ニーチェと反ユダヤ主義

まとめました。
政治 ニーチェ ナチス ユダヤ人 反ユダヤ主義
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直立演人 @royterek
ニーチェが、筋金入りの反ユダヤ主義者だった妹のエリーザベトの「売り込み」も功を奏して、ナチスの御用イデオローグとして祀り上げられたことはよく知られているが、実際には筋金入りの反ユダヤ主義の敵対者にして、ユダヤ人(とりわけ同時代の)の「賛美者」であったことはそれほど知られていない。
直立演人 @royterek
ニーチェのユダヤ教観やユダヤ人観は、彼のキリスト教観やドイツ民族観と比べてはるかにアンビバレントであり、一見すると正反対のことを別の個所で言っていたりもするので、わかりやすい説明を受け付けないところがあるのはたしかだ。だが、ニーチェの反ユダヤ主義嫌悪が一貫していたことは疑いない。
直立演人 @royterek
「私は英雄の化粧をした扇動家たちを好まない。彼らは理想という隠れみのをわらぼうきみたいな頭の上にのせているだけだからだ。…私はまた、反ユダヤ主義者という、理想主義陣営におけるこの最も新手の投機者どもも好きではない。彼らは今日、キリスト教的・アーリア的・実直者気取りを我慢のならない
直立演人 @royterek
→ほどに濫用して、愚衆をあおりたてようとしている。…すなわち、それは第一に国民的締め付けと虚栄、<ドイツ、すべてに冠たるドイツ>という力強いが偏狭なあの原理であり、第二にはしかし、<近代的理念>の<麻痺性の震え>なのだ」(ニーチェ『道徳の系譜』、1887年)
直立演人 @royterek
「この忌々しい反ユダヤ主義は、私の経済的独立、私の弟子と新しい友人、そして、世に与える影響についての私の目論見を、何もかもご破算にしてしまう。ワーグナーと私を敵対関係に追い込んだのも、この反ユダヤ主義であったし、私と妹との間の完全な亀裂の原因も、この反ユダヤ主義に他ならなかった」
直立演人 @royterek
「私はこの反ユダヤ主義の事業とは、たとえどんな形であれ係わり合いをもたないように、注意深く気をつけています」(ニーチェ、1887年の書簡)
直立演人 @royterek
「もしフェルスター博士(*)の企てが失敗に終われば、私は反ユダヤ主義の事業計画が潰えたことを喜ぶであろう」(ニーチェ、1887年の書簡)*ニーチェの妹の夫で、1881年にビスマルクに提出されたユダヤ人の公権剥奪を要請する「反ユダヤ主義請願書」(25万5千人が署名)の首謀者の一人。
直立演人 @royterek
ニーチェはいわゆる「発狂」した直後に次のような衝撃的な言葉を残している。「今から反ユダヤ主義者どもをひとり残らず撃ち殺してやる」(1889年1月4日付書簡の末尾)
直立演人 @royterek
「反ユダヤ主義とは、<出来損ないども>の別名に他ならない」「この国の反ユダヤ主義をわめきたてる者どもを追放することが有益であり、正当である」(ニーチェ『善悪の彼岸』)
直立演人 @royterek
ニーチェのユダヤ教/人観および反ユダヤ主義観については、恒吉良隆「ニーチェにおけるユダヤの問題」『文藝と思想』(福岡女子大学文学部紀要)/イルミヤフ・ヨベル『深い謎:ヘーゲル、ニーチェとユダヤ人』(法政大学出版局)/M・B・ドゥ・ローナイ「ニーチェの中の空白:ユダヤ人」等を参照。
nos @unspiritualized
ナチの御用学者はニーチェにおけるユダヤへのスタンスを悪用したりはしなかったのでしょうか。@royterek
直立演人 @royterek
当然いたでしょうが、詳しくはわかりません。ナチのニーチェ流用はいわゆる「金髪の野獣」の話に集中してたみたいですが、たしかにひどい反ユダヤ語録も残してますしね。@unspiritualized:ナチの御用学者はニーチェにおけるユダヤへのスタンスを悪用したりはしなかったのでしょうか。
直立演人 @royterek
ニーチェによるユダヤ教の言及の殆どはキリスト教道徳を非難する文脈で出てきますが、同じ文脈で「ユダヤ人」が罵倒されることはあるものの、同時代のユダヤ人のことはヨーロッパの救済者として最高度の賛辞を送ってるんですよね。ちょっとヤバい持ち上げ方ですが…。@unspiritualized
