即興秘封SS「マエリベリー・ハーンが死んだ」

去年の正月は蓮子が死ぬSSを書いたから今年の正月はメリーが死ぬSSを書こうと思った。反省はしていない。
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浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

未だかつてない早さでメリーが死ぬSS

2014-01-04 22:37:21
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

マエリベリー・ハーンが死んだ。正確に言えば、法的に死亡が認定された、ということになる。彼女が失踪してから7年。配偶者として、私はメリーの失踪宣告の手続きをした。それは法的な意味で、私がマエリベリー・ハーンという存在を殺した、と言ってもいいのかもしれない。

2014-01-04 22:42:22
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

役所の手続きひとつで、生きていた者が、その死体も確認されないまま法律上において死者とされる。法律上においては、シュレーディンガーの猫の生死は観測する必要すらないのだ。観測者の恣意によって、猫を生かし続けることも、殺してしまうことも出来る。そういうことだ。

2014-01-04 22:44:41
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

手続きを終えた私は、役所を出て蒼天に目を細めた。――7年。とてつもなく長かったようで、あっという間だったような気もする。彼女が消えてしまってから。彼女が私の目の前からいなくなってしまってから。7年という時間は私にだけ降り積もり、記憶の中のメリーの笑顔だけが変わらない。

2014-01-04 22:46:25
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

『蓮子』 今となっては、私の名前を呼ぶその声すらも遠くに霞んで、思い出せなくなりそうだった。時の流れは等しく残酷で優しい。7年の歳月は、私が世界で誰より愛した相棒の、配偶者の、パートナーの存在さえも、記憶の奥底に封じ込めてしまおうとする。どれだけ私が抗おうとしても。

2014-01-04 22:48:26
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「……メリー」 ぽつりと、私がつけたその愛称を呟いて、私は月も星も見えない青空から目を逸らした。役所の建物を振り返る。失踪宣告の手続きを、取り消してしまいたい衝動に駆られる。――メリーを法的に生かし続けていれば、いつかメリーが戻ってくるのではないかと。そんな幻想が、私に絡みつく。

2014-01-04 22:50:39
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

あり得ないと解っている。メリーは決して戻ってこられないところへ行ってしまったのだ。それは、彼女と幻想を探し続けた私が一番よく解っている。メリーは消えてしまった。完全に。徹底的に。 だから私は安堵すべきなのだ。この7年間という空白を抱えた虚ろな時間に、区切りがついたことに。

2014-01-04 22:53:33
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

薄情だと言われるかもしれない。メリーは、追いかけてきてくれない私を向こうで恨んでいるかもしれない。だけど――私だってもう、自由になってもいいはずだ。メリーがこの世界から自由になったように。呪いのように私を縛り付ける、マエリベリー・ハーンという鎖から。

2014-01-04 22:56:48
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

未練を断ち切るように、私は役所の前から歩き出す。我が家へ帰ろう、未練がましく残していたメリーの私物を整理して、私はただの宇佐見蓮子に戻るのだ。メリーと出会う前の。この世界の裏側を知らなかった頃の私に。残された私にできることは、そのぐらいしか無いのだ。

2014-01-04 22:58:56
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

――そう、考えていたのに。 私の足は気付かぬうちに、博麗神社に向かっていた。私とメリーの始まりの場所。初めてふたりで幻想を視た場所。そして、メリーが――。 その長い石段の前に、ふらふらと歩み寄った私は、しかし次の瞬間、愕然と目を見開いた。

2014-01-04 23:00:56
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

立ち入り禁止のロープの向こう、長い石段の上、ボロボロの鳥居の向こうに、廃社には不似合いな機械的なシルエットがあった。――建設用の重機だった。 取り壊されるのだ、と私は瞬時に悟った。長年放置されていた廃社が、ついに。新しい社が建つのか、それとも別の用地として転用されるのか――。

2014-01-04 23:03:23
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

いずれにしても、それは即ち――メリーの死亡が確定したこの日に、私とメリーの始まりの場所も完全な終わりを迎えようとしていたという、皮肉極まりない事実だけを示していた。 私はよろめくように数歩後じさり――そして、踵を返して走り出していた。

2014-01-04 23:04:56
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

終わってしまう。これで完全に終わってしまうのだ。私とメリーの秘密の日々が。秘め封じられた思い出が、何もかも無くなってしまうのだ。自分で彼女の失踪宣告をしておきながら――私は、ひどく無骨な機械のシルエットにそれを突きつけられて、みっともないほどに狼狽していた。

