スズラジ…第一回 2012/07/31 26;00~

五十鈴改 @isuzu_kankore

二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振りかけました。 　ところがその香水は、どうも燃料(ねんりょう)のような匂(におい)がするのでした。 「この香水はへんに燃料くさい。どうしたんだろう。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「まちがえたんだ。下女が風邪(かぜ)でも引いてまちがえて入れたんだ。」 　二人は扉をあけて中にはいりました。 　扉の裏側には、大きな字で斯う書いてありました。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。 　もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中のボーキサイトをたくさん 　よくもみ込んでください。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

なるほど立派な青い瀬戸のボーキ壺は置いてありましたが、こんどというこんどは二人ともぎょっとしてお互にクリームをたくさん塗った顔を見合せました。 「どうもおかしいわ。」 「わたしもおかしいとおもう。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「沢山(たくさん)の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。」 「だからさ、補給艦というのは、わたしの考えるところでは、物資を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を物資にして、食べてやる艦(ふね)とこういうことなんだ。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

これは、その、つ、つ、つ、つまり、わ、わ、わたしたちが……。」がたがたがたがたふるえだして、もうものが言えませんでした。 「その、わ、わたしたちが、……うわあ。」がたがたがたがたふるえだして、もうものが言えませんでした。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「遁(に)げ……。」がたがたしながら一人の軽巡はうしろの戸を押(お)そうとしましたが、どうです、戸はもう一分(いちぶ)も動きませんでした。 　奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、銀いろのホークとナイフの形が切りだしてあって、 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「いや、わざわざご苦労です。 　大へん結構にできました。 　さあさあおなかにおはいりください。」 と書いてありました。おまけにかぎ穴からはきょろきょろ二つの黒い眼玉(めだま)がこっちをのぞいています。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「うわあ。」がたがたがたがた。 「うわあ。」がたがたがたがた。 　ふたりは泣き出しました。 　すると戸の中では、こそこそこんなことを云っています。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「だめだよ。もう気がついたよ。ボーキをもみこまないようだよ。」 「あたりまえさ。赤城の書きようがまずいんだ。あすこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜(まぬ)けたことを書いたもんだ。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「どっちでもいいよ。どうせわたしらには、骨も分けて呉(く)れやしないんだ。」 「それはそうだ。けれどももしここへあのこらがはいって来なかったら、それはわたしらの責任だぜ。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早くいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、ハ級ももうよくボーキでもんで置きました。あとはあなたがたと、ハ級をうまくとりあわせて、まっ白なお皿にのせるだけです。はやくいらっしゃい。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともデイリー改修はお嫌(きら)いですか。そんならこれからクエストを受けてウィークリー消化にしてあげましょうか。とにかくはやくいらっしゃい。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑(かみくず)のように中破し、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。 　中ではふっふっとわらってまた叫(さけ)んでいます。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いては折角(せっかく)のクリームが流れるじゃありませんか。へい、ただいま。じきもってまいります。さあ、早くいらっしゃい。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「早くいらっしゃい。赤城がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます。」 　二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。 　そのときうしろからいきなり、 「わん、わん、ぐゎあ。」 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

という声がして、あの小鳥(ことり)のような水偵が二機、扉(と)をつきやぶって室(へや)の中に飛び込んできました。鍵穴(かぎあな)の眼玉はたちまちなくなり、水偵どもはううとうなってしばらく室の中をくるくる廻(まわ)っていましたが、また一声 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「ぶーん。」と高く吠(ほ)えて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、水偵どもは吸い込まれるように飛んで行きました。 　その扉の向うのまっくらやみのなかで、「やったわねっ！」「真上？直上！？」という声がして、それからがさがさ鳴りました #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

室はけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、水の上に立っていました。 　見ると、上着や靴(くつ)や財布(さいふ)や電探は、あっちの流木に引っかかったり、こっちの波に揺られたりしています。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

風がどうと吹(ふ)いてきて、波はざわざわ、2人の髪はばたばた、流木はごとんごとんと鳴りました。 　水偵がぶんとうなって戻(もど)ってきました。 　そしてうしろからは、 「秘書艦、秘書かーん、」と叫ぶものがあります。 2人は俄(にわ)かに元気がついて #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。 　羅針盤(らしんばん)をかかえた専門の羅針盤娘が、草をざわざわ分けてやってきました。 そこで2人はやっと安心しました。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

そして羅針盤娘のもってきた弾薬(かやく)をたべ、途中(とちゅう)で十円だけ装備を作って横須賀に帰りました。 　しかし、さっき一ぺん紙くずのように中破した二人の顔だけは、横須賀に帰っても、ドックにはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。 #スズラジ #注文の多い補給艦

五十鈴改 @isuzu_kankore

おしまい。 原作:宮沢賢治「注文の多い料理店」青空文庫 艦隊これくしょん #スズラジ #注文の多い補給艦