直立演人 @royterek
というのは、その美辞麗句もさることながら、「ユダヤ人」を持ち上げるあまりに、彼らとの「混血」こそがヨーロッパ文明をその堕落と退廃から救済すると言い切ってしまってるからです。結局、同化主義者の域を出てないわけですが、ナチと正反対なのは興味深いです。@unspiritualized
直立演人 @royterek
「…ユダヤ人は絶対的な意味で賢い。ユダヤ人に出会うということはありがたい恵みとも言える。…彼らは現在、このヨーロッパ的理性の近時の病気に対して、それ自体がひとつの解毒剤である。…ユダヤ人だけが、近代ヨーロッパにおける知性の最高形態に近づいた」(ニーチェ、『曙光』1881年)
直立演人 @royterek
「ユダヤ人に好意を抱いたことのあるドイツ人には、私はまだひとりとして会ったためしがない」(ニーチェ『善悪の彼岸』)
直立演人 @royterek
「私の生涯において、ドイツ人から私に示された思いやりや繊細さの証拠を探そうとしても、それは無駄であろう。ユダヤ人からならば別であるが…」(ニーチェ『この人を見よ』) 実際、ニーチェには親交を結んだユダヤ人の知人・友人が少なからずいたようである。
nos @unspiritualized
ありがとうございます。そこのところ、僕はやはり中期以降のニーチェは排外主義はもちろん、同化主義でもないと思うのですよ。ユダヤ人は同化すべきという主張ではない訳で。@royterek
nos @unspiritualized
なるほど。妹のエリーザベトは兄が反ユダヤであると喧伝できたのかどうか調べてみたくなりました。生前はその点で夫ともども兄にこっぴどく批判されていますからね。@royterek
直立演人 @royterek
「同化主義者の域を出てない」はたしかに言い過ぎでした。むしろヨーロッパの方こそユダヤ人に同化せよという主張なんですよね。@unspiritualized:僕はやはり中期以降のニーチェは排外主義はもちろん、同化主義でもないと思うのですよ。ユダヤ人は同化すべきという主張ではない訳で。
直立演人 @royterek
ただ、この辺の評価はなかなか難しいものがあります。彼は、ユダヤ人は「ヨーロッパの主人」になるか(もちろん文化的な意味で)、さもなくばヨーロッパを喪失するしかないとも言ってますが、彼が前者を歓迎していたにせよ、こういう二者択一的発想は危ういものです。@unspiritualized
直立演人 @royterek
他方、ユダヤ人がヨーロッパを支配するか否かという危うい二者択一的言説も、当時、自分の周りがことごとく感染していた反ユダヤ主義の病に対する戦略的なレトリックであったと捉えると、この種の危うさもかなり解毒できるはずです。ヨベルの記述は参考になります。@unspiritualized
直立演人 @royterek
「彼が生み出すレトリックの効果はその予想に基づいている。その予想を否定することによって読者を驚かし、反ユダヤ主義者を挑発する。彼の戦略はここでも読者の期待や偏見を嘲笑し、反ユダヤ主義の型通りの意図を逆転させ、そういう意図を抱く者を不安に陥らせるという驚くべき効果を生み出している」
直立演人 @royterek
「無論ニーチェは、ユダヤ人は彼らの古い価値をヨーロッパに押しつけるべきだと言っているわけではない。むしろユダヤ人がヨーロッパ文化を採用し吸収することを求めている。これはメンデルスゾーンのハスカラ(ユダヤ啓蒙主義)の理想かユダヤ人の同化を求める要求であるように思われるかもしれない。
直立演人 @royterek
→しかし実際にはそのいずれとも異なっている。ニーチェはユダヤ人に、現存しているヨーロッパ文化に含まれている諸価値をコピーするとか、受動的にヨーロッパ文化に同化されるというようなことを求めているわけではない。彼の提案は「創造的同化」とでも言うべきものである。→
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