第十話:ドロップス 第十一話:水を得た魚 第十二話:影法師
- C_N_nyanko
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昔のことでも話そうと思う。 家の近所に、とある美人が住んでいた。 「僕、飴をあげようか」 その人はカラリとガラスの瓶を揺らして笑った。 僕はその人に好意的だったのに、その飴だけはなぜか苦手だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 12:50:15とても甘い飴で、他の子はひどく好んでいたのに、なぜだか僕だけは、どうしてもその飴を好きになれなかったのだ。 そんな僕に癇癪を起こすでも、僕を倦厭するでもなく、その人は優しくしてくれたのだけど。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 12:52:47ある日のこと、僕はたまたまその人の家に上がり込んでいた。子ども好きだったのか、ここいらの子どもは学校が終わると皆一度その人の家に寄ってお菓子をもらって帰っていたのだ。 けれどその日、家はやけにしんとしていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 12:54:26部屋の奥から女の人の啜り泣きが聞こえた。僕はそろそろと近づいて、見た。 その人ははらはらと泣いていた。すぐ近くに、飴のガラス瓶がおいてあった。 あぁ、と、納得した。 あれは、涙の、悲しみの味だったんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 12:58:10きっと悲しみを瓶に詰めて、甘くて幸せなものに作り変えていたんだ。 不思議と疑問は抱かなかった。僕は、そっと家をあとにした。 外は俄雨だった。あの人のために空も泣いてるんだ、と詩人めいたことを思ったりした。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 13:03:32いま思えば子どもじみた御伽噺だが、当時の僕はその自論に大いに納得した。素敵な人だったしね。 ところで先日帰省してその人に会ったよ。 昔と何一つ変わらぬ笑顔で、こう言われたんだ。 「僕、飴をあげようか」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 13:12:01また僕の体験した話をしたいと思う。 その日は雨が降っていて、僕は傘を差して歩いていた。ぽつぽつと降るような雨で、一粒一粒が重たくてね。傘がよくポンポンと音を立てた。 それで、信号で止まった時のこと。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 16:16:52道路の真ん中で、魚がポン、と跳ねた。 僕は驚いて目を見開いた。赤くて大きな、魚。 周りの人は手元や足元を眺めていて気づいていない。 あれは何だ。 僕の目は釘付けになった。 雨の中、魚はまた跳ねる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 16:40:32と、信号が変わって車が動き始めた。魚はもう跳ねない。 僕は少し小走りに、横断歩道の中央まで走った。 魚は、いない。 変わりにひとつ、薄汚れたキーホルダーが落ちていた。 ちりめんの、金魚だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 16:52:04捨て置くのも惜しかったので、少し浅ましい気がしないでもなかったが、僕はそれを拾った。 手の中でバタついた気がしたが、気のせいだろう。 そのままポケットにねじ込んで、何事もなかったかのように横断歩道を渡った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 17:02:05今僕のかばんについているのがそれだ。 洗ってみるとなかなかにいい色合いで、気に入りの一品になっている。 ただひとつ。 雨の日に水を求めて跳ねようとするのが、難点なんだけれど。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-19 17:03:16君は近頃上機嫌だった。 機嫌は良いに越したことはないんだが、僕は君がさして好きではないから手放しで喜べない。 君は気に入りの手鏡を手提げにしまいながら言った。 「ところで、人は自分と同じものが好きよね」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 08:18:29「突然だね」 僕は机に頬杖をついたまま言う。 「なんでそんな話を?」 「少し思いついたの。女の子の人形遊びは、ぬいぐるみの愛玩とは少し違う気がするの」 「ふぅん」 「まぁ、根拠はないんだけれどね」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 08:30:45君は手を組んで、その上に顎を乗せた。 「恋愛ってきっと同等でないと成り立たないの。それ以外の思いは、愛玩、或いは憐憫、憧憬。これは全然違うわ」 「よくわからないな。全部『好き』じゃダメなの?」 「えぇ、だめ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 08:36:47君の小難しい自論に僕は、頭を掻いた。と、授業終わりのチャイムが鳴った。僕は立ち上がった。 「移動するよ。次の授業人気だから、席を取りたいんだ」 君はカフェの席に座ったまま、行ってらっしゃいと手を振った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 08:42:45授業が終わる頃にはすっかり夕方だった。 カフェに戻って、夕飯代わりのパンを買うことにする。 「昼間の子よね」 会計中に、店員が確認するように言った。 「忘れ物があるの。届けてもらえる?」 「忘れ物?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 08:46:47渡されたのは君の手鏡だった。君にとって欠かせないもののはずだ。 ひどく胸騒ぎがした。 挨拶もそこそこにカフェを出て、君に電話した。 「もしもし、君、鏡を忘れたよ」 すると、君は言った。 「私、見つけたの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 08:54:43「何を?」 「愛」 埒のあかない返事だった。 「そりゃおめでとう。ところで鏡を返したいんだ。君は今どこ?」 「愛の隣よ」 「ロマンスを聞きたいんじゃない」 君は笑った。 「私もう、孤独なあなたとは違うの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 09:03:21何を言いたいのかさっぱりだった。元から君のことはあまり好きでもなかったから、焦りはすぐ苛立ちに変わる。 「君な、からかうのもいい加減にしろよ」 声を荒げてふと、目の前に誰かがいるのに気がついた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 09:05:49ぴったり寄り添う二つの人影。 いや、違う。これは、ただの影だ。それが、人のように厚みを持って、立っている。 目を見張る僕を見て、一方の影が笑った。 「あら、会えたわね」 それは、君の声だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-20 09:09:07