- harapeko11
- 8734
- 2
- 6
- 0
自衛隊が地図を描いて韓国・多富洞で教育するわけ | Joongang Ilbo | 中央日報 http://t.co/PjK8bvLbTl そんなことやってたのか。
2013-10-29 09:13:09こういう場での経験が実務で役立つわけで RT @harapeko11: 自衛隊が地図を描いて韓国・多富洞で教育するわけ | Joongang Ilbo | 中央日報 http://t.co/J3qkE4Z1Ic そんなことやってたのか。
2013-10-29 09:17:09@harapeko11 そのための留学制度とかですよ。因みに日本でよく流通しているサイズの全国地図は外国ではまず手には入らない。理由は軍事機密だから
2013-10-29 09:21:00@harapeko11 地勢が丸分かりですからね。地形は戦闘を左右する 軍事的に考えたらあり得ない精度のモノが普通に市販されているって言う時点で、この国が如何に異常だったかが分かります
2013-10-29 09:25:52@harapeko11 @yarakado むしろ戦いの原則は殆ど変化してないんで、古いモノも立派な研究対象です。防衛省だって防衛研究所でやってますし
2013-10-29 09:29:10@ANAPG67 @harapeko11 日本で戦う場合にはどうしても関ヶ原周辺が決戦地になるのは避けられないので研究しているようですね。
2013-10-29 09:32:41@harapeko11 あとこれとか。 【東京特派員】米軍が関ヶ原で戦う-MSN産経 http://t.co/lQ5XLVIFBf
2013-10-29 09:36:41しかしこの地図作製。PLAがせっせと沖縄周辺の精密地図作製してたらこっちが薄気味悪いと思うように、韓国も心中穏やかではないのかな。
2013-10-29 10:11:48どっちかというと、練度の高さかも。オフ会でもそうだけど、下手に知らない地元民より、リサーチ万全の地方民の方が店を知っていたりして勝利するもの(何にだ)なので。>@harapeko11
2013-10-29 10:35:57そう言えば1932年の第一次上海事変の苦戦の理由のひとつに、兵要地誌の不測が挙げられていた。満洲を想定戦場としてきた陸軍には上海周辺の地形図も、周囲に広がるクリーク地形についての分析情報もろくに無かったらしい。
2013-11-02 23:49:28@tsukasafumio 竹内正浩の『地図で読み解く日本の戦争』によれば明治41年に上海周辺の測量を開始したのでそれはないと思いますが、同書には陸地測量部での改版や日本語化で手がいっぱいだったとの記述がありますので「出征部隊に対する地図や地誌の配布が間に合わなかった」可能性大。
2013-11-02 23:58:49@nukomiti おそらくそういう意味かと思われます。熱河作戦が進捗中のところに上海の衝突が突発急変した状態でしたから、満洲方面の地図地誌で手一杯だったのかもしれません。
2013-11-03 00:04:18@tsukasafumio でしょうね。ただ、日露戦争以来作戦地図の秘度はかなり高く、前記の本からの孫引きになりますが古山高麗雄の『龍陵会戦』には第56師団の救援に来た第2師団には該当地域の地図が交付されてなかったという記述が。ただ満州地域測量を航空測量で行うようになり
2013-11-03 00:10:04日本の航空測量技術は飛躍的に向上したそうです。ただ南方になると海図に航空測量した地形図を貼り足した大縮尺図しか用意できなかったそうです。なお米軍は東部ニューギニアに、耐水加工した用紙に印刷した2万5千分の1地図を持ち込んだそうです。
2013-11-03 00:14:44