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テレ朝「集団行動」を見ての感想(など)――多様性に気づくには一様性が不可欠

感想は8ツイート目からですが、その前にツイートしていたことも関係あるので、くっつけておきました。
テレビ 集団行動
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トゥギャッター公式 @togetter_jp
.@FukushimaKokugoさんの「老人に席を譲るなら黙って席を立とう」に大注目!話題のまとめをいますぐチェックっ! http://t.co/Cz9bNWdERA
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
知ってるよ(笑) RT @kapitan_black: @FukushimaKokugo 失礼いたします。まとめを拝見しましたが、気になった点があります。腰痛持ちでも「立っていると辛い」系もあるので、腰痛の人=立っている方が楽とばかりも限らないと知って頂きたく、リプライさ
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
Aという主張をしようとするときに、「世の中にはBという主張もある」などということをいちいち書き添えるのは、わざわざ自分の主張を自分で弱めるだけ。Bという主張があると知っていても、それには触れず(正確にはかすかに触れるが)、そのままAを強調するのが、主張というもののあり方。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
twitterの反応で実に多いのは、「Aだろ」と主張すると、「Aだけじゃないですよ、Bもありますよ、世の中相対的ですよ、いろいろなんですよ、多様性大切ですよ、みんなちがってみんないい、世界に一つだけの花」と書いてくる人。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
twitterユーザーA「決めつけないでください」 twitterユーザーB「決めつけてませんよ、あなたこそ決めつけないでください」 twitterユーザーA「あなたが決めつけているとは決めつけてませんよ、あなたこそ決めつけないでください」 twitterユーザーB「あなたが決…
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
主張とは、決めつけること。決めつけない主張は、主張ではない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
言葉の上で決めつけている人ほど、内心では決めつけていない。決めつけるなと言っている人ほど、内心では決めつけている。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
集団行動という抽象名詞がある種固有名詞になっているのがまず面白いよな。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
集団行動は抽象名詞。そういう抽象的なことしかやっていないというのが、既に厳しさを醸し出している。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
しかしこういうのやると必ず出てくるのが、「みんなで同じ行動するのが美しいなんて間違ってる、多様性が大切なんだよ、一様性より多様性、みんな違ってみんないい、世界に一つだけの花」という人たち(笑)
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
今の放送の中で、持病の貧血で脱落しそうになったが踏みとどまった女性とか、みんなの愚痴が集まってきて悩むリーダーとか、そういう「個性・多様性」が見えたのはなぜか。それは、「没個性・一様性」を追求したからこそ。そこに気がつかないと、「北朝鮮みたい」などというお門違いな批判が生まれる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
一様性を追求すればこそ、多様性に目を向けざるを得なくなる。それが集団行動の価値だと思う。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
このことは、『ふくしま式「本当の語彙力」が身につく問題集』 http://t.co/eHNS4J0ugQ の「一様←→多様」のページにも例文として書いた。お持ちの方、チェックしてください。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
一様性を嫌い最初から多様性を追求しても、多様性は見えてこない。そこにあるのは、「みんなバラバラ」という一様性だけ。個性・多様性とは「差」のこと。差を知るためには、同じ基準で同じように行動することが不可欠。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
その意味で、「みんなちがってみんないい」という金子みすゞの詩は、間違っている。あれはそもそも、私(人間)と小鳥と鈴をくらべている。同じ基準など皆無(笑)。くらべようがない。すなわち、差は可視化されない。多様性などそこには存在しない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「私と小鳥と鈴と、みんなちがってみんないい」ではなく、「日体大3年のAさんと日体大3年のBさんと日体大3年のCさんと、みんな同じに見えたが実は違った」ということ。後者のほうが、多様性の美しさを感じ取ることができるというこの逆説。
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