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高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その1。日本に妖怪多しといえども、河童くらいたくさんの異名を持つモノはないだろう。川童・川童子・川小僧・川子(ガコ)・河原小僧・小童・甲羅童(高良大社の使神)・川太郎法師・河伯・水霊・水天宮(水天狗)水神殿・川猿・兵主部(ひょうすべ)・山童・猿候(エンコ)……
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その2。……ドチ・スッポン・ガメ・カワウソ・ゴンゴウ・ゴランボウ(御霊坊)・カシャンボウ・ゴウラ・尻子法師・尻抜き・尻曳き饅頭……云々。でも、それは一体なぜ?
丸山天寿 @tenjumaruyama
お早う御座います。私見ですが、それらは全て別の妖怪、生物で、後世の者が勝手に「河童」と一くくりにしたのでは@clubtakatakat  【河童の話】その2。……ドチ・スッポン・ガメ・カワウソ・ゴンゴウ・ゴランボウ(御霊坊)・カシャンボウ・ゴウラ(略)云々。でも、それは一体なぜ?
丸山天寿 @tenjumaruyama
@clubtakatakat 中国にも様々な水に関する妖怪話が伝わっていますが、各々名が違います。(あちらでは名前を統一しないようです)。日本でも、折角名前が違うのに(妖怪は名前こそが存在の全てだと思います)、無理やりに共通点を見つけるのは、何だか惜しいような気がしてなりません。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
@tenjumaruyama こんにちは(こんばんは?)。そういう意見もあるようですが、ぼくは逆に「河童」は「河童」として存在していたのだと考えています。その「河童」が余りにも全国的に多く存在していたために、その地方地方によって呼び名が変わってしまったのではないかと。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
@tenjumaruyama つまり「猫」が、にゃんこ・みー・のら・にゃあこ・とら・みけ・鼠熊・似虎・ねうこ……等々と呼ばれたのと同じではないかと思っています。「子供」が、お坊ちゃま・ガキ・小僧・チビッ子・やんちゃ坊主・ボーイ(?)などと呼ばれたのもまた同様かと。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その3。いわゆる「妖怪」は、大きく2種類に分類されると思います。それは「実在していた妖怪」と「実在していなかった妖怪」の2つです。一つ目小僧や、ダイダラボッチや、牛鬼などは前者に分類され、付喪神などが後者に分類されるでしよう。もちろん河童は前者です。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その4。山に棲む妖怪・山童(やまわろ)は中国の「サンツァウ」がルーツとされるが、日本では河童が冬になって山に入ったモノとされた。山童は一つ目で全身を毛に覆われた猿のような風貌で描かれる。河童の別名に「猿猴」があるように、河童と猿はとても深い関係がある。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その5。宮城県の磯良(いそら)神社では、河童大明神を祀っている。そしてこの河童は、坂上田村麻呂の奥州征伐を先導(道案内)したという。これはまさに「猿田彦」の果たしたとされる役割と同様で、ここでも「河童」と「猿」がつながってくる。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その6。ちなみに、猿田彦命を祀っている伊勢の二見興玉神社の使神は「蛙」であるが、これはもちろん「かわず=川衆」を表しており、ここでも「河童」と「猿」とのつながりが見える。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その7。猿田彦命が先導役を終えると天鈿女【あめのうずめ】命に殺されてしまったように、大工仕事に集められた人々も仕事を終えると捨てられた。その結果として水べり(河原)に棲み着くようになり、やがて「河の童」と呼ばれる立場になっていった。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その8。ただしこの場合の「童」という呼び名は、幼い子供とは限らない。「童子」は鬼と等しい力を持った人々のことだった。「大江山の酒呑童子」が良い例である。どんなに大きな力を持っていても、彼らは朝廷から見れば1人前の大人とは見なされず、いつまで経っても「童子」だった。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その9。