古典ギリシア語「冠詞」の成り立ち 文法書からのまとめ

現代の西欧諸語とは微妙に異なる使われ方をする古典ギリシア語の「冠詞」。 手元の文法書"Greek Grammer"(Smyth, Harvard)に用法の変遷が掲載されていますので、(主に中の人の勉強のために)簡単に抜粋しました。
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ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

夜中に失礼します。古典ギリシア語の「冠詞」について、ホメロス等の文献から見られる「歴史」について軽くひもときます。記載内容は、Smythの"Greek Grammer"からの抜き書きです。

2013-10-13 02:25:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【冠詞の成り立ち】ギリシア語の冠詞"ὁ"・"ἡ"・"τό"は、元々は指示代名詞でした。関係代名詞的に機能することもありましたが、そのような機能は次第に弱まって、現代に知られる定性標識に変化していったようです。

2013-10-13 02:30:19
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【ホメロスの場合】ホメロスの叙事詩の中では、"ὁ"・"ἡ"・"τό"はおおむね指示代名詞として用いられています。たとえば、"τὴν δ᾽ ἐγὼ οὐ λύσω"(だが彼女を私は解放するつもりはない)『イリアス』第1歌29行のように。

2013-10-13 02:35:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【ホメロスにおける冠詞的用法】他方で、後の冠詞を先取りするような用法もとられています。『イリアス』第5歌144行以降で"ἔνθ᾽ ἕλεν Ἀστύνοον καὶ Ὑπείρονα (中略), τὸν μὲν (中略), τὸν δ᾽ ἕτερον"とされますが…(続きます)

2013-10-13 02:40:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)これは「アステュノオスとヒュペイロンを(中略)一方は確かに~、だが他方は~」という意味になりますが、「アステュノオスとヒュペイロン」の二人を「一方」と「他方」とに区別するために"τὸν"が用いられています。

2013-10-13 02:45:17
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【ホメロスにおける関係代名詞的用法】ホメロスにおいて指示代名詞として用いられる"ὁ"・"ἡ"・"τό"は、先行詞に定性がある場合に限り、関係代名詞的にも用いられていました。

2013-10-13 02:50:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(用例)"τεύχεα δ᾽ ἐξενάριξε, τά οἱ πόρε χάλκεος Ἄρης." 『イリアス』第7歌146行。ネストールの「昔語り」で、アレーイトオスをリュクルゴスが討ち取った場面に言及しているくだりです。(続きます)

2013-10-13 02:55:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"τεύχεα"は中性名詞"τεῦχος"の複数主格又は対格です。"ἐξενάριξε"は"ἐξεναρίζω"(はぎ取る)の直説法アオリスト三人称単数能動態ホメロス風イオニア方言。討ち取られたアレーイトオスの武具をリュクルゴスがはぎ取ったことを指しています。(続きます)

2013-10-13 03:00:26
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"τά"は中性形複数主格又は対格です。"τεύχεα"と性・数・格が一致しています。その"τεύχεα"は「アレーイトオスの武具」と明確です。"πόρε χάλκεος Ἄρης"は「青銅のアレースが与えた」という意味です。(続きます)

2013-10-13 03:05:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)ここで全体を直訳すると、「武具をはぎ取った、青銅のアレースが与えたそれを」となりますが、「武具」(τεύχεα)が「アレーイトオスの武具」と明確であるため、「それを」(τά)を関係代名詞扱いして「青銅のアレースが与えた(アレーイトオスの)武具をはぎ取った」と解釈できます。

2013-10-13 03:10:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【話を戻すと】和訳したもので説明しましたが、このように「それ」と言われているものが先行詞で定性をもって示されている場合、「~をとった、それは…したもの」という指示代名詞を含む文を「…した~をとった」という関係代名詞節のように扱うのは自然かと。

2013-10-13 03:15:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【アッティカ方言の指示代名詞的用法】"ὁ"・"ἡ"・"τό"に"μέν"(確かに)や"δέ"(だが)といった小辞が後続する形で、「それは確かに」「それはだが」といった指示代名詞のように使われることがありました。特に"ὁ μέν A, ὁ δέ B"(一方はAだが他方はB)の形で。

2013-10-13 03:20:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(用例)"οἱ μὲν ἐπορεύοντο, οἱ δ᾽ εἵποντο" クセノポーン『アナバシス』3.4.16より。前半が「ある者たちは確かに進んだ」、後半が「ある者たちはだが従った」となりますが、組み合わせると「ある者たちは確かに進んだが、他の者たちは従った」となります。

2013-10-13 03:25:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【アッティカ方言における一般的用法】先ほどの例は「こういう例もある」というもので、実際のところ、クセノポーンの頃のアッティカ方言では、"ὁ"・"ἡ"・"τό"は後続する語句の定性を示す標識として機能するようになりました。「『定』冠詞」と呼ばないのは、「不定冠詞」がないからです。

2013-10-13 03:30:16