夕焼け・土方歳三はゆく【シナリオ版】第三章「油の小路の恋哀し」
○ 千代の部屋の前の廊下 斎藤、立っている。 中から、千代の号泣が聞こえている。 斎藤、声を殺して泣く。 #試衛館の青春
2013-08-02 18:28:20○ 居酒屋 歳三が不味そうに酒を飲んでいる。 他に客はいない。 店の主人とその娘のおりんが、小声で話している。 #試衛館の青春
2013-08-03 18:02:29おりん「あのお客はん、淋しそうに飲んではるなあ」 主人「見たとこ、かなりの御大身や。ああゆうお人には棲みにくい世の中になってしもたさかいなあ」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:03:34おりん「大丈夫やろか。あないに仰山飲まはって、お酒、あんまりお好きやないみたいやし」 歳三は、銚子を空ける。 歳三「おい、かわりをくれ」 おりん「へえ」 おりん、銚子を一本だけ盆にのせて持って来る。 #試衛館の青春
2013-08-03 18:05:02おりん「お待ちどうさんどした。けど、もう、この一本で、お終いにしておおきやす」 歳三「看板か」 おりん「へえ、それもおす」 歳三「うん?」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:06:44おりん「お客はんは、あんまり、お酒、お好きやおへんのどっしゃろ」 歳三「ああ」 おりん「そんなら、なんで、こないに仰山飲まはるんどすか」 歳三「酔いたいんだ。今日は」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:08:05おりん「けど、ちょっとも酔うてはらへんやおへんか」 歳三「だから、もっと飲みたいんだ」 主人が奥から出てくる。 主人「もう、よしにしておおきやす。いくら飲んだかて酔われへん時もおす」 歳三、不思議そうに主人を見る。 #試衛館の青春
2013-08-03 18:09:36主人「酔うて、いやな事忘れよ思うてはるんどしたら、無駄なことどす。酔うたかて、忘れられるもんと違います。酔うてる人は忘れたふりしとるんどす。自分をごまかしとるんどす」 歳三「ごまかしでもいい。酔ってみたい」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:11:21主人「いえ、あんさんには出来しません」 歳三「なぜ?」 主人「ご自分をごまかすには、あんさんは正直すぎます」 歳三「正直すぎる。この俺がか」 主人「へえ、そやさかい、こないに仰山飲まはっても、ちょっとも酔われへんのどす」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:12:46歳三「この俺が、正直すぎる。か」 歳三、独り言のように呟き、自らを嘲るような微笑を浮かる。 #試衛館の青春
2013-08-03 18:14:07おりん「何かいやな事がおありやしたんどすなあ。他人に話したら、気ぃ晴れる事もおす。うちら、何にもようせいしまへんけど、話聞くぐらいやったら、聞かしてもらいますえ。よかったら、話しておくれやす」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:15:23主人「これ、おりん。生意気な事、言うんやない」 歳三「いや、いいんだ」 歳三、主人を制し、おりんに向い優しく微笑む。 #試衛館の青春
2013-08-03 18:16:30歳三「おりんさんと言ったね。ありがとう、優しいんだな。でも、優しすぎて、幸せを掴み損ねることもある。周りの人の事を考えるのも大切だが、自分の幸せを考える方がもっと大切だ。周りの人は、おりんさんが毎日幸せに暮らしているのが、一番嬉しいんだよ」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:19:22おりん、寂しく微笑み、頷く。 歳三、その微笑みを見つめ、目をそらし、銚子に手を伸ばす。 近藤「歳さん、もうよせ」 近藤が店へ入ってくる。 近藤、歳三に近づき、歳三の肩にそっと手を置く。 歳三「勇さん」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:20:52歳三の目から涙があふれ、肩を振るわせ、そして、声をあげて泣く。 近藤、歳三の肩を優しく抱く。 やがて、歳三が落ち着くのを待って、 近藤「歳さん、帰ろう」 二人、居酒屋を出る。 #試衛館の青春
2013-08-03 18:24:22○ 屯所への帰り道 慣れない酒でふらつく歳三の身体を、近藤が支えて歩く。 歳三「勇さん、千代の花かんざしを知っているか」 近藤「ああ」 歳三「誰に貰ったかと言うことも?」 近藤「ああ、知っている」 #試衛館の青春
2013-08-03 18:26:07歳三「平助があのかんざしを千代に渡した日、俺はなあ、俺は、千代に之定を渡したんだ」 近藤「歳さん・・・」 二人、静かに、屯所への道を歩いて行く。 第3章 終わり #試衛館の青春
2013-08-03 18:27:57