モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring VII~
- IngaSakimori
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志智はその男とバイクにまったく気づいていなかった。 スパーダのすぐ後方。 横からみれば、顔なじみ同士が寄りそっているかのように、ヤマハ製のスーパースポーツバイクが一台停まっている。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:43:27「キミは……学生かい? 授業のあと、すぐ走り込みか。 気合いが入っているじゃないか」 その男は中年。あるいは青年。どちらに属するのか、なんとも判定しかねる顔立ちだった。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:43:44中性的というほどではないが、年齢の色がきわめて薄い。淡く笑う口元は、少年のようですらある。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:44:02背は決して低くないが、184cmの志智には及ばない。 それでも日本人の平均からすればすこし高いと思えて、スーパースポーツにまたがっていても、足つきに余裕が見て取れた。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:44:13「どうも、こんにちは」 「ああ、こんにちは、だ。 今時、キミみたいな奴は珍しいな……それにしても、なんだってこんな平日にまで走り込みを?」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:44:30「あ、いえ━━」 なぜ自分が社交辞令の挨拶に続けて、言葉をつむいでしまったのか。 誰かに尋ねられても、志智は答えられなかったに違いない。それはたった一つの表現しか当てはまらないものだったから。 つまり、何となく、である。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:44:55「週末に……その、R1-Zと一緒に走るんです」 「ふぅん……キミのスパーダとかい。 だけど、ここで走るということは……仲良くツーリングするわけでもないんだろう」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:45:16「ええ、どちらが速いか━━勝負するんです」 「くすっ」 この表情を破顔一笑と言っていいのだろうか。 男の笑みは女性的な匂いすら感じられる。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:45:58「VTとヤマハの2stがバトルか……何度見たことかな……」 「え? 見たことがある?」 「いや、似たような取り合わせならね。 昔はずいぶん目にしたもんだった。キミは━━ちょっと時代錯誤なことをやっているね。 僕たちにとっては、素晴らしい時代錯誤だけれど」#mor_cy_dar
2013-05-23 12:46:43「はあ……」 訝そうに眉をひそめることはあっても、三鳥栖志智が男の言葉によって嫌な気分になることはない。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:47:28(なんだろう……この人……すごく話しやすいっていうか……) 理由はまったくわからないが、なぜか志智は目の前の男がすべての答え━━そう、すべてだ━━を知っているようにすら思えた。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:47:59どこか古いデザインのライダーズジャケットも、見たことのないグラフィックのあしらわれたヘルメットも、なぜか意味を持っているように感じる。 遠い時代から、何もかも見続け、そしてこれからも時を刻んでいくような……そんな仙人のような雰囲気がある。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:49:59「つまるところ、キミはスパーダでR1-Zを負かすビジョンが見えないわけだ」 「え、ええと、ビジョンっていうほどじゃないかもしれないですけど……なんていうか、自信が持てなくて」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:50:15「それはまあ当然のことさ。 排気量が同じなら、4stは2stに勝てない。両方に乗ったことがあるライダーなら、誰だってわかる。 何もオンロードマシンだけじゃない。オフロードでもそうなんだよ」 「そうなんですか……」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:50:31「ただ、2stには弱点があるからね」 「えっ」 その言葉を聞いたとき、志智は思わず右足を一歩踏み出していた。予想していたような顔で、ヤマハ製スーパースポーツ乗りの男は笑う。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:51:15「というより、2stは弱点だらけなんだ。 まず耐久性が低い……経年劣化に弱い……オイルで絶対に汚れる……うるさい……白煙が出る……プラグの寿命が短い……燃費が悪い……けれども。 キミが聞きたいのはそんなことじゃない。2stの走りにおける弱点だろう?」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:51:52「そ、そうです。俺はそれが知りたいんです!!」 「じゃあ、キミの乗ってるマシンにめんじて、教えてあげよう」 そう言いながら、男はスパーダへ視線を向けると、懐旧の目をした。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:52:11ただ車体を見るだけではない。ホイールを、ハンドルを、ブレーキマスターを、アンコ盛りしたシートを、マフラーですらも……。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:52:25(あ━━) その瞬間、志智は気がついた。 この男と会うのははじめてではない。芦田のCBR250RRと勝負したあの日、スパーダを見ていた通りすがりと同一人物なのだと。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:54:59「キミは純真無垢だね。なかなか新鮮だよ。 トルクというのは、『力』そのものだ。トルクに回転数がかかって、仕事━━つまり、馬力になる」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:55:56「まあ、そんな話はどうでもいい。2stっていうのは、4stよりずっと力がある。パワーがある。 だけど、4stに比べてその出方にムラがあるんだ」 「ムラ……ですか」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:56:08「キミはどっかんターボとか、ピーキーとか……そういう言葉は知ってるかい?」 「いえ」 「そうか」 志智が首を振ると、なぜか男は嬉しそうな顔をする。真っ白なキャンバスを前にした芸術家のように笑う。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:56:20「簡単にいえば、回転数によってトルクに違いがありすぎるんだ。 もっとピンポイントでキミの求めている答えをあげると、低回転ではスパーダよりずっとトルクが低い。つまり、遅い」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:56:47「2stっていうのはおもしろいエンジンでね……仕上げ方次第では、高回転を逆に遅くして、低回転をパワフルにしたりもできるんだが……少なくともR1-Zはそういうエンジンだ」 「高回転まで回さなければ……スパーダより遅い……」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:57:46