メイキング・アゴニィ・フェイタル・ガール 前編
「ベニヤミツヒコ、サン。光彦、サン、デスか」少女の顔にまた喜悦の笑みが戻り、ブツブツと光彦の名を呟き続ける。「光彦、サン。光彦、サン……ウフフ……」その笑顔に怖気を感じた晃一は、とっさに仁夏に向かって飛び出していた。一瞬で間合いに踏み込まれても、仁夏は動かない。21
2013-06-09 21:16:34「イヤーッ!」 雄叫びとともに、刀を振り下ろす。左肩から胸の中央を通りぬけ、右の腰まで一気に切り裂く。上半身と下半身を両断する、一撃必殺の袈裟懸け斬り。寸分違わず少女の体を斬った手応えを、光彦ははっきり感じ取っていた。22
2013-06-09 21:19:56だが。「アーイイ……イイ、デス……」 残身の後、振り返った光彦の目に入ったのは、無傷で立っている仁夏の姿だった。ビクビクと体を震わせながら、歓喜の呻きをあげている。23
2013-06-09 21:22:39間髪入れずに光彦は二度目の攻撃を行う。少女の横をすり抜けながら、横一文字に刀を振るう。内蔵を丸ごと切断する、何百回も感じた手応えを得るが、振り返って見ればやはり少女は無傷だ。24
2013-06-09 21:29:00「それなら!」振り返った捻りを活かして、仁夏の喉に刀を突き刺した。今度は目をそらさない。避けられたのか、手応えを勘違いしたのか、それとも相手が何かの魔法を使ったのか。確かめる必要がある。「か……は……」カッと目を見開く仁夏。避けられることも、防がれることもなかった。25
2013-06-09 21:33:15パクパクと、酸素を求めて仁夏の口が動く。勝負あったか。光彦が刀を抜こうとする。「あ……ふぅっ!」突然、仁夏の両手が刀を掴んだ。血が噴き出るほどの勢いで刀を握った仁夏は、そのまま刃を喉から下に押し下げる。光彦が引き抜こうとしても、ビクともしない。26
2013-06-09 21:36:50「ハァーッ……ハァーッ。ダメじゃないですか、ノド、刺されたら、喋れません」刀を喉から胸に押し下げた仁夏が、変わらない笑顔で光彦を覗き込む。そのどんよりとした目に、少しだけ咎めるような色が混じっている。喉の傷は、刀が動くと同時に塞がっていた。27
2013-06-09 21:40:20ここに至ってようやく光彦は相手の能力を悟った。仁夏は避けていないし、光彦も手応えを間違えたわけではなかった。なんてことはない。仁夏が使っているのは、シンプルな治癒魔法だ。ただ、刀で切られても一瞬で再生するぐらい強力な魔法だった、それだけのことだ。28
2013-06-09 21:44:40しかし一つ疑問がある。「お前……痛くないのか?」すると仁夏は胸に刀が刺さったまま、ニッコリ笑った。「ええ、痛いデスよ?」「だったらなんで……」29
2013-06-09 21:47:14「大胸筋、鎖骨下筋、肋間筋、横隔膜切断。左肺、肝臓、胃、十二指腸切断。左肩甲骨、鎖骨、肋骨6本、胸骨切断。腹筋、側腹筋切断。右肋骨6本粉砕骨折。骨盤一部粉砕。惜しかったデスねー、最後までちゃんと振り抜いてくれれば、体をキレイに両断されるイタミを初体験できたんですケド」30
2013-06-09 21:48:31自分が斬られた筋肉と内臓と骨を事細かに語る少女。その様子はまるで、アイドルのコンサートでの思い出を友人に語って聞かせているかのようだ。誰にも理解されない体験という、決定的な違いはあるが。31
2013-06-09 21:51:56「……信じて、ませんね?ワタシ、これでも看護師なんデス。どこ切られたか、ぐらいわかります。お名刺、出しましょうか?」「ふざけるのはよせ」割って入ったのはヤクザゾンビを盾にした田神の声だった。「私の護衛は貴様を満足させるための遊びではない、仕事だ。さっさとその男を始末しろ」32
