪かったな。こちとら夜っぴいて働いてんだ。何も知らないくせに、偉そうに上からもの言いやがって」 そいつは神経質に苛立った声で、僕の考えにピッタリ寄り添って答えた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:03:10ばかな。こいつ、僕の考えが読めるのか。驚く僕に、そいつはなおも言い募る。 「ばかななんて、人の気も知らずに説教垂れるお前の方がよっぽど大馬鹿さ。この野郎」 その言い草に。 僕はつい、カッとなった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:10:36遅くまで働きゃ偉いのか? ここは大学だ、少なくともお前の昼寝場所じゃない。 板書取らずに出席点だけ稼ぎやがって。 だいたいさっきからお前の頭が揺れて目障りなんだ。 分かったらとっとと起きやがれ! http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:14:00腹の中で怒鳴ると、そいつは顔をしかめて小さく呻いた。ちょうど、目を覚ますかのように。そしてむくりと頭をもたげて、目をこすりながら瞬きをした。ふと僕の方を見て、小さく頭を下げた。 寝言は忘れたらしかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:16:26そんなことが今朝あったもんだから、寝ているやつは徹底的に無視することにした。 関わったってなんの得もないし、第一考えを読まれるなんてもうまっぴらだ。本当に嫌な気分なんだよ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:22:12だから君、次の授業は寝てくれるなよ。 今度カッとなったら、僕は、ただ怒鳴るだけじゃ済まない気がしてるんだから。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 11:23:25僕はいま一人暮らしをしている。十階の一号室で、見晴らしはいいんだけど、隣人がやかましくてね。左の部屋から、壁を叩く音が聞こえてくるんだよ。 怒鳴っても止まない。 何を言っても無駄だから、ひたすら我慢さ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 14:46:43けどさ、この前ふと気づいたんだ。アパートの部屋は普通、左から右に数が増えるだろ。 僕の部屋は一号室で、つまり左には誰もいない、どころか、何もないんだ。気付いた時、ひどくゾッとしたね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 14:50:25隣人はいまでも壁を叩く。心なしか、少しずつ叩く位置がベランダの方に近づいてきている気がする。 僕は息を潜めて待ってるんだ。 そんな、ちょっとした話。 もしかしたら明日にでも、対面出来るかもしれないよ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 16:26:48君は林檎が好きらしい。林檎のように赤い服、散りばめた黒林檎の飾り。 「ねぇ」 君の隣に座ってバスを待つ僕に、君は声をかけた。 「大したことじゃないけれど、少しお話があるの。本当にちょっとしたお話なんだけど」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:21:37「ふぅん」 お決まりの相槌を打つ。気が進まないように切り出す君が、本当は僕に何か話したくて仕方がないのだとよく知っているからだ。 「白雪姫の魔女は、毒林檎を食べさせるでしょう?」 君は足をぶらりと揺らした。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:22:16「どうして林檎にしたのかしら」 「それなりの文化背景があるんじゃないのかな。僕はあまり詳しくないんだ」 君は少し頬を膨らませた。 「そういう理論的なお話がしたいんじゃないの。大事なのは、なぜ林檎だったかよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:23:45「なぜって、そんなこと言われても」 肩を竦めた。君みたいな女の子の我侭についていけるほど、甲斐性は無い。 「私ね」 君は僕に向き直って、楽しげに言った。 「林檎が、まるで心臓のように見えるからだと思うの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:30:12そう言われたものの僕はさほどその議論に興味がないせいで、ただ君の唇に見入っていた。 ほら、微笑んだ君の唇が。 赤くて、艶があって、まるで誘っているようで、美味しそうな林檎のようだと、思えて仕方なかったから。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:31:44「ねぇ」 君は随分甘ったるい声を出した。 「林檎はいかが?」 そう言って鞄の中から香り高い林檎を差し出す。 「ありがとう」 受け取って歯を立てようとして、ふと思いとどまった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:33:41「君は、心臓に似ているって言ったね」 「えぇ」 だとしたら、じゃあ、これは。 「これは、誰の心臓なんだ」 僅かに震えた僕の声を聞いて、君は小さく声を上げて笑った。 「あはは、気付いたのね。じゃあ返してあげる」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:47:33途端、林檎の皮が張りを失った。くにゃりと柔らかくなって、指が潜り込む。 「盗られたのに気付かなかったでしょう、おバカさん」 そう言って君は笑って、踵を返した。 気がつくと僕は一人で、ただバスを待っていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-17 23:49:03