【竹の子書房】タイトル未定 切り絵風(仮)【絵描きからの逆襲(2)】
ロウと玉輪は毎日のように竹林で語り合い野を駆け、無二の親友となったのでございます。夏には熱を避け竹林の中月や星や陽の事を真剣に論じ、秋には山の実りを集め、冬には雪明かりに身を寄せ書を読みあいまして二人は大きくなりました。ロウと玉輪、出会って五度目の、いとおもしろき春にございます。
2010-10-05 12:56:59ロウは立派な若者に、玉輪は大きな美しい銀狼に成長しておりました。「山桜を見に行こう」と二人、奥深く山へ分け入ったのでございます。成長していっそう仕事に精を出しておりましたロウは、行商の帰り道に何とも趣のある山桜を見つけ、玉輪と見ようと心待ちにしていたのでございます。「あそこだ」
2010-10-05 12:57:42「麓から見上げるのと、実際に目指すのとでは大違いじゃな」変わらず青竹のように清しい笑いを見せたロウの、足元が崩れたのです。咄嗟に着物の端を咥えましたが、安布はみるみる絶望的な音を立て裂けていきました。「玉輪、放せ。お前まで落ちてしまう」こんな時にまで、ロウは微笑むのでございます。
2010-10-06 09:52:12「嫌じゃ」唸りつつ低く言い放ち、玉輪は金の瞳から大粒の涙を流しました。ああ、私に人のような手があれば。ロウを掴んで、引き上げてやれるのに。悔し涙をいくつもいくつも、流しながら決してその布を放しませんでした。ああ、手を下さい。誰かロウを助けて。玉輪が、目を閉じたその時にございます。
2010-10-05 12:58:47ほわりと玉輪の体が光り、みるみるうちに美しい少女の姿へ変わったのでございます。裸の体を隠す事もせず必死にロウを引き上げると、ロウへ縋り付き声を上げて泣きます。「ワシは本当に生きた心地がしなかったのだぞ!」詰め寄る玉輪に答えず、ロウはボロを着せ掛けると、目を伏せたのでございます。
2010-10-05 12:59:23「何を恥ずかしがっておる」「当たり前じゃ。獣以外の姿にもなれるとは。獣とて番うであろう」むっつりと口を噤んだロウに、その意味を知り急に恥ずかしくなったのでございましょう。するりと銀狼の姿にもどり、憎まれ口。「番うとて、獣は獣とじゃ」おもしろき春も、いつかは過ぎゆくのでございます。
2010-10-05 13:00:00表面は何事も無く、二人の季節は過ぎて行きました。時々、人の姿を取る玉輪にロウは着物をくれました。それはロウのボロとは比べものにならない程、上等な麻衣。それを思うと玉輪の心は何ともくすぐったく、そして浮かれ落ち着かぬ気持ちになるのでございます。それは淡く、幼い想いでございました。
2010-10-06 09:48:26夏が過ぎ、秋の風を感じる頃に玉輪は、ロウの様子がおかしい事に気付きました。元々大声で笑うようなロウではありませんが、目を伏せ寂しく笑う事が多くなったのです。玉輪はそれが悲しくてなりません。ある日、尋ねてみたのでございます。「ロウ、何ぞ気病みしておるのか?」ロウは違う、と笑います。
2010-10-06 09:48:59「御坊様の所で修行をせぬかと言われてな。お言葉に甘えようかと思っている」玉輪は手を打って喜びました。「それはよい。お前は頭が良い。勿体ないとワシも思うておった」ロウはまるで、秋風に寂しく震える竹のように微笑んだのでございます。「それで、もうここに来られないのだ」玉輪は震えました。
2010-10-06 09:49:31ロウと会えぬ事など、今まで一度も考えた事がなかったのでございます。静かに身の内に沸き上がる、その想いを何というのか。玉輪は未だ知らずにおります。やっとの思いで、口に出来たのはたった一言。「…そうか」拭えぬ寂しさの、滲んだ声色でございました。秋風が一層、冷たく感じたのでございます。
2010-10-06 09:50:13言葉通りに、ロウが竹林へ来る事はなくなりました。玉輪は、ロウに会いたい一心で人の振る舞いを盗み見ては一人、人の姿になる練習をしておりました。シンと冷たい初雪の夜、玉輪は丈の少し足らぬ麻衣を着て、里に下りたのでございます。裸足で踏みしめる道行きの、連れは君ゆりおこせし、想い一つ。
2010-10-06 09:51:05「もし、ロウという者の居ります寺をご存じないか?」尋ね歩いて、ようやく辿り着いた、破れ寺。「もし」厳しい顔立ちの古僧に、玉輪は声を掛けました。玉輪の足元は雪に汚れ、寒さに縮んで痛々しいほど真っ赤でございます。御坊様はそれを見て、黙って玉輪を招き入れたのです。「ロウは居りませぬか」
2010-10-07 11:06:13ロウは境内の雪かきをしておりました。冷たい指先をぎゅっと握り、庭の竹に目をやります。元気だろうか。そっと目を伏せ、友を想い雪、一かき。「ロウ!」雪を蹴散らすその姿、幻ではありません。どん、と僧衣の胸元へ温かい物が押し当てられます。「玉輪…」顔を上げ、微笑むと再び懐へ頬を寄せます。
2010-10-07 11:06:41