2013-06-09 21:54:20「……はぁーい」 不機嫌そうに返事をした仁夏の体が、光彦の刀を握ったまま奇妙な震え方をした。とっさに光彦は刀を手放し、仁夏から距離をとる。「ア、ア、ア、イィッー!」一際大きく少女の体が震えたかと思うと、その体に刺さっていたタタミ針が光彦に向かって射出された。33
2013-06-09 21:57:41銃弾より早い針の雨を、光彦は横っ飛びで避ける。だがそこに仁夏が飛びかかってきた。構えた拳には何本もの針が刺さっている。「ちいっ!」手を切り払おうとして、通用しないことを思い出し、すんでの所で拳を避ける。針が頬を掠め、僅かに血が滲む。その拳が開かれ、光彦の首を握ろうとする。34
2013-06-09 22:01:41それも避けて距離を取ろうとするが、相手は光彦にピッタリついてくる。「あはは、光彦、サンもイタミを、感じましょうよ!」隙は幾らでもあるが、反撃そのものが効かない。この敵を、どう倒すか。横薙ぎに振るわれた腕を潜り抜け、一旦距離をとる。35
2013-06-09 22:07:47パァン、と乾いた音と共に、光彦の左腕から血が迸った。音のした方を見れば、ゾンビヤクザたちが銃の狙いを彼に定めている。考える前に光彦は、机の影に飛び込んでいた。拳銃の一斉射が机に向かって浴びせられる。ペン立てが砕け、書類が吹き飛ぶが、見立て通り光彦に弾は届かない。36
2013-06-09 22:40:43「あぐっ、イイーッ!」 突然、彼の頭上を仁夏が飛んでいった。目の前の壁に叩きつけられた彼女の体から、ボロボロと銃弾が落ちていく。「な、何をしている、貴様!」「スミマセン。光彦、サンを追いかけて、飛び出し、ちゃいました……」さっきの攻撃といい、戦いに関しては素人同然らしい。37
2013-06-09 22:44:17こんな狂人は相手にしないことに限る。光彦は机の縁に手をかけて立ち上がると、「……わぁ」 呆気にとられる仁夏の目の前で、100kg以上はあろうかという机を片手で持ち上げた。そしてそれを仁夏に向かって振り下ろす。ゴシャッ、と鈍い音がして、仁夏の全身が机の下敷きになった。38
2013-06-09 22:47:20「アー……全身の、骨が、砕けて、凄くイイです……」机の下からくぐもった声が聞こえるが、光彦はもう注意を向けない。死んでなくても、あの机の下から這い出てくるには時間がかかる。その前に、田神を殺す。ヤクザゾンビの壁の向こう側にいるはずの敵を睨みつける。39
2013-06-09 22:51:25「野郎ッ!」部屋の外から階段を駆け下りる音がした。慌てて田神を追おうとするが、ゾンビたちが間に割って入り、銃を乱射してくる。その手を切り飛ばし、ゾンビを蹴り飛ばしているうちに階下からエンジン音が鳴り響いた。車で逃げる気か。 こうなったら、手段は選んでいられない。41
2013-06-09 22:55:52心の中で毒づくと光彦は窓に向かって走り、そして外に向かって窓を割りながら飛び出した。地上5階、強化された体なら問題ない。真下を一台の黒いベンツが走り抜ける。このまま落ちても間に合わない。だが、それでよかった。42
2013-06-09 23:01:57「せいやッ!」右手の刀を車に投げつける。狙いは車のボンネット、丁度、運転席の真上。放たれた刃は、防弾仕様の車体ごと、不運な運転手の頭を貫いた。途端に車がコントロールを失い、ビルの壁に向かって突っ込んでいく。光彦がアスファルトの上に着地したのと、車が壁に衝突したのは同時だった。43
2013-06-09 23:10:09