山本七平botまとめ/【残飯司令と増飼将校②】/自分を「見る」勇気が無かった日本軍/~二・二六事件の青年将校や赤軍派が”何一つ知リヨラン”状態に陥った理由とは~

山本七平著『私の中の日本軍(上)』/残飯司令と増飼将校/64頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

⑥二・二六の将校だって「自己評価」と自分たちだけの言葉の中に閉じこもって、日本の実情など何一つ知らなかったし、認めなかったし、フィリピンにとび込んでいった日本軍は、テルアヴィヴの二人同様、現地のことなど何一つ知らない。 現地の言葉が話せる将校すらいない。 同じことである。

2013-12-07 13:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦「東亜解放」とか「世界同時革命」とかいう言葉で、相手が自分達の自己評価を認証してくれている筈だと、勝手にきめこみ、一方的に連帯しているつもりだけなのである。 アラブ・ゲリラから武器と命令を渡された時が、彼らにとって、本当に自己評価が認証されたと感じた時であったろう。

2013-12-07 13:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧それだけのために、と言って彼らを笑う資格がだれにあろう。 同じことをやってきたではないか。 それらが、個人として行われようと、集団として行われようと、一国家として行われようと、自らの現状を、自ら冷たい目で見る勇気のない者が常に行なってきたことではないか。

2013-12-07 14:08:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨日本の軍人は、日本軍なるものの実状を、本当に見る勇気がなかった。 見れば、だれにでも、その実体が近代戦を遂行する能力のない集団であることは明らかであり、従ってリップサービスしかしない社会の彼らに対する態度は、正しかったのである。

2013-12-07 14:39:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩社会は能力なき集団に報酬を払ってはくれない、昔も今も、いつの時代も。 結局彼らが「何一つ見ヨラン」「何一つ知リヨラン」となったのは、相手ではなく、自分を「見る」勇気がなかったからである。 赤軍派を生み出した一つの集団も恐らくは、同じように自分を見る勇気がないだけに相違ない。

2013-12-07 15:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪そしてMさんのような人が、偶然その集団に入って行ったらきっと言ったに相違ない、 「あれじゃ―ね。テルアヴィヴの二人が出るのはあたりまえだよ……」

2013-12-07 15:38:59