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「和同開珎」発行の謎を考察する―"儀狄 @giteki 先生の中国貨幣史講座"を受けて―

「富本銭」の謎に挑戦中(まとめ参照)ですが、不審な点が多いのは「和同開珎」も同様。日本の貨幣史だけに留まらない「和銅」という年号とその時代が画策していた陰謀の一端にミステリの手法から迫ります。
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Stella @Stella_NF

“儀狄 @giteki 先生の中国貨幣史講義~『中国嫁日記』の「小銭問題」の原因は歴史にあり - Togetterまとめ” http://t.co/oR2M8GeJKh

2013-12-21 19:10:55
じねん @jinensai

「何のために銅銭を大量に発行したかというと、最大の行き先は官僚・軍隊の人件費です。//人が日々生活する上での買い物は当然ながら銅銭で行います。なので給料の一定割合は銅銭での支払いが必要になります。」というのは欲しかった情報。(続

2013-12-21 19:57:57
じねん @jinensai

承)白村江の敗戦をうけて、筑紫都督府に唐軍が記事の重複でなければ4000人、重複だとしても2000人駐留してたわけで、彼らは当然生活してたはずなのだ。給料、そして日用品の購入には大量の銅銭が必要だったはず。(続

2013-12-21 20:16:51
じねん @jinensai

承)本国から持参した「開元通寳」はすぐに底をついたはずで、進駐先で不足分を鋳造せざるを得ない状況になったことは想像に難くない。だが「開元通寳」を鋳造するのは明らかな違法行為=偽造にあたる。そんな時に使用出来る抜け道がある。「軍票」だ。(続

2013-12-21 20:31:28
じねん @jinensai

承)「加減乗除」の答えは「和差積商」だ。即ち「開元通寳」にその不足分を足し加える補助貨幣を発行するという意味が「和同開珎」ではないか。「和」(足す)「同」(同じ価値)「開珎」(「開元通寳」)の意味で、ゆえに「寳」(本貨幣)ではなく「珎」(軍票)という簡略体の漢字使用なのだ。(続

2013-12-21 20:49:26
じねん @jinensai

承)大宰府からの和同銭(新和同)献上記事もあれば長門の長登銅山(奈良の大仏にも使用)もあり、後世には鋳銭司も置かれ、実際に皇朝十二銭が鋳造され続けている。ここで「軍票」としての和同銭は鋳造されたのであろう。しかし唐軍撤収後、本国で使用できぬ和同銭は置き捨てられることになる。(続

2013-12-21 21:03:09
じねん @jinensai

承)困るのは近畿の王朝だ。九州倭国経済圏の和同銭を停止することが出来ず、蘇我の王朝が飛鳥池工房で発行していた「富本銭」も停止出来ないという状態。この劣勢を逆転する秘策こそ年号を「和銅」に改めるという大技だった。と、いうのが現時点での類推(一部論理のアクロバット混入)。(続

2013-12-21 21:15:30
じねん @jinensai

承)この「和銅」年間に平城京遷都、古事記編纂、畜銭叙位令(屋敷に蔵されている「富本銭」を吐き出させる)、風土記編纂命令、さらに明言は避けられているが日本書紀の編纂が着々と進められている。つまり国家レベルの事業の一環として和同銭のタグは「軍票」→「年号に由来」へ上書きされる。(続

2013-12-21 21:33:25
じねん @jinensai

承)定説に対し「逆に考える」スタンスが必要だ。和同銭が流通している事実を変えずに結果を変えるのだ。そのために改元し、年号をオリジナルと微妙に変え銅銭をイメージしやすい「銅」の字を用いたとすれば、主導した古代人の知恵には感動すら覚える。1300年二次創作に誘導されたことになるのだ。

2013-12-21 21:43:59
じねん @jinensai

この仮説が正しいならば読みが上下左右とされている「開元通寳」は間違いかも知れない。何故なら「軍票」として鋳造された模造貨幣たる「和同開珎」が四角い孔の周りを右回りに回転する読み方だからであり、そこから類推すれば「開元通寳」ではなく右回りに「開通元寳」だった可能性が高いように思う。

2013-12-21 21:53:08
じねん @jinensai

富本銭について多少補足。現在では流通貨幣国産第一号ではという見解に落ち着きつつあるものの、江戸時代から続く「厭勝銭」(おまじない用)説はまだ根強く残っている。(続

2013-12-23 20:42:06
じねん @jinensai

承)その根拠として振りかざされるのは、飛鳥池工房(蘇我の本拠地)から大量出土するまでの出土状況が、古墳や古井戸、側溝跡などであり、流通している状況を全く示していない点にあった。(続

2013-12-23 20:47:12
じねん @jinensai

承)しかし、その出土状況に対する「状況証拠」の解釈が間違っているのではないか。「富本銭」根絶やし政策がとられていたと想定すれば、流通していたものは真っ先に、蓄財してたものは「蓄銭叙位令」で、それでも出てこないのは「国銅を尽くしても」建立した奈良の大仏に供出されたのではないか?(続

2013-12-23 21:20:58
じねん @jinensai

承)同じ「状況証拠」が解釈の違いで引っくり返ることはリーガルサスペンスにはつきものだが、飛鳥池工房から鋳棹つきの富本銭が出土しなければ「厭勝銭」のタグは取れなかっただろう。地上から痕跡を消し去ろうとした結果残存したのが古墳や古井戸、側溝跡だと考える方が理にかなっている。(続

2013-12-23 21:32:53
じねん @jinensai

承)一連の政策から導き出される結論は、この世に確かに存在した「王朝」を「なかったことにする」ことで、これは二次創作を重ねることで補強を繰り返され、今日に至っている。これが日本の「言霊」システムの基層に原罪的にあるものだと私は今現在考えている。

2013-12-23 21:42:20

コメント

じねん @jinensai 2013年12月23日
まとめを更新しました。
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