第二十二話:金魚すくい 第二十三話:猫又 第二十四話:帽子
- C_N_nyanko
- 1103
- 0
- 0
- 0
去年の夏のこと。 近所でちょっとした祭りがあったから、友人とふたりでぶらぶら出かけた。いろいろ屋台が出るから、眺めるだけでも随分と楽しいしね。 その一角に、金魚すくいの店があった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 22:57:54特に変わったところはない。子供がぐるりと水槽を取り囲んで、金魚をすくう。抜群にうまい子供もいて、機械のように正確にすくっては器の中へ放っている。 僕はそれを何となしに眺めていたが、とある女性を目に留めた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:00:18年は三十近くだろうか。黒い浴衣姿で、ポイを片手に水槽を眺めている。時折手を動かしては、いたずらに器へ水を入れている。 やがて器が水でいっぱいになると、彼女は店の男に頼んで袋をもらい、その水を持ち帰った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:00:32気になったので、僕は友人に一言断って彼女の後をついていった。あけすけな話、美人だったしね。 彼女は一人下駄を鳴らし、祭りの賑わいから離れた薄暗い方へ向かってゆく。 「あの」 僕は思い切って声をかけた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:02:56彼女はゆっくりこちらを振り向いた。 「ああ、あなたですか。金魚すくいの時、私をずっと見てらっしゃいましたよね」 声が、ひどく優しい。 「この水が、気になるんでしょう?」 見通されて、僕は照れ隠しに笑った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:05:36ひょい、と、彼女は水を月明かりに照らした。ゆたり、と、何かが揺らめく。 「金魚ですよ」 彼女は目を細めた。 「いいえ、なりそこないとでも言うべきでしょうか。途中で死んでしまった金魚の、残滓のようなものです」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:06:02この子たちが好きなんです、と、彼女は笑んだ。 「餌もいりませんし、何より、決して死にません。私たちのあいだではめでたがられるので、立派に育てた子は人へ譲ります」 彼女は僕を見つめた。 「あなたもいかがです?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:08:17「譲ってくださるんですか?」 僕は目を丸くする。 「ええ。まだこの子たちは小さくて弱いですけれど、もし今度お会いできたら、その時は立派な子を差し上げましょう」 これも何かの縁ですから、と、彼女はまた笑んだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:09:28そういうわけで、僕は今年の夏、少し期待をしている。金魚鉢も一応用意したしね。 月下金魚なんて、なかなか風流だろう? もっとも、僕にはよく見えないのが残念で仕方ないのだけれど。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-23 23:13:18相変わらずの調子で、君は好物を頭からバリバリ貪っていた。 「腹を下したりはしないの?」 訊ねると、君は自慢げにニヤリと笑う。 「何年こいつをかっ食らって生きてると思ってるんだ、兄さん」 君は舌を出す。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:05:29「慣れれば美味なもんさ。嫉妬の姿を知れば知るほど、相手の女が愛おしくなる。それもいい」 「君、昼ドラ録画して何度も見直すタイプだろ」 僕には理解できない話だった。 何が好きで、人の修羅場に首を突っ込むのか。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:06:38「ご明察」 君は手を叩いた。 「人が感情を剥き出しにして戦ってる、それだけで楽しくてさ」 「君には勝てる気がしないな……」 「あ、でも」 と君は言った。 「チョッとした話なんだが、俺にも不得手はあってね」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:09:29「ふぅん」 お決まりの相槌を打つ。気が進まないように切り出す君が、本当は僕に何か話したくて仕方がないのだとよく知っているからだ。 「それで、どんな話なの」 君は僕をまっすぐ指さした。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:09:55「例えばだ、今日の兄さんは何だか嫌な感じがするね。なぜだか話したくもないし近づきたくもない。ゾクゾク寒気までする」 「人を前に失礼なやつだな」 「だから、それが俺の不得手ってわけさ」 君は肩を竦め、僕を見た。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:10:13「兄さん、あんた今日猫でも触ったか?」 「あ」 それなら心当たりがある。 「拾ったよ。賢そうな子を」 「それだ」 君は合点が言ったように手を打ち、困ったように額を押さえた。 「何でそんなもん拾っちまうかな」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:11:25「可哀想でついね。なんだか懐かれちゃったみたいだし」 「とにかく」 君は言った。 「猫だけはダメなんだよ。あいつらは悋気に障る。なぜだか女の気まぐれを増幅させるんだ」 「へぇ」 なんとなくわからなくもない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:12:12「そんな状態の悋気なんか食べてみろ、俺の思ってるより極端に薄かったり濃かったりして食えたもんじゃない。なによりあいつらと目が合うと、腹の中で悋気が暴れるんだ」 猫はダメだ、と、君はかたくなに首を振る。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:12:33「そんなに嫌いかぁ」 僕はやれやれとため息をついて、背後に呼びかけた。 「おいで」 君はぎくりと身をこわばらせる。 とことこと、一人の男の子が歩いてきた。黒い子供用スーツをきっちり来た、無表情の男の子。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:13:07男の子は僕の膝の上にちょこんと乗って、君をまっすぐに見た。 「何、こいつ」 君はいくらか気味悪がって訊く。 「自己紹介できるかな?」 そう訊かれ、男の子はくっと首を傾げた。その仕草に、君の表情がひきつる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:13:35男の子は口をパカリと開けて、牙を見せた。目が、金色に輝く。 「ニャァ」 男の子は、一声鳴いた。 途端、君の手提げがポンと跳ね上がった。 「あっ!」 君は慌てて手提げに手を伸ばす。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:14:09しかし時すでに遅く、倒れた手提げから巨大な蛇がぞろりと姿を現した。男の子の目が素早く向く。 「ダメだよ」 僕は男の子を後ろから抱え込んでおとなしくさせた。その間に蛇は足元をするする這って、店の外に逃げ出す。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:14:37「そんなもん持ち込むなんて、兄さんあんた何考えてんだ!?」 僕は詫びたが、君は聞いちゃいない。 「兄さんにゃ悪いが、あんたには当分会わないからな!」 そう怒鳴り捨てたあと、君は蛇を追って店を出て行った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-24 00:15:51