第八十九話:『来ないで』 第九十話:月の酒 第九十一話:替わり身
- C_N_nyanko
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「来ないで」 そう言って、電話は切れた。 着いた先の邸宅の門で、私は車を待った。 じきに、上等そうな黒の外車が止まる。 「なんだね、邪魔だよ」 運転手が、道の真ん中に立った私を睨んだ。 私は、告げる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:45:10「『来ないで』」 途端、私の体がメキメキと変化した。 巨大な顎を持った蛇の化物になり、道を塞ぐ。 その蛇の額で、一人の女がケタケタ笑っていた。 蛇は牙を向き、車に噛み付き、前部分を爆破させる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:45:35幸い怪我はしていないようだったが、運転手は泡を吹いて倒れた。 「やりすぎたかしら」 私は元の姿に戻って、ひょいと様子を見る。 後部席のドアが開いて、ボディーガードに守られた女が、じっと私を見た。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:46:35「誰に手を出したかご存知? お嬢さん」 女は、冷たい目で私を見る。少しの冷気が、身を刺した。 流石に少し驚いた。人間が、瘴気を使うなど。 身の程知らずも、いいところ。 「――私が何かご存知? お姉さま」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:46:59私ははっきり彼女を睨み据えて、本物の瘴気を視線から流し込んだ。 たちまち女は青ざめて、カタカタ震えだす。 私はさっさと邸宅をあとにした。 少し個人的な感情を挟んだが、構わないだろう。 それにしても。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:47:20と、私は邸宅を振り返る。 あの女も然ることながら、電話の主も大したものだ。生霊になってまで、この私を呼び寄せるなんて。 一体どんな人間がいるのだろう。一体どれだけの執念が、あの邸宅に渦巻いているのだろう。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:48:18想像して、不気味になってやめておいた。 今も昔も、人間の執念にはかなわない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:48:36「月を見ながら、酒が飲みたい」 と、その女は唐突に言った。 「君は未成年じゃないの?」 僕は訊ねる。 その女は首を振った。 「私はこう見えて、よく年をとっているよ」 「そう、悪いことを聞いたよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:19:20僕は素直に詫びる。そういうわけで、僕はアルコールを買って帰った。備蓄も切れてたしね。 それで、部屋に帰って君と二人で季節はずれの月見をすることにした。今思えば、男の部屋に女を上げるなんて若干不躾だったと思う。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:20:43けれどその女は、妙な雰囲気があって、そういうやましい感情の範疇外にいる気がしたんだ。 「君、家は?」 訊ねると、彼女は妖しく笑った。 「悪魔に家など必要ないよ」 「もっと面白い冗談言えよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:21:28僕はやれやれと呆れながらも、徳利から酒を注ぐ。君は盃を月に捧げてから、くいと一杯飲んだ。 「帰りたくなるね、いい月の夜だ」 「やっぱり家はあるんじゃないか」 「悪魔の故郷は月さ」 君は、ほら、と月を指差した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:21:52「このまま月にとろけて、戻れたのなら」 と。 月に伸びた君の指が、ふぅ、と透けた。驚く僕の目の前で、君はみるみるうちに透けて、金の粉になって空へ舞い上がっていった。 あたかも、月が飲み干しているかのように。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:22:31その女が何だったのか、どういう縁で一緒にいたのか、僕は全く思い出せない。 けれど、ふとした折に、思うのだ。 月の酒が、悪魔なのだとしたら。 「――さぞかしうまい酒だろうよ」 僕は一人呟いて、月夜を歩いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:24:27一昨日の話をしようと思う。 目が覚めると、ぬいぐるみになっていたんだ。 「むー」 思わず呻いて、体を見渡したよ。その度に、もて、と、短い手足が動くんだ。僕は、というか、僕の体は、呑気に口を開けて眠っていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:38:03「まったく、なんでこんな目に」 腰に、むきゅ、と手を当てて、考えたよ。そして、ぽむ、と手を打った。 「そうだ、これは夢だ」 そういうわけで、もう一度眠ることにした。目が覚めると、きちんと元の体に戻っていたよ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:38:24「やっぱりこの体が一番だ」 僕はほっと胸をなでおろした。 と、 「そうそう」 隣で同意する者がいる。 目を向けると、僕がさっきまでこもっていたぬいぐるみが、やれやれと首を振っていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 01:38:37「人間の体は壊れやすくていけないよ。君、大事に使ってやれよ」 そう言って、ぬいぐるみは、さっきの僕と同じ姿勢でぐぅすか眠り始めた。 そんな、替わり身の話。 やっぱりみんな、自分の体が一番らしい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
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