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【初心者向け】三式中戦車のお話

暇な時間を使った簡単な小話です。 今回は三式中戦車の大まかな開発経緯とその装備概略、そして実際の編成について話しています。
軍事 旧軍 戦車
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這い寄る混沌@C96:月曜西こ-23b @Nyarlathotep_44
今でこそ本土決戦の主力と認知されている三式中戦車ですが、その開発は元々旧陸軍の予定には無かった戦車でした。では何故この戦車が開発されたかというと、ソレ以前の話を振り返らないといけません。
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昭和17年度の兵器行政本部研究方針にて提案された次期中戦車案(甲)(乙)(丙)の3種が吸収・統合され、後の四式チト車・五式チリ車として案がまとまったのは昭和18年7月のことであり、この頃にはまだ三式チヌ車の名前すら片隅にもありませんでした。
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しかし、当初長砲身57mm戦車砲にて開発していたチト車は、次第に強化されていく他国戦車に対向するためにチリ車にて研究していた75mm砲に搭載砲を変更することとなり、大幅な見直しが必要となることで新方針の戦車の量産見込みは昭和20年度以降とズレこむことになります。
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それに対し、これ以後厳しくなるであろう敵戦車との対抗するために、陸軍は早急に代用戦車の開発に迫られることとなります。そのために昭和19年4月に立案された一式チヘ車改造の対戦車戦闘力強化案が「中戦車(丙)」が三式中戦車の原案です。
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昭和19年度に突如現れた「中戦車(丙)」は昭和18年度に中戦車(乙)と統合された「57mmもしくは75mm加農砲を搭載する」という(丙)概念的な案とは違い、一式中戦車にチト車用の長砲身57mm砲を搭載するという具体的な案で構成されていました。
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しかし、チト車に搭載する75mm砲の搭載と長砲身57mm砲の陳腐化もあり、同年5月には中戦車(丙)は野砲級搭載車両と変更され、最終的には今のような九〇式野砲を原型とする主砲を搭載する形に収まることになります。
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そして開発着手から4ヶ月後の昭和19年9月には九〇式七糎半戦車砲Ⅱ型を搭載する試作車が竣工し、同年度内には三式チヌ車の本格生産が開始されることとなりました。
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このように、三式中戦車は早急な戦力化を目指すために急ピッチで作られた、いわば「改造戦車」という訳ですね。では次は三式中戦車の中身について触れていきます。
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三式中戦車の車台は一式中戦車からの流用で、その内容も九七式中戦車車台を元に、溶接接合で形成された車台に後部を若干延長して機関を変更したものですが、砲塔の拡大と重量増加に伴って砲塔リング径の拡大と車台の補強が行われ、一部機関室上面のハッチが見直されたりと細かな改修が見られます。
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しかし装甲は一式チヘ車のそれと変わらず最大装甲厚も50mmで収まり、対する米国のM4中戦車に対向するには心もとない厚さでした。しかし、これもあくまで三式チヌ車が早急な戦力増強の為に準備された「改造戦車」という位置づけな以上、仕方ない面かもしれません。
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三式チヌ車の砲塔は、元々五式チリ車の設計当初に企画された小型砲塔の図を参考とし、砲塔旋回用モーターも五式チリ車のものから流用して開発されています。それを支える機関はこれも一式チヘ車と同様の一〇〇式統制ディーゼルエンジン(240hp)でした。
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このエンジン出力はサイズが九七式チハ車とほぼ同じものですが、出力が170馬力から240馬力に上がっており、全備重量21トンである三式チヌ車の出力対重量比でも11馬力強を出せ、時速40km/hとほぼ九七式チハ車と同じ程度の速度を出すことが可能でした。
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その代わり他の操向装置やサスペンションなどは特に大規模な改修はされず、サスペンションが強化されるだけに留まっています。どうやらサス関係は重量的には許容範囲のうちでもあったようです。
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武装は九〇式野砲を元にした三式七糎半戦車砲Ⅱ型を搭載しており、他に車体前面に車載機関銃を1挺搭載、車内にも機関銃が1挺保管されており、この1挺は予備、または対空機銃座に搭載して使用するために装備されています。
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九七式チハ車にまで見られた砲塔後部機銃は搭載スペースの関係上オミットされています。砲塔に適切な装備位置がなく、やむなく見送る旨が「チヌ車に係わる件」にて記述されています。
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そして気になる三式七糎半戦車砲Ⅱ型は砲口初速517.8m/sとそれなりに初速と威力を持ち、一式徹甲弾を使用した場合は射距離500mで80mm、1000mで70mmの鋼板を貫徹し、徹甲弾特甲となると射距離500mで100mm、1000mで85mmの鋼板を貫徹させる事が可能でした。
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一式徹甲弾の貫徹力は射距離500mにてM4中戦車の正面非傾斜部を貫徹できる可能性があり、運の要素が関わってくるものの、概ね中距離からM4中戦車を撃破することが可能でした。しかし、それでは確実性が薄いので基本的には敵の側背面を遠距離から攻撃すべしと結論付けられています。
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昭和20年に刊行された「戦車用法」では「三式中戦車は600mに於いてM4戦車の正面を貫徹しうるも命中角の関係上その公算は僅少にして、側面及び背面を攻撃することを要するを多し」とあり、極力側背面からの攻撃を行う事を重視していたのが分かりますね。
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そして三式七糎半戦車砲Ⅱ型の撃発方式はトリガーやボタン式ではなく、野砲と同様に砲の右側に取り付けられた拉縄を引く事によって行われます。これは主に撃発手、いない場合は無選手が兼用し、砲手の判断による射撃のタイミングが微妙にズレる問題があります。
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また、三式七糎半戦車砲Ⅱ型の拉縄は、車長よる臨時射撃の為に拉縄を短く切り詰めることは硬く禁じられていました。この辺りで勘違いしている人がとても多いですが、三式七糎半戦車砲Ⅱ型の撃発は、基本専用の撃発手か臨時で無線手が行うものであり、車長が積極的に撃発を行うことはありません。
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三式七糎半戦車砲Ⅱ型の採用は、他に砲塔に4人が乗り込む事での他の砲塔3人乗り戦車との兵員面での不利益など、通常の戦車とは違うマイナス面がありましたが、これは戦力増強を早急に行った為であり、結果としてはやむを得ない感があります。
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拉縄に関しては、以前Wikipediaが間違った書き方をしたために広まった話かと思いますが、今は修正されてるので一安心ですね。
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そんな三式中戦車の量産は昭和19年から55輌が竣工されており、昭和20年には240輌が予定され、四式チト車への生産移行によって最終的には295輌で生産を追える予定でした。
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