【twitter小説】 ニェスの蛇の巣#1 【ファンタジー】
以前? 以前とはいつの話だ? クシュスに会うまで自分はどうやって旅をしていたのだ? そもそもいつからクシュスと旅をしているのだ? 心臓の鼓動が激しくなり額に脂汗が浮かぶ。嫌だ、考えるな。考えてはいけない……。 「メルヴィ様?」 24
2013-07-05 20:42:24宿の中からクシュスの呼ぶ声がする。メルヴィは開きかけた記憶の扉を強引に閉じ、クシュスを追いかけた。大丈夫、クシュスがいるから。大丈夫……。いつもは気味悪くニヤニヤ笑っているようなクシュスの顔も、そのときは優しく微笑む慈母のように見えた。 25
2013-07-05 20:53:48シャワーを浴びたメルヴィは軽い服装になりベッドに横になった。隣の床ではクシュスが床に道具を広げていつもの”儀式”の準備をしている。そう、その儀式は日課になっておりどんなに忙しくても週に一回は繰り返している。 27
2013-07-05 21:10:08香炉に火が灯され、不思議な香りのするオイルを温める。銀の香炉からはすぐに紫の煙が立ち上った。 「メルヴィ、おいで」 にこりと笑ってクシュスが手招く。 28
2013-07-05 21:16:56メルヴィはふらふらと立ち上がり、クシュスの腕に抱かれた。クシュスは結跏趺坐で座り下着だけを身につけている。赤子のようにやさしくメルヴィを抱いたクシュスは彼女の耳元で短い呪文を繰り返す。まるで子守唄のようにゆっくりと、落ちついた口調で。 29
2013-07-05 21:27:16メルヴィは目の前がぼやけて、精神が曖昧になっていくのを感じた。彼女はこの儀式のことについて深く考えるのが怖い。何故この儀式を繰り返すのか、何の意味があるのか、いつから繰り返しているのか。それを考えると酷く恐ろしくなって思考が暗転してしまうのだ。 30
2013-07-05 21:33:02この儀式はとても魂が安らぐ。クシュスは苦手な女だったが、彼女の胸に抱かれて耳元で呪文を囁かれるとまるで自分が赤子になったように落ちつくのだ。クシュスの甘い香りが香の痺れるような香りと合わさって、日だまりにいるように眠くなる。 31
2013-07-05 21:39:07「大丈夫、心配や恐れはいりません。すべて上手く行きますよ、メルヴィ」 メルヴィは、そのまま心地よい眠りの闇へ沈んでいった。 32
2013-07-05 21:44:24クシュスは朝五時丁度に目を覚ますと、メルヴィを起こし会見の準備をした。準備と言っても何を話すか確認したり身だしなみを整えるくらいだが。メルヴィは黒いスキニーパンツに灰色のミニワンピースといういつものいでたちだ。 34
2013-07-05 21:57:26クシュスはいつものように分厚い革マントの下は深紅のレオタードという戦闘魔術師の姿だ。アンバランスな二人は最低限の荷物だけを持って宿を発った。スネークタン家の宮殿前にはバス停があるのでバスに揺られて行くことにする。 35
2013-07-05 22:05:23メルヴィはバスの窓から街並みを眺めていた。田舎娘のメルヴィには新鮮な光景だ。規格通りに整形されたセラミックプレートでできた街並み。セラミックは様々な形に自由に整形でき、安価で量産ができる。都市部で必ず見られる素材だ。 36
2013-07-05 22:11:50ベージュ色の街並みは排ガスで汚れくすんでいる。メルヴィは旅が終わりに近づくのを感じてきた。もうすぐ帝都なのだ。帝都に行けば月への渡航手段が手に入る。帝都はどんな所なんだろうか。街には魔法使いが溢れ、機械仕掛けの工場が唸る灰土地域最大の都市……。 37
2013-07-05 22:16:39バスがスネークタン家前のアナウンスを始めた。クシュスが壁についたボタンを押し降車の意思を伝える。やがてバスはゆっくりと巨大な宮殿の前に停車した。乗客がざわつく。そんなにここに停まるのが珍しいのだろうか。 38
2013-07-05 22:20:21乗客の視線を感じながらメルヴィとクシュスはバスを降りた。錆びたバス停の後ろには、巨大な立方体の宮殿があった。生気を感じないこの真四角の建物には、暗い四角の穴がいくつも規則的に開いている。窓だろうか。それにしては小さく少ないが。 39
2013-07-05 22:26:25行く途中で見た街並みとは明らかに違う異様さがそこにあった。セラミックとも違う不思議な白塗りの宮殿には汚れひとつついていないように見える。宮殿は5メートルほどもある有刺鉄線付きの壁に守られていた。まるで要塞だ。 40
2013-07-05 22:33:32バス停の前には大きな鉄の門があった。門番が二人直立不動で立っている。魔法の鎧で全身を覆い表情は窺い知れない。 「こんにちは。ここで降りるひとは珍しいのですか?」 メルヴィは門番に何気なく話題を振る。 41
2013-07-05 22:43:32「要件を」 機械的に門番は返事をする。愛想のなさにメルヴィは少し気後れしてしまったが、クシュスは書類を手渡す。 「今日会見をしたい者です。この前連絡したメルヴィとクシュスです。ミクロメガス様の――」 42
2013-07-05 22:52:18「それはおかしい」 門番はクシュスの言葉を遮った。 「その二人は10分前に到着し会見に臨んでいる所だ。もしや偽物では……」 「あら、偽物は先に来た方かもしれませんよ。わざわざ後から来る偽物がありましょうか?」 43
2013-07-05 22:56:39「ここで待っておれ」 門番が壁に設置された電話機の蓋を開ける。 「それでは遅すぎますよ」 一瞬にしてクシュスとメルヴィの姿が消えた。透明になったのだ! クシュスはメルヴィを抱き、ジャンプして壁を飛び越える。 44
2013-07-05 23:02:01メルヴィは驚いてしまったが、クシュスの意をくんで声は出さなかった。押し通ろうというのだ。クシュスは綺麗に着地し、透明化を解く。透明化しなければ対空装置でハチの巣になっていただろう。メルヴィを抱きかかえたまま、驚異的な速さで宮殿の中に侵入する。 45
2013-07-05 23:05:25扉の向こうで門番のわめく声が聞こえたが、やがて遠くなり聞こえなくなる。メルヴィは心配になった。こんな強引な方法で……いくら危ない状況だからと言っても後の交渉に影響は無いか心配になったのだ。不安そうにクシュスを見上げると、彼女はウィンクで応えた。 46
2013-07-05 23:12:05宮殿の中は殺風景な白塗りの通路が続いていた。いくつも脇道があったが、迷うことなくクシュスは駆ける。魔法使いの使う建築物探知の魔法を使っているのだろう。そして一つの扉の前で止まり、メルヴィを下ろす。 「杞憂でしたね」 47
2013-07-05 23:21:56クシュスは振り返ってそう言った。そして扉をゆっくりと開ける。そこは小さな応接間で、樫の木の大きなテーブルがあった。そこに……席についたまま伏している二人分の死体があった。二人とも女性で、背格好がメルヴィやクシュスと似ていた。 48
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