茂木健一郎氏 @kenichiromogi 第1073回【ウルトラマンと、ハワイ・マレー沖海戦】連続ツイート

2013.10/24 茂木健一郎氏 @kenichiromogi 【ウルトラマンと、ハワイ・マレー沖海戦】連続ツイート …ウルトラマンの特撮の「NG映像」が見つかったというニュース(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131023/k10015504261000.html)に胸が熱くなった。考えてみると、私たちの世代は、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンという流れをほぼリアルタイムで見ているから幸せだ…
コラム 連続ツイート うは 脳科学 茂木健一郎
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茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート第1073回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、今朝のニュースに触れて思ったこと。
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うは(1)ウルトラマンの特撮の「NG映像」が見つかったというニュース(http://t.co/5UHszJNmhV)に胸が熱くなった。考えてみると、私たちの世代は、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンという流れをほぼリアルタイムで見ているから幸せだ。
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うは(2)「NG映像」の良さは、特撮の裏側、苦労が見えてくることだろう。怪獣がつまづいて、よろめく。チョップで建物が壊れない。そんなNGシーンを見ると、さまざまな工夫に満ちた円谷英二さんの撮影現場がよみがえってくる。円谷英二さんこそ、日本の映像界が生んだ偉人のひとりだろう。
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うは(3)子どもの頃、私たちは夢中になって『ウルトラマン』シリーズを見ていたが、それに対する大人たちの反応は微妙というか、どちらかというと「そんなものを見て!」という感じだった。だから、私たちは、何とはなしに後ろめたい気持ちで、「しゅわっち!」を見ていたのである。
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うは(4)思うに、当時は、特撮物やアニメやマンガといった文化に精通した「オタク」の層が厚くなかったということだろう。ある意味では私たちがファースト・ジェネレーションだった。だから、『ウルトラマン』シリーズの背後に、どんな歴史や思いがあるか、なんて教えてくれる大人はいなかった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
うは(5)私が『ウルトラマン』シリーズの円谷英二さんの歴史を知るのは、ずっと後になってのことである。二十代半ばで小津安二郎を知り、原節子さんに夢中になって、彼女が出ている映画をいろいろ見る中で、彼女が出演しているからというだけの理由で『ハワイ・マレー沖海戦』を見た。
茂木健一郎 @kenichiromogi
うは(6)ところが、これが凄い特撮映画だった。映画の後半、真珠湾のセットでリアルな戦闘シーンがある。これは、当時最先端のレベルだったとのこと。生み出したのは、言うまでもなく円谷英二さん。『ウルトラマン』の生みの親は、戦争中からこんな映画を撮っていたのか! と驚いた。
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うは(7)それで思うのは、『ウルトラマン』を夢中になって見ていたころ、「君ね、その円谷英二という人はね、戦争中に『ハワイ・マレー沖海戦』という凄い特撮映画を撮っているよ」と教えてくれる大人がいたら良かったなあ、ということ。しかし、当時は、そういう大人、周りにいなかったな。
茂木健一郎 @kenichiromogi
うは(8)『ハワイ・マレー沖海戦』の封切りは1942年12月3日。つまり、前年の12月8日の真珠湾攻撃の一周年を前に公開されたことになる。当時の日本には、それだけの映画を撮る力がわけで、『風とともに去りぬ』(1939年)、『カサブランカ』(1942年)あたりと比較すると面白い。
茂木健一郎 @kenichiromogi
うは(9)『ハワイ・マレー沖海戦』が封印されていたのは、それが戦争中に制作された映画だからという側面もあったかもしれない。私が初めて劇場で見た時には、「当時の思想を表したものです」みたいな注釈がわざわざ冒頭にあった。今やイデオロギーを超えて評価されるべき特撮映画の古典です。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート第1073回「ウルトラマンと、ハワイ・マレー沖海戦」でした。

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