2010年9月17日

「政治家と軍人では脅威認識が違う」

まとめました。
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@akatuki_a

政治家と軍人では脅威認識が違う、という話です。政治家にとって、安全保障上の脅威とは 「能力×意図=脅威」であらわされます。

2010-09-17 07:13:02
@akatuki_a

「能力×意図=脅威」ということは、たとえ高い軍事力をもつ隣国でも、我が国に対して侵略意図を持たないなら、それは脅威ではない、ということです。

2010-09-17 07:14:16
@akatuki_a

例えば冷戦終結後、アメリカはソ連(ロシア)への脅威認識を大幅に引き下げました。ソ連の核兵器や通常戦力は、冷戦が終わってもすぐには削減されなかったけれど、冷戦終結によりソ連による侵略の意図が激減したと考えられたため、力と意図の積である脅威認識も引き下げられたのです。

2010-09-17 07:17:43
@akatuki_a

自民党の石破茂氏が「中国は日本にとって脅威ではない」と仰る時の「脅威」も、脅威とは「能力×意図」から導かれています。中国の軍事力が増大していても、日本を攻撃する意図が増大しない限り、脅威ではないということです。

2010-09-17 07:20:12
@akatuki_a

これに対し、軍側の脅威認識は異なります。軍は「脅威=能力」と考え、相手側の意図をあまり考慮しないからです。「意図ではなく能力に備えよ」という格言で表されるこの考え方は「可能性主義」と呼ばれます。

2010-09-17 07:22:15
@akatuki_a

可能性主義の根底にあるのは「敵の意図なんて分からない」「意図は一瞬で変わりうるが、能力は変わらない」ために、能力に対して備えておいた方が無難だってことです。

2010-09-17 07:23:27
@akatuki_a

敵側の攻撃意図が乏しい、従って戦争が生起する蓋然性が低い、言い換えると「あの国が我が国へ攻めてくるなんて考えがたい」と我が方が認識したとしても、それは我が方の勝手な思い込みかもしれないし、あるいは今は事実でも敵側の事情によってその意図が短期間で一変するかもしれません。

2010-09-17 07:35:06
@akatuki_a

だいたい、防御側が事前に開戦を予想してなかったのに戦争が起こったというのはたいへんにありふれた話です。敵側が侵略意図を公言し、実際に兵力を動かしていることが分かってすら、防御側の楽天家は「ただの脅しだろう。戦争にはならない」と考えたがるものです。湾岸戦争、ヨムキプール戦争など。

2010-09-17 07:38:18
@akatuki_a

このため軍側の脅威認識は、敵の意図はどうあれ、我が方を攻撃できる能力があればそれは即脅威であり、備えておかねばならぬ、という考えで組み立てられます。というのは、能力は意図よりも勘定しやすく、読み違えにくいし、意図が侵略的になっても能力以上のことはできないからです。

2010-09-17 07:42:41
@akatuki_a

軍事的能力には、士気、練度、ドクトリンといった目に見えない要素も大きく関わるとはいえ、兵士の人数、兵器の保有数といった計量可能な要素に大きく制約されます。よって敵の意図よりも能力の方が読み間違えにくいと考えられます。

2010-09-17 07:46:10
@akatuki_a

もっとも、それでも敵を甘くみて酷いことになった例は多いので万全とはいきませんが、少なくとも敵の平和的な意図に期待して裏切られ、何の備えも ないところに攻め込まれるよりはかなりマシではあります。

2010-09-17 07:47:52
@akatuki_a

とはいえ敵の意図を完全に無視して、全ての仮想敵国の能力に備えるとすると、たいていの場合、いくらカネがあっても足りません。ので、基本的な考え方としては可能性主義を用いつつも、どの可能性には万全に備え、どの可能性には万一の時にも致命傷を避ける程度に備える、といった資源配分がいります。

2010-09-17 07:51:38
@akatuki_a

北大路機関: 南西諸島防衛の一考察 航空優勢確保と戦闘空中哨戒への課題: 那覇と尖閣の距離が問題点。フォンークランド紛争でも、アルゼンチン本土から飛来する空軍は距離がありすぎて散発的にしか攻撃できず、イギリス軍の上陸を阻止できま... http://bit.ly/apCOrm

2010-09-17 07:57:38
@akatuki_a

このようなわけで、防衛力整備にあたっては「意図ではなく能力に備える」原則を満たしつつ、蓋然性を考慮してどの程度に備えるかを按配してリソースの制約を満たすという両面への配慮が必要となります。

2010-09-17 07:58:04
@akatuki_a

この両面性を考えないと、たとえば侵略意図が低い国、蓋然性に乏しい想定(とその人が考えている)対象には一切備えなくていいだとか、あるいは逆にあらゆる事態に備えすぎて国富を浪費して国債情勢を意味なく不穏にしたり、といったことになるわけです。

2010-09-17 08:02:11
OHTSUKA Ko-hei @kokogiko

@zyesuta いくつか質問しようと思ってたらほぼ書かれてた。流石。一点質問。「能力に備える原則を満たしつつ、蓋然性を考慮して…リソースの制約を満たすという両面への配慮」が、「政治家にとっての安全保障上の脅威=能力×意図」と同義と見ていいの?それとも別物?

2010-09-17 08:22:35
@akatuki_a

@kokogiko ココギコさんお久しぶりです。そこは別物、だと思います。というのは政治家が仮想敵の能力を正確には見積もれないが、それができる軍側は万事に万全でいたがるため、両者の対話を通じて「両面(略」が実現できる、といいなあ、という話です。

2010-09-17 08:37:42

コメント

@barumoa 2010年9月20日
政治家はそろばん勘定や世論も考慮しないといけないし、軍部は有事の際にそなえなきゃいけないし・・・バランスとるのすげーむずそーという印象
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y_mat2009@Censored @y_mat2009 2015年8月13日
格言「意図ではなく能力に備えよ」について、オリジナルがバトロワだと言う指摘が… https://twitter.com/Werth/status/627834989392990209 江戸しぐさ(的なもの)はどこにでもある!ってことですな。
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Doom Beetle @kawa39893 2019年8月21日
https://twitter.com/werth/status/628903527255912448 続報 #『意図ではなく能力に備えよ』典拠どこよ問題 『ソ連軍の研究』「前のNATO軍最高司令官であるレムニッツァー将軍によって引用された言葉を思い出したい。(続)
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Doom Beetle @kawa39893 2019年8月21日
https://twitter.com/Werth/status/628903792918986752(承前)彼は、『軍事計画は仮想敵の意図を予測して対処するものではなく、ただ敵の能力に対処すべきものである。意図は一夜で変わることがあり得るからだ』と述べている」(第三章 ソ連地上軍 pp.94-95) #『意図ではなく能力に備えよ』典拠どこよ問題
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Doom Beetle @kawa39893 2019年8月21日
https://twitter.com/Werth/status/628904176303517696 発言の文脈はこちら 1968年11月12日、折しもチェコ事件(プラハの春へのワルシャワ条約機構軍介入)が起こっているときNATO軍の増強を求める発言の中で出ている #「意図ではなく能力に備えよ」典拠どこよ問題
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