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「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮(えんりょ)はありません」 二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:46:46「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、きょう一日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このふねは補給艦だけれどもただでご馳走(ちそう)するんだぜ。」 「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:48:48二人は戸を押(お)して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下(ろうか) になっていました。その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。 「ことに改造済のお方や強い装備をお持ちのお方は、大歓迎(だいかんげい)いたします」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:52:19二人は大歓迎というので、もう大よろこびです。 「君、わたしらは大歓迎にあたっているのだ。」 「わたしらは両方兼ねてるから」 ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水いろのペンキ塗(ぬ)りの扉(と)がありました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:53:57「どうも変な艦(ふね)だ。どうしてこんなにたくさん戸があるのだろう。」 「これはロシア式だ。寒いとこや海の上はみんなこうさ。」 そして二人はその扉をあけようとしますと、上に黄いろな字でこう書いてありました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:55:27「当艦は注文の多い補給艦ですからどうかそこはご承知ください」 「なかなかはやってるんだ。こんな海の上で。」 「それあそうだ。見たまえ、東京の大きな料理屋だって大通りにはすくないだろう」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:56:39二人は云いながら、その扉をあけました。するとその裏側に、 「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい。」 「これはぜんたいどういうんだ。」ひとりの軽巡は顔をしかめました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:57:59「うん、これはきっと注文があまり多くて支度(したく)が手間取るけれどもごめん下さいと斯(こ)ういうことだ。」 「そうだろう。早くどこか室(へや)の中にはいりたいもんだね。」 「そしてテーブルに座(すわ)りたいもんだね。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 02:59:11ところがどうもうるさいことは、また扉が一つありました。そしてそのわきに鏡がかかって、その下には長い柄 え のついたブラシが置いてあったのです。 扉には赤い字で、 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:00:14「お客さまがた、ここで髪(かみ)をきちんとして、それからはきもの の泥(どろ)を落してください。」 と書いてありました。 「これはどうも尤(もっと)もだ。私もさっき甲板で、海のうえだとおもって見くびったんだよ」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:01:34「作法の厳しい艦だ。きっとよほど偉(えら)い人たちが、たびたび来るんだ。」 そこで二人は、きれいに髪をけずって、靴(くつ)の泥を落しました。 そしたら、どうです。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:03:39ブラシを板の上に置くや否(いな)や、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと室の中に入ってきました。 二人はびっくりして、互(たがい)によりそって、扉をがたんと開けて、次の室へ入って行きました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:04:52早く何か暖いものでもたべて、元気をつけて置かないと、もう途方(とほう)もないことになってしまうと、二人とも思ったのでした。 扉の内側に、また変なことが書いてありました。 「主砲と弾薬(たま)をここへ置いてください。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:06:53見るとすぐ横に黒い台がありました。 「なるほど、主砲を持ってものを食うという法はない。」 「いや、よほど偉いひとが始終来ているんだ。」 二人は主砲をはずし、安全弁をかけて、それを台の上に置きました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:08:30また黒い扉がありました。 「どうか髪留(かみど)めと外套(がいとう)と靴をおとり下さい。」 「どうだ、とるか。」 「仕方ない、とろう。たしかによっぽどえらいひとなんだ。奥に来ているのは」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:10:49二人はリボンと艦娘装備を置き、靴をぬいでぺたぺたあるいて扉の中にはいりました。 扉の裏側には、 「魚雷(ぎょらい)、電探(でんたん)、眼鏡(めがね)、財布(さいふ)、その他金物類、 ことに尖(とが)ったものは、みんなここに置いてください」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:13:17と書いてありました。扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いてありました。鍵(かぎ)まで添(そ)えてあったのです。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:15:06「ははあ、何かの料理に電気をつかうと見えるね。金気(かなけ)のものはあぶない。ことに尖ったものはあぶないと斯(こ)う云うんだろう。」 「そうだろう。して見ると勘定(かんじょう)は帰りにここで払(はら)うのだろうか。」 「どうもそうらしい。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:16:26「そうだ。きっと。」 二人は酸素魚雷をはずしたり、電探をとったり、みんな金庫のなかに入れて、ぱちんと錠(じょう)をかけました。 すこし行きますとまた扉(と)があって、その前に硝子の壺(つぼ)が一つありました。扉には斯(こ)う書いてありました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:18:23「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」 みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。 「クリームをぬれというのはどういうんだ。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:19:57「これはね、外がひじょうに寒いだろう。室(へや)のなかがあんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。どうも奥には、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、案外わたしらは、高官とちかづきになるかも知れないよ。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:21:01二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。それでもまだ残っていましたから、それは二人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら喰べました。 それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:22:01「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」 と書いてあって、ちいさなクリームの壺がここにも置いてありました。 「そうそう、わたしは耳には塗らなかった。あぶなく耳にひびを切らすとこだった。ここの主人はじつに用意周到(しゅうとう)だね。」 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:22:59「ああ、細かいとこまでよく気がつくよ。ところでわたしは早く何か喰べたいんだが、どうも斯うどこまでも廊下じゃ仕方ないね。」 するとすぐその前に次の戸がありました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:23:37「料理はもうすぐできます。 十五分とお待たせはいたしません。 すぐたべられます。 早くあなたの頭に瓶(びん)の中の香水をよく振(ふ)りかけてください。」 そして戸の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。 #スズラジ #注文の多い補給艦
2013-08-01 03:24:39