【三題噺 #話咲 】湯呑み、ベンチ、初霜

「カレンダー、運が悪い、紅茶」 http://togetter.com/li/443862 「青空、骨、めがね」 http://togetter.com/li/444108 「人魚姫、かばん、間違い」 http://togetter.com/li/447090 「氷、花見、虹」 http://togetter.com/li/447972 「梅、マグカップ、猫」 http://togetter.com/li/454248 続きを読む
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とらふく @tra29

(4/6)店のレンジを借りて弁当を温め、バックヤードのベンチに腰掛けてを食う。弁当の友は自腹で買ったペットボトルの温かいほうじ茶だ。和風でほのぼのとしたイラストのパッケージを開くと、脂でうっすら白っぽい薄焼きの肉がめしの上に一面に敷きつめられている。焼き目の着いた青ネギが少々。

2013-11-21 12:23:09
とらふく @tra29

(5/6)他に、これも近江名産という赤こんにゃくの煮物。それに日野菜漬けという薄ピンク色の漬物。肉には生姜醤油の味がほんのり付いている。なにより肉が旨い。柔らかくて口に入れると溶けるようだ。心の底から「うまいなあ…」という思いが浮かんできた。我ながら自分の安上がりさに苦笑する。

2013-11-21 12:24:44
とらふく @tra29

(6/6)一気に半分ほどを食って、ペットのほうじ茶で一息つく。これが湯呑みの茶だともっと雰囲気があるのだろうが、それは贅沢というものだろう。残りの半分をしみじみ噛み締めながら、俺は人生初霜降り肉を味わったのだった。(おわり)

2013-11-21 12:25:33
どんぐり1号((つなし本体)) @kamabokonotami

(1)祖母は真夏にもかかわらず、寒いと言って湯呑みに暖かいお茶を入れ、厚着をして丸まっていた。昔見た祖母の背中はとても大きくて、その背におぶわれてよく散歩に行ったものだ。背中にしがみついていると、シップのにおいや服からはタンスの防虫剤のにおいがした。それが祖母のにおいだった。

2013-11-21 14:55:20
どんぐり1号((つなし本体)) @kamabokonotami

(2)祖母の背中の温かさで眠ってしまいそうだったが、それでも独特のにおいは目を覚ますのには丁度よく、背中ごしに祖母の昔話をよく聞かせられたものだ。

2013-11-21 14:55:40
どんぐり1号((つなし本体)) @kamabokonotami

(3)そしてそのかわりといってはなんだが、踏切に連れて行ってもらえば走ってくる列車の名前を教えたり、公園のベンチに座って図鑑で見た鳥を祖母と見つけたものだった。  だが、今ではその背はひどく小さくなってしまった。私は祖母と一緒に暮らしてはいない。

2013-11-21 14:55:54
どんぐり1号((つなし本体)) @kamabokonotami

(4)祖母は年に何回か、退院をして自宅に帰ってくる。今回もそうだった。  蝉が鳴いている。夏の暑さのなか祖母の湯呑みからは暖かな湯気は立ち上っていた。お茶うけに置いてある干菓子は「初霜」だ。この家にはもう冬が来てしまったのかもしれない。

2013-11-21 14:56:09
どんぐり1号((つなし本体)) @kamabokonotami

(5)  あと何度、祖母はうちに帰ってこれるのだろうか。あと何度、私は祖母に会えるのだろうか。まだ、季節は夏だ。どうか、まだ冬は来ないで、私はそう祈るしかなかった。  #三題話 初霜、湯呑み、ベンチ

2013-11-21 14:57:04
Dの旋律 @dsenritsu

【1/8】着いたのが早すぎたようだ。品川から始発の新幹線に乗りJR支線へと乗り継いで会場まで来たが、流石にこの時間ではまだ開いていない。会場周囲の植え込みにはまだ白い初霜が残っている。

2013-11-22 00:01:08
Dの旋律 @dsenritsu

【2/8】途方に暮れて前のベンチに腰掛ける。ビジネス街のど真ん中にあるそこには店舗一つ見あたらない。駅前の自販機で買ってカイロ代わりに懐へしのばせていた缶コーヒーを取り出す。冷めたそれは飲めたシロモノではなく、思わず顔をしかめる。

2013-11-22 00:01:30
Dの旋律 @dsenritsu

【3/8】今日ここで開催される研究学会で発表者の一人として名前を連ねていた。長年の成果をやっと発表できるのだ。今回は困難を極めた。膨大な実験事例からデータを取り統計を取って有意義な成果を積み上げる。地味で気の遠くなる作業。失敗は数知れず何度暗礁に乗り上げたことか。

2013-11-22 00:01:55
Dの旋律 @dsenritsu

【4/8】曲がりなりにも成果が出たのは、研究チームの情熱もさることながらある男のお陰でもあった。思うように計画が進まずチーム内がギスギスしてくると彼は決まってこう言葉をかけた。「そう熱なってもうまいこといかんで。一段落したしここらで一服しよ。な?」

2013-11-22 00:02:22
Dの旋律 @dsenritsu

【5/8】彼はそう言って研究室内にある湯飲みに人数分のお茶を淹れて振る舞った。どうという事も無い安物の茶葉なのに、彼が淹れると格別美味く感じた。室内が温もりその時だけ時間がゆっくりと流れた。

2013-11-22 00:03:24
Dの旋律 @dsenritsu

【6/8】彼は早く成果が出したくて毎日のように居残る俺にも度々声を掛けた。「そんなにカンカンになっても結果は出んで。ほら座って茶ぁ飲めよ、俺も飲むし」あの頃彼の存在は疎ましいものでしか無かった。今なら解る。この研究は彼無しでは結果が出なかったことを。

2013-11-22 00:03:50
Dの旋律 @dsenritsu

【7/8】一瞬のマジックの様に場を和ませた彼の名前は、今日発表する共同研究者名の欄には無い。研究が佳境に入った段階で彼は療養を余儀なくされた。誰よりもひとの体調を気遣い、皆が嫌がる地味な作業を何時間も黙々と続けていた猫背が。現場を和ませていた彼の名が

2013-11-22 00:04:12
Dの旋律 @dsenritsu

【8/8】突如バイブ音がした。メールを開いて目を疑った。「おめでとう!今日発表なんやてな。お前なら大丈夫。けど念のため登壇する前にほんのちょっとだけ一服しときや」そしてお茶の絵文字。彼からだった。寒さで震える両手でスマホを握りしめ、俺は声もなく慟哭した。

2013-11-22 00:04:36