河童や童子の「童」という漢字は「入れ墨をされた奴隷」を表している。戦争の捕虜や奴隷狩りなどで捕獲され、額に入れ墨を入れられたり目を潰されりした男たちのことだった。髪を垂らしたその様子は元服前の子供の髪型(ザンバラ髪)に似ていた。いわゆる河童の髪型の原型である。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その10。猿田彦命を殺害した天鈿女命は、やがて「猿女の君」となる。そして「猿女」は、わが国の遊芸の祖神となった。ところがその遊芸人は、河原者と呼ばれていた。実際に能や歌舞伎も河原の近く――川衆から始まっている。そしてここでも、河童と猿の関係が見られる。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その11。猿田彦命は、もともと鉄を支配していた神であるともいう。それが河童と結びつくのであれば、河童もやはり製鉄に関係しているはずだ。しかし昔から「河童はカネ(金・鉄)を嫌う」という迷信(?)がある。これは一体どういうことなのだろうか。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その12。以前に某有名占い師がテレビで「神様はカネ気の物が嫌いなんですよ」と喋っていたが、これも全く同じ構図だ。つまり、神様や河童には「金や鉄を与えて(渡して)はいけない」ということだ。それはなぜか。答えは簡単で、金や鉄は朝廷だけの物だったからである。
丸山天寿 @tenjumaruyama
本日は「鼻の日」でもある。日本耳鼻咽喉科学会が1961年に制定。「は(8)な(7)の語呂合わせ。「鼻」と「花」はどちらが先に出来た言葉か不明だが、どちらも「先端」の意味らしい。「しょっぱな」という言葉も先端の意。鼻は体の先端(競馬も鼻の差という)。草木の花も枝、茎の先端に咲く。→
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
@tenjumaruyama おお、そうでしたか。偶然にも「猿田彦命」のお話をツイートしていたところです(笑)ひょっとして呼ばれたかも……。
丸山天寿 @tenjumaruyama
@clubtakatakat  お早う御座います。これは偶然…かそれとも…。猿田彦命に関しては、福岡の英彦山にも伝承があります。猿田彦命はこの山でウズメのミコトに会いますし、英彦山から流れる遠賀川には河童伝説(福岡独特のもの)がたくさんあり…いずれ物語のネタにする気でいます。
丸山天寿 @tenjumaruyama
@clubtakatakat また、英彦山は古代から銅等の鉱物資源の豊かな山で、奈良の大仏を作成した銅の多くはここから運ばれたという伝承もあります。猿田彦命は、鉱脈を見つける神としての姿も持ってますし、ウズメノミコトは遊女の意味合いが強く、鉱山従事者とも深く関係しているようです
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
@tenjumaruyama すみません。書き直しました……。 天鈿女命に関して、ぼくもそう思っています。それを裏付けするような神社もあるのですが、ちょっとここには書けませんので(笑)また何かの機会に。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その13。「ひょうすべに川たちせしを忘れなよ 川たち男我も菅原」(『和漢三才図会』)。河童に襲われた時にこの歌を唱えると助かるという。もちろん「菅原」というのは「菅原道真」の氏族のことで、河童に襲われたら「私も菅原氏なんですよ」と伝えれば命を助けてくれるという。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その14。それはなぜか。つまり菅原道真も「河童」の一族であったということだ。道真の祖先の野見宿禰(のみのすくね)が「河童」と見なされていたと思われる。宿禰は出雲国の勇士で、土器や埴輪などの制作に携わっていた土師氏の祖先でもある。土を扱う仕事は当然、水辺で行われる。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その15。宿禰は垂仁天皇7年7月7日に奈良に呼び出され、当麻蹶速(たぎまのけはや)という勇士と相撲を取って勝利し、褒美として領地をもらった。その結果、宿禰は相撲の始祖となった。「河童」が「相撲が得意」という特徴を持っているのは、この故事によるものと考えられる。
高田崇史@club-TAKATAKAT @clubtakatakat
【河童の話】その16。河童に襲われたら「同じ氏族なんです」と言って見逃してもらおうとするのは、蘇民将来の話(牛頭天王の報復から逃れるための方法)である茅の輪くぐりと一緒で、個人的にはズルいと思う(笑)
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