モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer IV~
- IngaSakimori
- 2014
- 0
- 0
- 1
志智との距離は横2メートル。挑発するような流し目。 「マナー違反というのなら、タオルは取りますけれど?」 「い、いや、それでいい。取るな。いいか、取るんじゃないぞ?」 「意外にウブですわねえ……わたくしとしては、いつでも構いませんのに」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:42:23「か、構っ……構うだろ。そ、そういうのは」 「………………くすくす」 動揺する志智の姿がよほど楽しいのか、亞璃須はにやにやと笑いながら、小波も立てずに1メートルの平行移動。 ばしゃばしゃと音を立てて、志智の体が同じだけ逃げる。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:42:34「そんなに遠くにいると、話もできませんわ」 「十分聞こえるだろっ!!」 亞璃須(ありす)が追う。志智(しち)が逃げる。 何度か等距離の移動を繰りかえして、志智が壁際に追いつめられると、亞璃須はその正面に居をかまえた。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:43:04「さて、これで王手ですわね」 「いったい何の勝負だよ……」 「志智。キャンプになにか嫌な思い出でもありますか?」 不意に真顔で問いかける亞璃須。志智はつまらない失言でもしてしまったかのように、顔を背けた。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:43:19「別に……ないよ」 「嘘ですわね。さもなくば、火に嫌な記憶でも? 夕食のとき、ひどく悲しい顔をしていましたもの。わたくしが見逃すと思いますか?」 「……お前、そういうところ鋭いよな」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:43:34「あなたのスパーダが細かくモデファイされていても見おとすでしょうけど、志智自身の変化は絶対に見おとしませんわ」 「そこまで断言されると、誤魔化しも効かないよな」 大きくため息をついて、肩をすくめる。 そんな志智の仕草を見て、亞璃須は満足げに微笑んだ。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:43:58「……葬式のことを、さ。思い出したんだよ」 「お葬式……?」 「うちの両親は……俺が中二の時に飛行機事故で死んだんだ。 戻ってきたのは骨だけだった。俺は当時、何がなんだかさっぱりわからなかったんだけど……いきなり、さ」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:44:11「小さな箱が届けられて、そこに入ってる白い棒みたいな何本かが……これが父さんと母さんだって、言われてな。 もうとっくに骨だけになってるのに、燃やしたんだ。思い出の品とかさ……煙にして、送ってやるんだって。 その時のことを少し思い出しただけさ」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:44:22「………………志智」 「……夕食は楽しかったぜ。 炭火焼きっていうのは、うまいよな……千歳の料理もおいしいけど、キャンプならではのああいう味はなかなか出せないな……」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:44:32「あなたは優しい人ですわね。 そういうところ、とても好きです」 「そいつはどーも」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:44:46うつむいたその頬に流れた水滴が、温泉の湯気によるものなのか、そうではないのか。 亞璃須は確かめようとしなかったし、どちらでもよいことだった。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:44:53「でも、本当に楽しんでるんだぜ、俺」 「………………」 志智が顔を上げたとき、その瞳に悲しみはない。 ただ、僅かながらの脆さはある。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:45:11「ツーリングが楽しいなんて━━そんなことすら知らないで。 俺はバイクに乗り始めて。あの場所を……大多磨周遊道路をめちゃくちゃに攻めまくってさ。 お前と遭わなかったら、きっと今頃、父さんと母さんのところにいたんだろうな……」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:45:23「……そうですわね。 あの時のまま、走り続けていたら遠からずそうなっていたと思いますわ」 「それはそれで本望だったんだ。 俺は……それでも良かった。 ああ、それが良かった。お前だけが知っている通り、俺はそれを望んで走っていたんだ」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:45:36「………………」 「たまに思うんだよ。 俺は……あの時よりすこしくらいは、バイクに乗ることがうまくなっているかもしれない。 人生ってやつも楽しんでいるのかもしれない」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:45:50「誰かと一緒に走って、話して、笑って、飯を食ってさ……こういうキャンプ場に泊まったりするのがすごく楽しいことだって……それも知ることができた。 だけど、思うんだ。 俺はあの時より……実は弱くなっているんじゃないかって、な」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:46:12「それは……」 そんなことはないと口にしようとして、亞璃須はなぜか言の葉を紡ぐことができない。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:46:21(確かに志智は。あの頃の志智は、今よりも……) 強かった。間違いなく強かったのだ。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:46:34だが、強いとはなんだ? モーターサイクルに乗って、速く走れるということだろうか。 そうではない。亞璃須の唇を思いとどまらせているのは、そんな単純な強さではない。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:46:44「……あなたは自分が弱くなっているとしたら、どう思いますか?」 「俺は男だからな。 なんていうかな……恥ずかしいとまでは言わないけど、残念だよ。大したことじゃないけどさ。 本能的にって言うか……やっぱり、残念な気持ちになるな」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:46:58「わたくしでは、あなたを強くすることはできませんか?」 「……強くする?」 「ええ、そうです。 弱いままでいいなんて軟弱なことは言いませんし、あなたは弱くなっていないなんて、適当な慰めを言うつもりもありません」 「……そう、か」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:47:19「志智。あなたは強い人です。強くなれる人です。 両親の死を乗りこえ、家庭を支え、妹を守ってあげることのできる、強い男の人です」 「そうなのかな。そんなの、兄貴としては当然のことじゃないか?」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:47:37「いいえ。当然を超えて、とてもとても立派なことですわ」 「自信ありげだな」 「わたくしも長女で姉ですから」 「なるほどな」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:47:52志智の表情がほころぶと、亞璃須はほっとしたように笑った。 それは理由も分からず泣き続けていた幼子が、やっと寝息を立て始めたときの母親のようだった。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:48:03「━━わたくしは。 わたくし、日原院亞璃須はあなたの隣に立ち続けられる女です。 あなたに置いていかれることはない。あなたをおざなりにすることもない。 三鳥栖志智。あなたと同じスピードで。あなたと同じ生き方で。 一緒に歩んでいける存在です」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:48:24