第二十五話:模範解答 第二十六話:探し物 第二十七話:足跡
- C_N_nyanko
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僕がまだ高校生だった頃。 部活で仲良くなった奴が全国レベルの学力の持ち主だった。 日常生活は隙だらけで、忘れ物やすっぽかしなんてしょっちゅうだったんだけど。それが功を奏したのか、妙にとっつきやすい奴だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:25:15入部当初から意気投合していたから、僕はそいつと二人でよく遊びに行った。高校時代一番の友人だといっても過言じゃない。 だけどそいつ、不思議と勉強の話をするのだけは嫌がった。 試験前の勉強会にも、顔を出さない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:25:42初めのうちは一人のほうがいいんだろうとか、試験前はナイーブになるんだろうとか気を配っていたのだけれど、一緒に過ごすうちにどうも違うんじゃないかと考え始めた。 試験前だというのに、こいつ一切勉強していないんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:26:55世に言う天才だと思ったね。ページの隅々まで教科書を丸暗記してしまえる、そういう天才なんだ。 僕は心からそいつを崇めた。 最終的にそいつは誰もが名を知る名門大学に合格して、僕とは年に数回会う程度の仲になった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:27:55さて。 そんなそいつと久々に再会することになってね。僕と話がしたいというから、はるばるそいつのところまで出向いてやった。宿飯付きの観光にもなるしね。 そいつはカフェのテーブルで、頬杖を付いて僕を待っていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:28:15「お前には本当のことを言いたくてさ」 再会にしては場違いな言葉だ。 「嘘でもついてたの?」 「いや。でも本当のことは言わないで卒業した」 俺ホントはさ、と、そいつは言った。 「天才なんかじゃない、凡人なんだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:29:27「また謙遜を」 「謙遜でもなんでもない。俺の点数が良かったのは、答えを見てたからなんだ」 僕は呆気にとられた。一瞬何を言われているのかわからなかったほどだ。 「それってカンニングってこと?」 「大体それに近い」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:29:51「だけど……」 数々の模試、宿題、抜き打ち小テスト、それに何より、大学受験に見事成功してみせた。すべてで完璧なカンニングをするなど不可能だ。そう言うと、そいつはため息をこぼした。 「それも、答えを見てたからだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:31:47俺はな、と、そいつは言った。 「答えが、見えてたんだ。カンニングとは少し違う。透視とか、千里眼のようなものなんだ」 「何だって?」 「見えちまうんだ、すべての答えが」 「そんな」 僕はマヌケに目を瞬かせた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:33:24「試験の用紙に答えが浮かび上がって見えるんだよ。子どものうちは訳がわからなかった。テストってのは点数が付く硬筆だと思ってたぐらいだ。俺自身は何も考えてない。ただ、浮かんでくる文字をなぞってただけなんだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:34:50もっとも、とそいつは説明を続ける。 「見える答えが間違っていることもあった。まるで調整でもしてるみたいに、絶妙なところがさ。それで、嘘くさくない点数になってくんだ」 怖くなったんだよ、と、そいつは言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:35:42顔を上げると、すっかり青ざめている。 「高校生のうちは何の疑問もなかった。だけどな、卒業式の時、兄貴に一言警告されて、一気に怖くなった」 「何を、言われたの」 そいつは、両腕で自分を抱え込んで、言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:37:19「お前は何かに人生を喰われてるって」 ゾッとする響きを持った声だった。 「その通りなんだ。本当は運動をしたかった。だけど気がついたら『頭がいい』ってだけの理由で大学に入ってる。本当の夢が、何一つ叶ってない」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:39:19そいつの目が血走った。 「まだ答えが見えるんだ。レポート、課題、試験も。俺はどんどん『優秀』になっていって、ほんとになりたかったものからどんどん遠ざかってる」 なぁ、と呼びかけてきた声は、随分不安げだった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:40:08「俺、何のために生きてるんだろう」 なんと声をかけていいかわからない。 「――少し疲れてるだけだよ」 僕は仕方なく気休めを言った。そしてそのまま、早々に帰宅した。 それからそいつと、連絡が取れない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:41:43どこかで人生をやり直しているのか、あるいは最悪の終止符を打ったのか。人づてに情報を求めてはいるが、全ては謎のままだ。 「エリートってのも、困ったもんだな」 僕は遣る瀬無く呟いて、自分の凡才に少しだけ感謝した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 22:41:56君の姿が先日から見えなかった。 元から気まぐれな性格だ、気にしても仕方がないとは思うのだけれど、君用のツナ缶がズラリと部屋の隅に並んでいるのがやはり気になる。 街をぶらぶら探してみたが、手がかりはなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 23:08:51と。 「何かお探し?」 女が声をかけてきた。 「猫を探してるんです。黒猫で、手先だけ白い子なんですが」 何気なく返事をして、あ、しまった、と後悔した。 見れば、女の体が透けていた。足は地面から浮いている。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 23:09:50「見えたのね?」 女が唇を釣り上げた。耳元まで一気に裂ける。ぶわりと鳥肌が立った。 これはマズイ。本格的にヤバイものに関わってしまった。 僕は身を翻して死に物狂いで走った。 体の動くうちに、離れないと。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 23:10:25夕方の人ごみを掻き分けて、とにかく彼女から離れる。 けれど。 すぐ隣から、女の笑い声がした。 「ねぇ、逃げることないじゃない? 私とお話しましょうよ」 がしり、と、腕を掴まれた。体がびくりとも動かない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 23:11:30ずり、ずり、と、引きずられ始めた。 やめろ! たすけて! 叫ぼうとしても、声すら出せない。 気がつけば、横断歩道の手前に来ていた。信号が赤に変わる。 女が楽しげに笑ったのを見て、何をする気かわかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 23:12:00殺される。車に跳ね飛ばされて、死ぬ。 足がじり、と点字ブロックを越えた。僕は恐怖に目を閉じることもできず、真っ青になったまま動けない。 と。 猫が威嚇する声がした。少しの間を置いて、女の手が腕から離れる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
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