- treeofevil
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――とある大罪
「……やっと帰った?」 心なしかげんなりした様子で、デスクチェアを回転させ怠惰は呟く。 たった今まで、ここにはピンク髪の男ではない暴食が、名の通り暴食の限りを尽くしていたのだ。見ているだけで満腹になる程度には。 「ええ、満足したようで」 暴食を連れてきた張本人は、和やかに頷く。
2013-11-27 04:33:47傲慢たる少女もまた、満足げな笑みを浮かべていた。 「与えることができる、というのは良いことですわ」 「食い散らかしていかなかったのは救いだけど。……よそでやってほしかったな」 「それは申し訳なかったわ」 しれっと言い放つ少女に、怠惰の女は諦めたように頭を垂れる。
2013-11-27 04:34:03「……まあいいよ、終わった事だし」 これ以上の追及は無意味だと断ち切られ、で、と話題は切り替わる。 「次は僕が呼ばれてるんでしょう?」 「さあ、わたくしは把握していないことですけれど。……貴女がそう感じ取ったのなら、そうなのでしょうね」 「……面倒だなぁ」
2013-11-27 04:34:13嘯きながらも、デスクチェアから立ち上がる。展開されていた青い半透明の画面が、次々に閉じられ消えていく。 「でも、僕が呼ばれてる先を、僕が把握できてないのは納得いかないね。……僕が呼ばれる必要が、無かったのなら」 それは。 「――削ぎ落とす」 かつん。革靴が床を叩く。
2013-11-27 04:34:32「いってらっしゃい」 彼女の歩みに合わせて揺れる菫色の髪を流した背中を、ゆるりと見送り。その背中が消えた時。 「……ね?『貴方』」 どことも知れぬ、虚空に。 「『一筋縄ではいかないでしょう?』」 微かな言葉を、投げた。
2013-11-27 04:34:38――とある大罪
舞台裏その①【白昼夢】 . それは、痛みだった。 あつい、あつい、熱の様な痛み。 …――自分の半身が、愛しい【あの子】が、自分の前から永遠に消えてしまう、こらえられる筈もないない、痛み。 「……やだ…置いてかないで…」
2013-11-27 13:38:30――Solomon Grundy, Born on Monday, Christened on Tuesday…♪ 目が覚めて真っ先に、感じたのは温もりだった。 誰かが、自分の手を握っている。 ゆっくりと重たい瞼を開ければ、自分に膝枕をしながら、楽しそうに歌うあの子の姿があった。
2013-11-27 13:39:57――Married on Wednesday, Took ill on Thursday, Worse on Friday, Died on Saturday, Buried on Sunday: This is the end of Solomon Grundy…♪
2013-11-27 13:40:16「…あれ、ごめんなさい。起こしちゃったかしら」 自分が見つめている事に気が付いたのか、【少女】は申し訳なさそうに頭を撫でてくれた。 「…ううん、大丈夫だよ、【イワン】」 そこまで言って、あ、と。自分の失言に気づく。 少女は一瞬ポカンとした表情になったが、すぐに壊顔した。
2013-11-27 13:41:13「【イワン】は、ヴァーニャはあなたでしょう?寝ぼけてるのかしら」 昔の夢でも見た?と少女は笑う。 ……昔の夢、【少年】(自分)が【少女】で、【少女】が【少年】だった頃の。 「ううん。違うよ…ターシャ。夢は見たけど、もっとずっと怖い夢だったんだ」
2013-11-27 13:41:38「どんな夢?」 「一人になっちゃう夢。君が、僕を置いて消えちゃう夢。」 「……。」 「僕らは二つで一つの罪なんだ。僕がここに居るのは、君の願いだけじゃない、僕の願いでもあるんだ。お願いターシャ、置いてかないで。消えるなら、二人一緒がいい。君がいない来世なんて、僕はいらない…!」
2013-11-27 13:42:28身を起こして、少年は少女の体を抱きしめる。 強く抱きしめれば抱きしめるほど、酷くゆっくりとした彼女の鼓動が伝わってきて、安心した。 「…そう、私は、夢の中でも悪いお兄ちゃんだったのね」 きゅ、と抱きしめ返すように、背中に回された腕は折れそうな程に細い。
2013-11-27 13:43:27全身の筋肉が衰え、最終的には息をする事すら出来なくなるという、少女の病。 時を怠惰させ病の進行を止めたとしても、少女の体は脆いままだ。 あの夢みたいに溶けてしまいそうで、怖い。 腕に込めた力を強めれば、「苦しいわ」と抗議の声があがった。 「…大丈夫よ、ヴァーニャ。」
2013-11-27 13:44:30「…あの歌の、ソロモン・グランディはたった一週間で死んでしまったけれど、私達はもっとずっと、何週間だって、何百年だって一緒だわ」 少女は、少年をなだめる様にそう言うと、まるで、水面に映る自分の姿にそっと口づける様に、触れるだけのキスを落とした。
2013-11-27 13:45:12舞台裏その② 「…ふむ、幼子が二人、何か微笑ましい事をしてるようだが、酒の肴くらいにはなるんじゃないか?なぁ暴食君」 「……あくしゅみ」 「…へぇ、君に「悪趣味」だなんて概念と語彙があった事にまず驚いたよ。まぁ、いいじゃないか。若人の青春何ぞ、他人に見られてなんぼのものさ。」
2013-11-27 13:46:06「…私が残してきた餓鬼も、あの位の年頃だったんだがなぁ。今頃どうしているのやら。…いい嫁を貰ってるといいが、あいつはどうも内気な奴だったからなぁ」 「………」 「…暴食君、君はさっきから一体何をそんなに拗ねてるんだい。まさか前の舞台を未だに引きずってるわけじゃなかろうね」
2013-11-27 13:46:54「…………(ぶすー」 「…………。」 「…………(ぶすー」 「……するめ位しかないが、食べるかい?」 「…………………………たべる。」
2013-11-27 13:47:39――とある大罪
聞き覚えのある跫に紫の瞳を細め、顔を上げる。黄金の髪、そしてリボンが僅かに揺れた。硝子の溢れた屋敷の中、広間の扉がぎしりと開く。 「――硝子ちゃん」 視認したのは血で汚れた上着を抱えていつもと変わらず笑む、二色。ふんわりと、床から少し浮いた位置に足を乗せて、近寄る。
2013-11-27 18:19:19「こんなに汚れて、隻色も貴方もやんちゃね」 そっと手を伸ばし椅子まで引っ張り座らせる。ハンカチで顔を汚す赤を拭き取りながら、 「ねえ、『愉しかった』?」 問えば、鷹揚に頷く動き。髪がその動作でさらりと落ちる。何か言う時の楽しげな表情を浮かべた硝子の顎を指で掴むように、制止。
2013-11-27 18:19:32「笑わなくていいの」 私が見たいのはその表情ではない。指先で血の跡を残す唇をなぞって、視線をゆっくりと窓へ向ける。 「……向かえば、私も楽しめる?」 ゆっくりと呟いて、ハンカチを握らせて一歩の距離を揺れるように離れる。二色は笑みを象って、選択を待つように耀いた。
2013-11-27 18:20:01……私は『気になっている』。 愉しむ事しか知らない『傲慢』もたった一つ視線で沸騰する『憤怒』も向こうへ行っている。気なってしまう。二色を一瞥して、何も言わず、散歩の感覚で『扉』へ向かう。 「お前にも、良い事があるといいな」 後ろから掛けられた小さい声を、『扉』で塞いで――。
2013-11-27 18:21:05――とある大罪