山本七平botまとめ/イスラエルに三十余年の平和をもたらしたヘロデ王とは/残虐非道圧制虐殺の人、自分の妻も息子達も処刑した古代の「スターリン」ヘロデ王

山本七平著『存亡の条件――日本文化の伝統と変容――』/第二章 民族と滅亡/古代のスターリン、ヘロデ王/72頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①【古代のスターリン、ヘロデ王】前略~その状態を解明する鍵はヘロデ王にある。 …皮肉な事に、この「西欧通俗史の悪役」残虐非道圧制虐殺の人、自分の妻も自分の息子達も処刑した古代の「スターリン」の治世、約33年にわたるその治世だけがイスラエルが平和だった時期である。<『存亡の条件』

2013-06-01 08:57:49
山本七平bot @yamamoto7hei

②彼に対する被統治意識を、勿論ユダヤ人は拒否した。 それも単なる拒否でなく、徹底的な拒否だった。 というのは彼はユダヤ人でなく…ユダヤ人に征服され…強制改宗させられた被征服民の子であり、それがローマによって王に任命されたのだから、二重にも三重にも否定されて当然であろう。

2013-06-01 09:27:45
山本七平bot @yamamoto7hei

③そして彼の生涯は、一言でいえば「古代スターリニズム」の実施であり、その出生も長期安定政権も、無事の死――いわば畳の上での死――も共通している。

2013-06-01 09:57:53
山本七平bot @yamamoto7hei

④『ユダヤ戦記』には古スラブ語訳があって非常に早くロシアに紹介されただけでなく、スターリンは神学生だったから、恐らくこれを読んでいたと私は想像しているが、その政治能力・外交能力・危機への処し方を比較すれば、恐らくヘロデの方が一枚上手であろうと思う。

2013-06-01 10:27:46
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤第一、置かれた位置の困難さは彼以上であった。 いずれにしろ「鋼鉄の人」とは元来ヘロデヘの批評であった。 彼は一貫してローマと同盟していたとはいえ、それには長いローマの内乱期が含まれ、その間ローマの主人は、誰になるやらわからなかった。

2013-06-01 10:57:54
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥カイサル(註:シーザーのこと)につけばこれが暗殺され、東方はカシウスの手に落ちる。

2013-06-01 11:27:47
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥カイサル(註:シーザーのこと)につけばこれが暗殺され、東方はカシウスの手に落ちる。 カシウスにつけばアントニウスは敵となり、といってアントニウスに加担すれば今度はアウグストゥスに殺される―― 彼らにとって東方の一首長など、所詮「使い捨て」の対象にすぎない――、

2013-06-01 11:57:54
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦そしてこの間のヘロデの情勢分析と政治的先見性及び対策は、まるで次々に表れるローマの支配権という巨大な刀剣の上を、巧みな刃渡りで次々に渡って行く曲芸の様に見える。 一歩誤れば自分の首がとぶ。 だが権力者はローマだけではない。 彼を最も苦しめたのはクレオパトラの策謀であった。

2013-06-01 12:27:49
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧その暗闘はまるで狐と狸の化かし合いだが、相手が東方の支配者アントニウスを掌中にしているだけに、この暗闘時間は凄惨である。 だが最終的にはヘロデは、これを逆用して自分を新たな勝者アウグストゥスに売り込む。 だがそれもまさに刃渡りである。

2013-06-01 12:57:50
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨対外的生存が刃渡りなら、対内的生存は憎悪と暗殺の渦中にあった。 だれ一人信頼できない。 彼は、権力を失った瞬間に自分は死体になり、すべてのユダヤ人がこれを土足にかけて狂喜乱舞するであろうことを知っていた。

2013-06-01 13:27:46
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩彼は死ぬ直前…気味の悪い遺言をしたとヨセフスは記している。 自分が死んだら国中は歓喜の声で包まれるであろう、では国中を慟哭させてやろう。 町々村々の長老を全員エリコの競技場に集め、わしが息を引きとると同時に一人残らず斬り殺せ、そうすれば全土に悲嘆の声が起こるだろうから、と。

2013-06-01 13:58:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪彼は全てのユダヤ人が自分の支配を悪と規定し、自分に対して被統治意識をもつ者、すなわち忠誠を捧げる者など、一人もいない事を知っていた。 彼がこういうことを言ったのは事実かも知れない。 だが現実にはそういうことは起こらなかった。 起こったのは、もっとひどい混乱である。

2013-06-01 14:27:47
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫前述のように彼は蔑視された被征服民の子であった。 彼の父は、統治力を失って内紛を重ねるハスモン王家の有能な宮宰であり、いわば、彼以外に官廷内を治めうる者すらすでになかった。 だが、その父は毒殺された。 兄は虐殺される前に自殺した。

2013-06-01 14:57:50
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬その前に彼自身、全く理由にならぬ理由で、ファリサイ派が支配する最高法院に引き出され、処刑されそうになった。 この官廷内の権力闘争に打ち勝って生き残っていくだけでも、まさに鋼鉄の人である。

2013-06-01 15:27:44
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭彼はハスモン朝の末裔マリアンメと結婚し、どうやら位置が安定しそうに見えながら、この妻を殺し、その弟を殺し、その祖父を殺し、その妻から生まれた二人の息子を殺す。 また自らの義弟を殺し、叔父も殺し、妹は処刑を恐れてとびおり自殺をはかる。

2013-06-01 15:57:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮なぜ、こんな事を、と思うが、二人のわが子を処刑した時のヘロデの言葉はまさに悲痛である。 いわば二人は「ユダヤ化」した。 すなわちユダヤ人達は、彼ら二人をマリアンメの子として敬愛しても、父ヘロデは無視した。

2013-06-01 16:27:47
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯これがこの二人に作用し、彼らは光輝あるハスモン朝の後裔として、自らの父を、被征服民の子として蔑視したのである。 ヘロデはこの二人の「自分に対する数えきれぬ暴言、嘲笑、侮蔑、非礼などが死ぬより辛かった」と言った、 とヨセフスは記している。

2013-06-01 16:57:54
山本七平bot @yamamoto7hei

⑰だがこの二人には…「父殺し」の陰謀の証拠はなく、逆にその態度を他の異母兄に利用された、 とヨセフスは見ている。 だが、この二人の息子の父への態度がユダヤ人に強い心理的満足を与え、喝果を博し、人気を集めた事は、ヘロデの死後、この二人の「天一坊」が出ている事からも明らかである。

2013-06-01 17:27:45
山本七平bot @yamamoto7hei

⑱問題はおそらくこの点にあり、父殺しを教唆した者がなかったとはいえまい。 わが子さえこの有様、一体こういう状態で、一人の人間が三十余年間その権力を保持しかつ平和を維持し、さらに巨大な大建設事業を遂行し得た謎は、どこにあるであろう。

2013-06-01 17:57:53