【科学史学校】石橋悠人「経度の測定とイギリス帝国」

科学史学校の内容をtsudaったのをまとめました。
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藤本大士 @fujimoto_d
【本日です!】どなたでも無料で参加いたたけます! RT @kosuke64: 【講演会】「経度の測定とイギリス帝国」(石橋悠人)18世紀英国では経度測定法の開発が国家主導で進んだ。その実態とは…。12月7日2時よりお茶の水にて、詳細はhttp://t.co/p1IUp9Di0c
KM @kosuke64
【超速報】あのまさにゃん先生(@nmasaki)も参戦決定!!!【講演会】「経度の測定とイギリス帝国」(石橋悠人)12月7日2時よりお茶の水にて、詳細はhttp://t.co/0KSLLtfgZH 参考文献:『経度の発見と大英帝国』http://t.co/cMXGB8kdz8
Masaki Nakamura @nmasaki
リツイートを強要された…
KM @kosuke64
はじまりましたー!【講演会】「経度の測定とイギリス帝国」(石橋悠人)12月7日2時よりお茶の水にて、詳細はhttp://t.co/0KSLLtfgZH 参考文献:『経度の発見と大英帝国』http://t.co/cMXGB8kdz8
KM @kosuke64
ほぼ満員です!【講演会】「経度の測定とイギリス帝国」(石橋悠人)12月7日2時よりお茶の水にて、詳細はhttp://t.co/0KSLLtfgZH 参考文献:『経度の発見と大英帝国』http://t.co/cMXGB8kdz8
KM @kosuke64
まさにゃん(@nmasaki)きたあああああ 【講演会】「経度の測定とイギリス帝国」(石橋悠人)12月7日2時よりお茶の水にて、詳細はhttp://t.co/0KSLLtfgZH 参考文献:『経度の発見と大英帝国』http://t.co/cMXGB8kdz8
KM @kosuke64
経度問題:海上でつかえる正確かつ実用的な経度測定方法の確立。16ー18世紀の西洋諸国で、海上制覇に直結する技法として期待され、盛んに研究される。しかし、別の地点の時刻を同時に知ることが難しいのが大問題。 #科学史学校
KM @kosuke64
イギリス:国家レベルでの経度測定方法の開発奨励→経度委員会(1714-1828)を拠点。個人ではなく、組織に注目して研究。国家の政策、発明開発状況の把握、実践普及、海軍の研究開発体制の形成といった点を考えるにあたり有効。 #科学史学校
KM @kosuke64
18世紀イギリス:商業(貿易)の発展と海軍力の強化を背景に、航海術の改良が国家的課題に。 #科学史学校
KM @kosuke64
1675年、国王チャールズ2世により、グリニッジ天文設立。#科学史学校
KM @kosuke64
当時のロンドン中心部は煙などが多く天文台開設に適さなかった。https://t.co/i5pg4Ok7Is #科学史学校
KM @kosuke64
1707年、海軍艦隊の難破事故:国家の支柱であった海軍の事故、大きな衝撃…→1714年、議会は経度法を制定し、報奨金をかけて経度測定法を公募。現在価値に換算すると3億円くらいの賞金。 #科学史学校
Q @kimo_Q
ちなみに今行くとこんな感じです。 RT @kosuke64 1675年、国王チャールズ2世により、グリニッジ天文設立。#科学史学校 http://t.co/eLHXp4B3at
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KM @kosuke64
経度委員会は応募作の審査を担当。議員、海軍官僚、提督、大学教授、王立協会会長、グリニッジ天文台長などが参加。 #科学史学校
KM @kosuke64
緯度:北極星の高度で測定可、経度:船の速度、風向、風速、緯度測定、海図、風景、測深を駆使した「推測航法」に頼らざるを得なかった。誤差がしばしば発生し、船乗りのスキルに大きく依存していた。 #科学史学校
KM @kosuke64
多様な応募作が提出された中で、時計の使用あるいは月距法が有力視される。時計に関してはジョン•ハリソンが有名。しかし時計は耐久性に問題があった。#科学史学校
KM @kosuke64
#科学史学校 ハリソンの時計の改良過程の解説。懐中時計サイズに小型化した「H4」で報奨金獲得。その過程は『経度への挑戦』(デーヴァ•ソベル) にも詳しい。http://t.co/QdTebqPrNY
KM @kosuke64
月距法: 星表、月の運行表、観測装置(反射四分儀、六分儀)という3要素をもとに経度測定。マスケリンによる実用化、のち、グリニッジ天文台長。1766年に「航海年鑑』(年間3時間おきのグリニッジ標準の月距を記載)を作成。 #科学史学校
KM @kosuke64
経度委員会の業務の変遷:ハリソンの時計の審査を中心とする審査機関→測定法の普及機関→海軍の諮問機関という変化。 #科学史学校
KM @kosuke64
クロノメーターはこの時期必ずしも大量生産されておらず、経度委員会がクロノメーターの分配を差配した。地理的情報に乏しい探検活動(例えばキャプテン•クックの探検)に優先的に配分。 #科学史学校
KM @kosuke64
クロノメーターを活用したクックの太平洋探検→イギリスの太平洋進出がほんかくか→グローバルな帝国へ再編成 #科学史学校
KM @kosuke64
経度委員会による学者の探検航海への派遣も行われた。クロノメーターの管理や、経緯度、気象、地磁気、潮汐などの観察も行った。 #科学史学校
KM @kosuke64
海軍との連携:ケープ植民地における観測施設の設置、士官学校における航海年鑑の配布、情報提供などを通じて経度委員会は海軍と連携していた。 #科学史学校
KM @kosuke64
続いて「海軍科学部」の形成。海軍予算縮小の中で経度委員会は縮小したが、それと並行して海軍内部で科学技術研究部門が1790年代から次々と開設されていく。水路測量局、コンパス研究部、航海年鑑局など。 #科学史学校
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