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記紀などの日本神話研究は学問的であるべき

記紀などの日本神話研究は学問的であるべきだと思います。
人文 日本神話
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伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
直木孝次郎『神話と歴史』より。「論理的・学問的な歴史が力を失えば、そのつぎにあらわれるのは、情緒主義・精神主義の歴史学であり、それが軍国主義の歴史登場の露はらいをつとめることは、それこそ歴史のおしえるところである」: 「美しい日本」などは情緒主義以外の何物でもない。
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
『神話と歴史』後書き、西宮秀紀氏(愛知教育大学教授、2006年3月)、「自国の歴史を深く学習していない、あるいはその機会を与えられていない学生・教員が育っているのが現実である。その間隙に乗じて、いつ記・紀神話や神武天皇が教科書に史実として登場する時代がこないとも限らない」
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
岩波『日本書紀上』解説より。「江戸時代は天皇の主権者としての地位が失われており、記紀の説話を神性不可侵のものとする政治的必要が存在せず、初めて記紀を合理的な認識の対象として見ようとする態度が形成された」
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
承前)『日本書紀上』解説より。「神武天皇学年辛酉から六百年を減じなければ外国との年紀が合わないことをはじめて唱えた藤貞幹の『衝口発』(天明元年(1781年)著)・・に対して、本居宣長は『鉗狂人』の一撃を与えてこれを葬り去ろうとしたけれど、 (続く)
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
承前) 宣長の門人である伴信友さえも、・・日本書紀の紀年が辛酉革命の説によつて作為されたものであることの論証を行うにいたり、やがて明治の学界でその説はさらにいっそう推進されることになるのである。・・。明治憲法下では、学問の自由は保障されず、 (続く)
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
承前) 「国体観念」の神聖を脅かすおそれのあるような学問研究はきびしく抑制されていたので、明治以降の記紀研究には、ある点で江戸時代よりもかえって後退した面さえ生じているのである。 (続く)
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
承前) ・・そのような停滞を打ち破り、記紀の所伝に対する徹底した科学的批判を遂行して前人未発の業績を築きあげたのが、津田左右吉であった。・・(戦後は)神話説話の科学的究明に対するタブーの解けたことによって、記紀神話に対する比較神話学的・民族学的・民俗学的研究が極めて活発に展開・・
伊藤公紀 @Itoh_Kiminori
承前) 今後の記紀研究には、何よりも政治的権力とその走狗による真実の歪曲を断乎として拒否する強靭な科学的精神の堅持と、加えて、これまで分散的な形で専門家してきた諸学問領域の研究成果を総合させるため、異なる専門間の緊密な多角的究明の達成が要望されている・・」(以上、家永三郎)

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