モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Autumn VIII~
- IngaSakimori
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「……同じではありませんわ、タバコおじいさん。 わたくしはアメリカですし、その気になれば英語ぺらぺらですし」 「それは結構なことだ。 私はドイツとイギリスでね。どちらも日常会話くらいしか喋れないから、君の方がすごいな。はっはっはっ」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:29:34「うぐっ……し、志智! わたくし、いじめられています!」 「どこがだ。 ……いや、頼るような目で見られても困るんだが」 実はラテン語が喋れますとでも言ってほしいのか、すがりついてくる亞璃須をぐりぐりと引きはがしながら、志智は改めて奥原一征を見た。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:29:43(この人、実はすごい人なのかもな……) 思えば━━三鳥栖志智(みとす しち)は、彼がRVFというバイクの乗り手であること以外、何も知らない。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:29:59なぜ、RVFなのか。最後のレーサーレプリカだからか。 収入は? 仕事は? 整備は自分でしているのか。家族は何人いるのだろうか。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:30:06(なんだろう……な。 ちょっと不思議な人だな。亞璃須がめちゃくちゃ失礼なこと言っても、ぜんぜん気にしていないみたいだし……) この人から━━何かを学んでみたい。 志智の中にそんな願いが芽生えたのは、ある意味で自然だったのかもしれない。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:30:16「奥原さん、お願いがあるんですが……」 「待ちたまえ」 そして、志智がその言葉を切り出そうとしたとき、奥原は制止するように手のひらをむけた。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:30:25「君が何を言いたいかは大体、わかっている。 そういえば、初めて会ったときも……私を追いかけていたね」 「……そうですね」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:30:35「昔から君のような目をした奴は、そうだった。 速さを求めて、速さに憧れて……そして、時に速さのせいで破滅していった」 「それはっ━━」 「まあ、最後まで聞きたまえ」 逸る志智をなだめるように。 あるいは、焦らすように奥原は首を振った。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:30:49「速さなどというのは、いつも相対的なものだ。 峠でいくら速くなったつもりでも、サーキットでは初心者レベルに等しいし、たとえコースレコードを出したとしても、荒れた林道では亀の歩みよりも遅い……」 「………………」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:30:57「たとえ二輪でワールドチャンピオンになったとしても、同じコースではF1レーサーにかなわないだろう。 ……いや、地上をタイヤで走る乗り物が出せるスピードなどは、たかが知れている。 パイロットたちからすれば、私たちは等しく蟻のようなものだ」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:31:21「そして、飛行機乗りですらも宇宙飛行士からすれば、シミ粒ほど小さな存在だろうね……」 そう言いながら、奥原は空を見上げると、続いて愛機RVFへ視線を移した。 さらに、VT250スパーダを眺め、最後に志智を見つめる。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:31:34「君はとても若い。 だから、バイクで速くなりたいという気持ちが強いのは、よく分かる。本能のようなものだからな。 しかし━━それが何になる? 速く走って、何の利益がある? その事を考えてみたことはあるかね。その答えは……君の中で出ているのかね?」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:31:43「………………それは」 老人の問いかけは、志智にとって難解なものだった。 だが、その本質は何となくわかる。 論理でも知性でもなく、感覚で━━三鳥栖志智(みとす しち)は奥原一征(おくはら いっせい)の言おうとしていることを理解していた。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:32:00(この人は……ただ速くなりたくて、そのためだけに走っても……危ないだけだって……何も得ることはできないって……警告してくれているんだな……) なぜ、すんなりとその答えへ至ることが出来たのか。 それは二ヶ月前━━難西のVTRと競り合ったからだ。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:33:16(あの時も……一緒だ……コークスクリューを抜けて……そのあと、無茶苦茶に攻め込んで……。 今にも転けて、ガードレールにぶち当たって死ぬかもしれないって……怖くてたまらないのに、それでも俺は止まれなくて……走り終わってから、一発殴られて……) #mor_cy_dar
2013-11-30 18:33:32あの時感じた恐怖の生々しさと、背中に張り付くような死の気配は、今でも忘れていない。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:33:36(だから、俺なりの答えは出ている) ゆえに志智は淡々と。 しかし……堂々と答えた。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:33:52「俺はお金とか名誉とか、そういうものが欲しいわけじゃない。 自分が━━ただの自分じゃない。 『バイクに乗った自分が』、どこまでいけるのか、知りたいだけなんです」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:34:24「そうだな。若いうちはそうしたものだ。 限界を試したくなる。しかし、公道を走る限り、限界を超えた先にあるものは……死だ」 「それは分かっています」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:34:42「本当かね?」 「ええ、本当です」 「………………」 奥原は志智の決意を試すように、目を見る。 志智は自らの決意を示すように、目を見つめ返す。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:34:51「では、約束してほしい。 私と一緒に走っても……どんな状況でも……一線を越えないこと」 「………………はい、分かりました」 「ならばよろしい」 口元を笑わせる奥原に、志智は安堵のため息をもらした。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:35:01そんな二人を見守る周囲はといえば、『おやっさん』とティックは何を話しているのか分からないといった疑問の表情で顔を見合わせ。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:35:33そして亞璃須は、志智が奥原へ向ける視線の間に割り込もうとして、割り込もうとして、しかし果たせずに━━そっぽを向くと、足音も荒くハイエースへと戻っていった。 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:35:38「さて、勝負のやり方だが、君から申し込まれた以上、私が指定させてもらおうか。 何しろ、こちらは年なものでね……出来るだけ有利な条件でやらせてもらいたいんだが」 「俺はそれで構いません」 #mor_cy_dar
2013-11-30 18:35:47「それじゃあ……耐久だね」 「……耐久?」 奥原の言葉に、志智は今度こそ首を捻り、疑問の言葉を口にした。 #mor_cy_dar
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