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能川元一 @nogawam
字数の関係で拙稿「朝鮮人虐殺から『在特会』への記憶の連鎖」(『週刊金曜日957号)には書けなかった、補足情報についていくつか連続ツイートします。 @syukan_kinyobi
能川元一 @nogawam
記事中で言及した安倍首相の本年5月7日の国会答弁から、もう少し詳しく引用します。「日本人というのは、今、鈴木委員がお話しになられたように、まさに和を重んじ、人を排除する排他的な国、国民ではなかったはずでございまして、どんなときにも礼儀正しく、人に対しては寛容の精神、」(続く)
能川元一 @nogawam
「そして謙虚でなければならないと、こう考えてきた日本人なんだろうと、このように思うわけでございまして」「やはり日本人が大切にしてきた寛容の精神、和の精神、そして謙虚さをいま一度見詰め直していく中においてオリンピックの招致を目指していきたい」(続く)
能川元一 @nogawam
「たとえもし日本の国旗がある国で焼かれようとも、我々はその国の国旗を焼くべきではないし、その国の例えばリーダーの写真を辱めるべきではないと、それが私たちの誇りではないか」 ここでは、日本人(特に保守派の)が肯定的に言及する日本人の自己像との関係でヘイトスピーチが語られています。
能川元一 @nogawam
この自己イメージは3.11の震災の際にもしきりに引き合いに出されたものです。時として「関東大震災の時とは違うのだ」といった対比を伴って。しかし、同じような「日本人」像は関東大震災の際にも語られていました。例えば震災発生当時の警視総監、赤池濃の「大震災当時に於ける所感」。
能川元一 @nogawam
「今次の震災に就いて余の最も愉快に感ぜしこと」の「第二」として、「罹災民が大体に其の態度を失はざりしこと」を挙げています。ご丁寧にも「之が若し支那や朝鮮であつたならば至る処に号泣叫喚混乱喧噪を極め到底収拾し得ざる場面を呈したであろう」というヘイトスピーチのおまけつきです。
能川元一 @nogawam
みすず書房の『現代史資料(6) 関東大震災と朝鮮人』(5-11ページ)に収録されているものから引用しました。初出は雑誌『自警』大正12年11月号とのことで、震災から間もない時期に書かれた「所感」です。
能川元一 @nogawam
安倍首相はもちろん「これが中国や韓国ならば……」などとは直接言ってはいませんが、「日本人は……である」というステレオタイプ的認識は「……でない〇〇人」というステレオタイプとセットになっています。
能川元一 @nogawam
首相の答弁でも「たとえもし日本の国旗がある国で焼かれようとも、我々はその国の国旗を焼くべきではない」という形で、他民族、他国民との比較が行なわれています。こうした発想は、右派メディアやインターネットの文脈においては、容易に韓国・朝鮮人についての否定的なステロタイプと結びつきます。
能川元一 @nogawam
「火病る」や「韓国面に堕ちる」といったネットスラングをご存知の方は多いと思いますが、「冷静な日本人/激情的な韓国人」というステロタイプはネットにおける「嫌韓」ヘイトスピーチにたいてい伴っているものです。
能川元一 @nogawam
従って、日本人の自己イメージにそぐわないという理由でヘイトスピーチに反対することは、文脈次第では、韓国・朝鮮人に対する差別的な認識を再生産しながら「行動する保守」だけは「日本人的でない」と切り捨てる、という効果を発揮してしまうことになります。
能川元一 @nogawam
ちょっとだけ補足。数日前のツイート http://t.co/dkJSQfQIvy http://t.co/8lor6VWXT7 は、先ほど述べたようなことを念頭において書いたものです。

(2)

能川元一 @nogawam
『週刊金曜日』957号掲載の拙稿、「朝鮮人虐殺から『在特会』への記憶の連鎖」についての補足連ツイを再開します。 @syukan_kinyobi
能川元一 @nogawam
夕方の連ツイで言及した、関東大震災発生当時の警視総監、赤池濃の「所感」を読むと、当時の治安当局者が直面していた課題がなにであるかがよくわかります。朝鮮人の虐殺が起こったことを完全に否定するのは無理がありすぎる。
能川元一 @nogawam
従って、治安当局としては朝鮮人虐殺の規模と原因を極力矮小化することに努めたわけですが、同じことを90年後にやっているのが東京都や横浜市の教委であるわけです。
能川元一 @nogawam
前述の赤池濃「所感」は、「鮮人恐怖の理由」という小見出しの下で3つの理由を挙げます。「第一は大振動大破壊の為に人心非常に恐怖に駆られて居た事」、「第二は鮮人と云へば直に不逞鮮人を聯想し更に拳銃爆弾を行ふことを想像すること」である、と。
能川元一 @nogawam
そして「第三、東京人は李判能が卒然凶器を揮て十六人を惨殺せることを想起する」、と。
能川元一 @nogawam
そして、第一点については「此恐怖と憎悪とは一時人をして平静を失なはしめた事は遺憾千万なるも忽ち氷釈して常調に復した」として、「大国民の襟度」というセルフイメージを護ろうとしています。
能川元一 @nogawam
それでも、この第一点はいちおう「鮮人恐怖の理由」になっているだけマシです。「鮮人と云へば直に不逞鮮人を聯想」は「恐怖が恐怖の理由」と言っているようなもので、何の説明にもなっていません。本来ここで問われるべきなのは、何故に「鮮人と云へば直に不逞鮮人」という連想が成立したのか、です。
能川元一 @nogawam
そして「不逞鮮人」というイメージの成立過程を明らかにしようとするならば、赤池自身が治安官僚として事後処理に関わった、三・一独立運動の記憶を引き合いに出さざるを得ないわけです。「不逞鮮人」とは決して刑法犯罪を犯す朝鮮人のことではなく、植民地支配に抗する朝鮮人のことなのです。
能川元一 @nogawam
第三の「李判能が卒然凶器を揮て十六人を惨殺せることを想起」については、それこそ在特会などが得意としている論法です。マジョリティの犯罪は個人の問題として処理されるのに対し、マイノリティの個人的な犯罪はエスニシティと結びつけられる。
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コメント

3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2013年9月2日
地球市民的感覚以外は許さない的何か。(白目 RT 安倍首相はもちろん「これが中国や韓国ならば……」などとは直接言ってはいませんが、「日本人は……である」というステレオタイプ的認識は「……でない〇〇人」というステレオタイプとセットになっています。
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