モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer IV~
- IngaSakimori
- 2006
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薄い煙が天に立ち上り、集まろうとした虫たちを追い払う。 ひんやりとした高原の空気と、頬を撫でる程度の風を感じていると、夏がどこかへ逃げ去ってしまったようにも感じられる。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:30:19「……火、か」 炭の塊が五つ、六つ。 赤々と熱を振りまいて、コンロに敷いた網の上にならんだ肉と野菜を踊らせている。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:30:33パチンと何かが弾けたような音がして、白化した炭の一塊がその形を崩す。ほんのわずか、灰が燃え立つコンロの中で舞う。 三鳥栖志智(みとす しち)にとって━━それは遠い日の悲しい記憶を思い起こさせるものだった。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:30:59「……志智?」 「いや、何でもない。……ん、うまいな。これ。やっぱ炭で焼くと違うのかな」 我ながら作った表情だなと思いつつ、志智は赤い部分の残る牛肉をくわえながら、訝しげな亞璃須(ありす)へ笑顔をむけてみせる。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:31:14鍋にわかした湯で炊きあげたレトルトパックの白米を口へ運ぶ。 実にうまい。不思議なことに、最高級のブランド米よりも上等に感じられる。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:31:34(そう……うまい) 胸の中を通りぬける虚無の風と裏腹に、彼の味覚はこんなにも食という本能的行動を楽しんでいる。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:31:43「やっぱり外で食べるご飯はいいですよね~!」 妙にテンションの高い声をあげながら、ティックはジンジャーエールをあおっている。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:31:53あれだけ肉ばかり食べていても、背丈が伸びないのはかわいそうだなと志智は思う。 対して姉の方は野菜八割、わすれた頃に肉といった様子で、トングばかりを持って網奉行に徹していた。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:32:02「ああ、おいしいな~! お兄さん、もっと食べてくださいね。結構たくさん買い込んできましたから」 「言われなくても、腹一杯くわせてもらうさ。キャンプ、本当に好きなんだな」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:32:15「向こうにいたときも、よくやっていたんですけど、何といっても一番楽しいのは、こうやってご飯を食べるときなんです! 本当はその場で調達した食材を調理するのが一番で……あっ、今度は釣りもしましょうよ、釣り。最高なんですから!」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:32:27「わかったわかった。……ああ、わかったよ」 「……そうですわね。 海辺にいくのもいいと思います。もちろん山の中でも」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:32:40燃える火を。 そして、燃え尽きて白骨のように崩れおちていく炭を。 何かにとりつかれたようにじっと眺め続ける志智の横顔を、亞璃須のオッドアイが見つめている。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:32:49「………………」 「………………」 「あれっ。姉さん、もっと食べたら? この前、千歳ちゃんより大きくなるって言ってたじゃないか。お肉からも、ちゃんと脂肪をとらないと━━」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:33:06「ティック。後で痙攣するまで腹筋です」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? な、なんでっ!?」 「大きくなる? なんだ、お前も背がほしいのか? 別に気にしなくていいと思うぞ。あいつは結構あるし、追いつくのは無理じゃないか」 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:33:18「………………志智も反応しなくてよろしい」 「あ、ああ……?」 呆然とする弟を。 そして、なぜ怒ってるのかさっぱり分からないという、志智の顔を。 じっと睨みつける亞璃須の双眸。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:33:33(綺麗だな……) 今更ながらに自分の隣にいるのがとびきりの美少女であることを認識させられつつ、志智の思いは巡る。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:33:44「……あっ、胸か?」 「し・い・た・け。そろそろ焼けてますわよっ」 「うごぉぉぉぉぉぉぉっ!? 熱っ! い、いきなり口に突っ込むな!!」 唇のやけどを気にしつつも、三鳥栖志智はたかがキノコがこんなにも香り高いものだったのかと、思い知るのだった。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:34:09夕食を終えて、片付けも手ばやく済ませて、午後九時。 特に言葉を交わすこともなく、なんとなく三人で満点の星を見上げて、午後十時。 早朝から走りつづけた疲れか、志智が漏らしたあくびにそろそろ寝ようかと言い合ったのが、午後十時半。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:34:41志智と亞璃須がキャンプ場の設備であるコインシャワーを使っている間、ティックが三百回ほどのシットアップ運動(その時点で腹筋が痙攣した)を強いられたものの、特に大事もなく、二人の男子と一人の女子は同じテントの中で眠りにつく。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:34:53━━つまり、三鳥栖志智(みとす しち)が目を覚ましたのは、およそ四時間後になる。 「……何時だ? まだ三時過ぎか」 目覚まし代わりにと、亞璃須(ありす)が枕元に置いたケータイのサブディスプレイが、控えめに時を刻んでいた。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:35:14「う……」 辺りは静かだった。しかし、静かすぎた。 いやに耳鳴りがする。なぜか脳裏によくないものが張り付いている気がした。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:35:24(……ったく。ここ、ひょっとして『出る』んじゃないだろうな) 不思議と恐怖は感じないものの、背中を流れおちる冷たい汗の感触が強く意識されてしまう。 #mor_cy_dar
2013-07-31 14:35:34