2014-01-04 23:06:16
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

嫌だ。そんなのは嫌だ。まだ終わりたくない。私はまだ――メリーとの全てを、完全に無かったことになんて、してしまいたくはない。メリー。メリー。私の相棒。私のパートナー。私がこの世界でいちばんに愛したひと――。私は、貴方を、貴方を――。

2014-01-04 23:07:38
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

メリーとふたりで暮らした、そしてメリーが消えてからの7年間をひとりで過ごしたマンションに帰り着くと、私は押し入れにしまい込んでいたメリーの私物を取り出した。それは、少しずつ処分していった中で、最後に残していたもの。今日、どこかに捨ててしまおうと思っていた、メリーの最後の痕跡。

2014-01-04 23:10:02
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

私はそれを鞄に詰めて、ふたたびマンションを飛び出した。どこへ行こう、というあてなど無かった。ただ私は逃げ出したかったのだ。私とメリーの秘密を破壊して暴き立てようとする、理不尽な時間の暴力から。私たちが隠してきた秘密から。それがもたらすわかりきった結末から――。

2014-01-04 23:11:38
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

――だけど。 「そんなに急いで、どちらにおでかけですか、宇佐見蓮子さん」 その声に、私は愕然と足を止めた。振り返ると、見覚えのある男性二人組がいた。髭の濃い中年の男と、背の高い角刈りの若い男。7年前、メリーが失踪したときに、捜査で私を訪ねてきた刑事たちだった。

2014-01-04 23:14:01
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「マエリベリー・ハーンさんが失踪されて7年になりますか。……今日、失踪宣告の手続きをなされたと伺いましたが」 「……それが、何か」 硬い声で私が聞き返すと、中年の刑事は「いやあ」とどこか痛ましそうな目をして、私を見つめてきた。私は心の裡を悟られまいと、その目を見返す。

2014-01-04 23:15:45
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「宇佐見さんには、残念なお知らせをしなければなりません。――マエリベリー・ハーンさんとみられる遺体が、昨晩発見されました」 「――――――」 「どこで発見されたと思います? ――廃社になった神社の境内に埋められていたんですよ。博麗神社、と言いましたか」

2014-01-04 23:17:22
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

へなへなと、膝から力が抜けた。私の抱えていた鞄がアスファルトに落ちて、硬い音をたてた。角刈りの刑事が私に歩み寄って手を貸そうとし――そして、訝しげに目を細めた。私はその視線を追いかけて、そして息を飲んだ。鞄の口が僅かに開いていて、そこから私の持ち出したメリーの私物が覗いていた。

2014-01-04 23:19:35
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「――――!」 私は何かを叫んで鞄を抱え込もうとした。だが、角刈りの刑事の手の方が早かった。私の手は空を切り、刑事の手によって、私が押し入れから持ち出したメリーの私物は取り出されていた。 角刈りの刑事が「ひっ」と小さな声をあげ、中年の刑事もはっきりと顔色を変えた。

2014-01-04 23:21:36
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「……宇佐見さん。これは何ですかね。何かの標本ですか」 中年の刑事にそう問われ、私は曖昧な笑みを浮かべてゆるゆると首を振った。――ああ、そうだ。私はきっと、7年間この瞬間を待ち焦がれていたのだ。私の抱えた最後の秘密。秘封倶楽部が最後に秘め封じた、最大の秘め事を。

2014-01-04 23:23:05
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「――それは、メリーの目です」 私の言葉に、刑事ふたりはそれ以上顔色を変えることは無かった。彼らがここに来たということは、全てをもう悟られてしまっていたのだろう。私は観念して、言葉を続けた。 「私が、メリーの死体を埋めるときに、その顔からくりぬいて、部屋で保存していました――」

2014-01-04 23:25:10
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

――事故だったのだ。7年前のあの夜。私とメリーは博麗神社を訪れた。いつものように結界の裂け目を探した私たちは、閉じかけた裂け目を見つけて、そこに飛び込もうとした。だけどそれは、メリーが飛び込む寸前に消えてしまって――その勢いのままに、メリーは石段を転がり落ちて――

2014-01-04 23:27:29
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

息をしなくなったメリーを前に、私はこんなことがあっていいはずがないと思った。私とメリーの蜜月が、こんな間抜けな終わり方をしてしまっていいはずがなかった。私がメリーを失うときが来るとしたら、メリーが幻想の向こう側に消えてしまうときだけだと、私は信じていたのに。

2014-01-04 23:29:21